モリウサギ

高村渚

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第三章 刑事、慟哭す

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「はい、コマーシャル明けま~す。三、二、一……で、りあぽんさんの無念を晴らすべく美少女探偵みはやちゃんは、街へと情報収集に出かけたのです。
 もちは餅屋と言いますから、芸能事務所の皆様を逆ナンしまくりまして、おかげさまでそこそこのお話は聞けましたよ。裏の同業者さんにはこれから、このみはやちゃんの清らかな身体をエサに当たろうかと……」
「絶対禁止」
「お父さん的に当然ですよね、承知しております。表のギョーカイでは、ちょっとした都市伝説みたくひそひそ噂になってるようですね。可愛い女子が『オーディション』に誘われた後、何かが起こる……ひいっ!」
「そのノリは二時間ドラマじゃなくて、夏休みの怪談特集だろう」
「エムズファイブ・プロの富樫さんなんて、わたしがもし別の事務所さんに取られちゃったら、超絶くやしいけれどそれはそれで仕方ない。けど絶対怪しい誘いには乗るな、親御さんに相談してからにしろって、本気で心配してもらっちゃいました。
 いいひとですねえ……影ながらGo☆O☆DのCD買って、応援しようかと思います」
「そういう大人ばかりなら、警察も苦労しねえんだがなあ……ん? そんな噂になるほど広まってたってことは……」
 新宿、高輪の事件とも、未だ警察は、被害者の当日の足取りや、殺害理由をつかみ切れている訳ではない。ヒロヤが会ったという渋谷の二人組に至っては、事件として扱われてすらいないだろう。
 那臣ともおみも『オーディション』という言葉を今日初めて聞いたくらいだ。
 それが、噂とはいえ芸能関係者幾人もの口に上っている。つまり。
「まさか……二人、いや四人だけじゃないってことか?」
 那臣の眼光を、みはやの瞳は受け止め、ゆっくりとうなずいた。
「最近『オーディション』に誘われ、行方不明になったという女性は、わたしが現段階で拾ってきた情報だけでも七人になります。
 つまり、りあぽんさん、結奈さん、大弥さんの情報の静岡ご出身の二人と合わせて、少なくとも十一人の女性が『オーディション』の名の下に、何らかの被害にっている、ということですね」
 なんということだ。あまりの事態の重大さに、思わず那臣はテーブルの上の、両の拳を固くした。
 隣のみはやがおずおずと横顔をのぞき込んでくる。
「……那臣さん、怒ってますか?」
「……ああ、『オーディション』とかいうふざけた企みをする奴らにな。耳障りのいい言葉でだまして、若い女を連れていく……嫌な予想だが、彼女らが全くの無事で帰ってこられるとは思えない。事実、すでに二人殺されてる」
 二人には性的暴行の跡はなかったが、若い女性を次々と拉致らちする理由など推して知るべしであろう。
「お怒りのところ火に油を注いじゃう懺悔ざんげで恐縮です。
 ぶっちゃけますがこの先の情報は、一点の曇りもない違法収集証拠です。後で令状を取っていただいても、正規のルートでは絶対に開示されない類のものですが、続けてご報告してもよろしいですか?」
「一点の曇りとか……日本語の使い方がまず問題だろうが……まあいい。
 いや、よくないんだがなあ……この先、犠牲者を増やさないために必要な情報かもしれん。続けてくれ」
 大きく溜息をついてこめかみを押さえた那臣の肩に、みはやはしょんぼりうつむいて頬を寄せてきた。
 適正手続デュー・プロセスにこだわる那臣に対して、みはやなりに申し訳ないと感じているのだろう。まるでイタズラを叱られた子犬のようだ。
 気にするな、とは言いたくない。
 が、自分の流儀を理解わかってくれることが嬉しい。
 空いた手が自然に動き、みはやの頭を撫でた。一度尖った口調を緩め、静かに問う。
「で、なにを見つけた?」
「いえ、見つけられなかったのです」
「見つけられなかった?」
 那臣はいぶかしげに、みはやの台詞を繰り返した。
「……りあぽんさんのAVのくだりは、運良く残されてました。彼女は以前にも何度か、表の業者さんにお誘いを受けたことがあったようなので、残しておいても、特に目を引く話題ではなかったせいかもしれません。
 でもよく見ると、彼女の通信履歴にも、不自然な空白時間がいくつも存在します。
 そして、他に行方がわからなくなっている方たち。彼女たちの、最近のSNSの通信記録が、運営会社のサーバから、ごっそり消去されているんです」
「何だと……? 何のためにそんな……まさか……」
 みはやが暴いてきた事実を次々と語る。那臣の声が次第にかすれていく。
「いま、彼女たちの通信記録を、捜索差押令状を取って調べても、一日に数回の、当たり障りのないやりとりしか現れてこないでしょう。開示される記録は、日本語で表示され、プリントアウトされた状態ですからね。
 お友達との他愛ない会話、若い女性のSNSなんてそんなものだろう、と、捜査関係者は納得するかもです、しかし」
「風呂に入ってもスマホを手放さない、寝る間も惜しんでネット上で繋がろうとする、今どきの子らが、日に数回のやりとりしかしなかったら、それは明らかに不自然だ。
 『オーディション』に関わる会話だけが、不正なアクセスによって消された。そういうことか」
 おそらく、と、みはやは頷いた。
「サーバ上のデータを見れば、消去された痕跡がわかりますよ」
 確かに言われてみれば、玉置結奈の通信記録も、上京前後の履歴はまばらだった。
 地方在住の十七歳の女子高校生が、単身東京へ向かうとなれば、舞い上がって、何人もの友人に報告したがるのが自然ではないか。
「でもですねえ……SNSとはいえ、会話には相手が存在するじゃありませんか。通信履歴をきれいに消去したところで、優秀な日本警察さんに、お友達リストをしらみつぶしに当たられたらいつかはバレちゃいますよね?」
 小首をかしげるみはやの疑問に、那臣が推論を返す。
「秘密のオーディションだから、絶対他人に話すな。そう釘を刺しておけば、最低限の拡散で済むだろう。
 特に標的は若い女だ。君だけに声を掛けた、特別なオーディションだ。秘密裏に進行している企画で、他の同業者に気取られたくない。今の時代、どこから漏れるか判らないから親しい友人にも黙っていてくれ……そういった、プレミア感で自尊心をくすぐられるシチュエーションに弱いんじゃないか」
「……那臣さん、女の扱い、心得てますね。なんかムカつきます」
 みはやがそっぽを向き、わざとらしく音を立ててココアをすする。
「こう見えて、勤続年数九年余の刑事係捜査員なんでね。今まで取り調べたろくでなしの野郎どもなら、そう言っただろうってことくらいは判るさ」
 那臣も、冷めてしまったほうじ茶を一気に飲み干した。
 胃に落ちていくその温度で、ぶるりと背に冷気が走る。
 キッチンを暖める古い石油ヒーターが、ごお、と音を立てていた。
 不正アクセス犯が消したかったのは、被害者の女性たちと『オーディション』関係者との、具体的なやりとりだろう。
 ふと、とある疑問が浮かぶが、隣席の相棒にずばりと尋ねてよいか悩ましい。少し歯切れの悪いくぐもった口調になる。
「……その、なんだ、みはや」
「はい、なんでしょう那臣さん」
 那臣の屈託した様子に構わず、みはやは、那臣の空のマグカップをするりと奪って席を立った。シンク脇のワゴンに置かれたポットから、カップに湯を注いで暖めながら、急須にもお替わりの分を注いでいる。
 その背中に向かって、那臣は問いを投げた。
「……運営会社のサーバってのは、そんな簡単に侵入できるものなのか?」
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