モリウサギ

高村渚

文字の大きさ
62 / 95
第五章 刑事たち、追い詰める

しおりを挟む
 抵抗はむなしく数に押し切られた。
 男たち六名に、『良いご主人さま』は三十二名だ。どれほど一人の撮影をさえぎろうとしても、その様子さえ数名の『良いご主人さま』たちに撮影される始末だった。
「僕、さっきから動画撮ってますよ。みん生、中継開始~! ぽてさん、はる爺見てる~?」
「りをん最初っからずう~っと中継してるっすよぉ。なんとびっくり! もう閲覧数のべ一万人突破っす! 世界がめいどを心配してるっす~」
 『高田馬場の世捨人』に関節技を決められ、羽柴は激痛にあえいでいた。
 とんだアクシデントだ。
 いったいこの連中は何なのだ、めいどだのご主人さまだの、何を話しているのかもさっぱり理解不能である。
「なんとかこの連中を追い出したい、ですよね。でも相手はおそらく一般人、手荒な真似は諸刃の剣、です。さあどうしますか? 元組対の落ちたエース羽柴さん」
 万一『良いご主人さま』たちの身に危険が迫ったときに備え、みはやはいつでも行動が起こせるよう、庭の一角から事の推移を見守っていた。
 めい・ど・あんじゅは、これまでにも事前告知のないゲリライベントを頻繁に行っていた。
 メンバー自身のSNSで、当日いきなりライブやファンとの交流会の開催が知らされることも珍しくはない。
 ご主人さまたちもそのことに慣れていた。
 今日のように「わたしたち『悪いご主人さま』に連れ去られちゃったの~! 『良いご主人さま』!助けて!」というで、めいどたちからイベント会場のヒントが発信されれば、皆喜び勇んで駆けつける、という訳だ。
 たとえそれが、みはやと岩城によって仕掛けられたフェイクだとしても。
 そして岩城が熱く語ったように、ご主人さま同士の絆も固い。
 仕事や学校などの都合でめいどたちの晴れ舞台に駆けつけることができないご主人さまのため、臨場したご主人さまには、めいどたちの愛らしい姿を出来る限りたくさん送り届ける義務があった。
 『良いご主人さま』たちによる写真や動画の拡散に加え、みはやが仕掛けた隠しカメラの画像も、岩城の手によってあくまで謎解きイベントクリアのためのヒントとしてハッシュタグをつけられ発信され、そして一アイドルの話題としては不自然なほどの勢いで、各種のSNSで拡散され続けている。
 男たちが高輪潮音荘を訪れたこと、そして何かをしようとしていたことの証拠画像が、もはや揉み消せないほど広まりつつあった。
 そして決定打は男たちの側から放たれる。
 昔取った杵柄で絶好調『毒川家安』の、中指を立て放送禁止用語を連発する挑発に耐えかねた男の一人が、顔を真っ赤にして『毒川家安』の襟首を掴んだ。
「……黙れクソどもがぁあっっっ! 逮捕だ! ム所にぶち込んでやる! このウジ虫どもめ!」
「はぁ? タイホだぁ?……てめぇら警察かよ?」
 男はなおも絶叫する。
「そうだ! こっちがその気になったらなぁ、てめえらみたいなクズはカンタンに処理できるんだよ! 生きて娑婆しゃばに戻れると思うな!」
 『毒川家安』が凄んでも目を血走らせた男は引かない。
 かつて警察という公権力を自らの強さと思いこんでいた男は、今もOBの河原崎を中心とする権力をそれと同一と思い込んでいた。
 だが今、男はすでに警察官ではない。
「黙れ安藤! 黙れっ……!」
 男の言動が致命的であると瞬時に悟った羽柴の叫びも、むなしく中継される。 
「……うわあ、やらかしちゃいました……ご自分が今はいち民間人、って、きれいさっぱりお忘れですねえ。さてさてスタジオの岩城さ~ん? そちらの様子はいかがですか?」
「は~い現場のみはやさん、中継映像とともに『悪いご主人さま』のプロフィール、順調に拡散中です。
 在職中は好き勝手やってた連中ですからね、正義の味方ネット住民による拡散速度が半端じゃないです。もう僕が働かなくても、まもなく確実にネットニュースのトレンドに入ってきますよ。
 警視庁のサイバーパトロールも、今、情報をキャッチしたところです。少なくとも元お身内の身分詐称の証拠画像は、がっつり警視庁のサーバに保存していただきました」
 岩城の台詞に、ぽりぽりとポテチをかじる音が混じる。
「は~いお疲れさまでした。こちらも、もう一働きしてから戻ります。お仲間の安全は最後まで確保しますのでご安心を」
「それはぜひともお願いします~。それでは現場の映像をご覧いただきながらお別れです。また明日」
 おちゃめに語って岩城からの音声がオフになった。
 みはやはもう一度男たちの様子をうかがい、スマホに指を滑らす。
「さて、と、仕上げと行きますか。これだけ盛り上がってることですし、放っておいてもまもなく旧友が遊びにいらっしゃいますけどね」
 ワンコールを待たず、きびきびとした男性の声が応えた。
「はい、一一〇番、警察です。どうされましたか?」
「あの、今、クイーンズホテル高輪の前の通りにいるんですけど、立派なお屋敷の中から大勢がケンカしてるみたいな怒鳴り声が聞こえるんです……なんか怖くて。一一〇番したほうがいいいかなって」
 詳しい場所を問うてきた相手に、高輪潮音荘近くの電柱に表示された地番を告げる。
 そのとき一人の男がようやく『良いご主人さま』たちの包囲網をかいくぐり、建物から転がり出てきた。
 焦った様子で、どこかへ電話をかけているようだ。
「はやく来てくださいな、良いお巡りさん。悪い元お巡りさんが逃げちゃいますよ?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...