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序章
高級ホテルの最上階。
東京の夜景一面が眺められる最上階のレストラン。
その景色を妨げないだけの照明と、気品溢れる店内。
テーブルの中心に綺麗に飾ってある一輪のバラ。
それは作り物を疑わせる位に真っ赤だ。
真新しいお皿には、高級な食材が色とりどりに盛り付けられていて、食べ物というよりも芸術作品を見ているよう。
正装している店員さんが、シャンパンを運んできてくれる。
グラスに注がれる液体がキラキラ光る。
夜空に輝く星みたいで、思わず目を細めた。
周囲には場慣れしている人達が、それぞれ会話を楽しんでいるように見える。
そんな上流の世界がここにはある。
目の前にいる人が手馴れたように片手をあげる。
傍にいた店員さんはすかざずやってきた。
目での合図だけで店員さんは理解したのか、ニコリと笑ってその場を去っていった。
なんとなくそんな気はしていた。
それ以外に、普段こんな場所には来ない。
“大切な話がある”
そんな前置きもされていた。
やはり予想していた通り、気が付くとテーブルの上に小さな箱が乗っていた。
差し出されたその箱を受け取り、中身をあけてみる。
決して大きくはないが、一粒の石が光をかもし出していた。
右手の親指と人差し指で、ゆっくりと中身を持ち上げる。
そのまま左の薬指に持って行くと、先ほどの店員さんが大きな花束を抱えて戻ってくる。
店員さんから「おめでとうございます」の言葉と共に花束を受け取ると、周囲の人達から小さく拍手をもらった。
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「そんなプロポーズ、ある訳ないじゃない」
会社帰りの居酒屋で、親友の恵美はそう言った。
短い髪を耳にかけながら、呆れたように小さく笑う。
「なにー?優香はそうゆーのイメージしてたの?」
「いや、そーゆー訳じゃないんだけど…」
私は目の前にあるジョッキを片手に、「ドラマの見過ぎかな?」と笑った。
「見過ぎでしょ」
確かにメニュー表を広げると、馴染みある食材ばかり。
個室ではあるが、すぐ隣から中年男性の下品な笑い声も聞こえる。
会社の愚痴なのか、家庭への愚痴なのか…。
とにかく、そんな部類の話が途切れ途切れに耳に入ってきていた。
「いらっしゃいませー」
店中に響く店員さんの大声。
忙しなく動き回っている音も聞こえるが、活気があって清々しくも思える。
先ほどの想像からはかけ離れてる居酒屋だが、こちらの方がしっくりきてしまう。
実際、高級な場に着ていく洋服も持っていない。
現実はこんなものだ。
「うちの旦那もさ、プロポーズなんてなかったよ」
「え、そうだったの?」
「そーそー」
恵美はテーブルに頬杖をつき、「今時、する方が珍しいんじゃない?」と笑った。
恵美は1年前に結婚した。
仕事をバリバリこなす恵美は、結婚当時の宣言通り今も仕事を辞めずに共働きをしている。
結婚式で見た旦那さんは、優しそうで好印象だった。
その旦那さんも、プロポーズはなかったのか…。
「結婚して1年も経つとさ、プロポーズなんてあろうがなかろうが、その後の結婚生活は何も変わらないって思うけどね」
私が顔を上げると、「優香もすぐそうなるって」と恵美は言った。
「そーゆーもんかぁ…」
私は苦笑いしながら、自分の左手を天井へ掲げる。
そして5本ある指の1つ、左から2番目に向けて言った。
「でも、婚約指輪くらい欲しかったな」
指が寂しそうに見えるのは、気持ちのせいかも知れない。
「優香が言ったんでしょ?“婚約指輪買わない代わりに、結婚指輪いい物にして”って」
「まーねー」
私は左手を握り締め、「その方が現実的かなーって」と呟く。
「言えてるよ。どうせ指輪なんて二個あってもするのは一個なんだから」
恵美は2、3度相槌をくれた。
「結婚したら資産は一緒だしね。旦那に無駄遣いさせない方が、良い奥さんになると思うよ」
「…現実だね」
私が溜め息を吐くと、「それが結婚」と恵美は声に出して笑い出す。
「結婚ってさ…なんなんだろうね」
「えー。する前からそんな事言ってんの?」
恵美は口調を強め、「婚姻届はもう書いたんでしょ?腹くくりなよ」と続けた。
「腹くくるかぁ…変な言い方」
恵美は笑ったまま呼び鈴ボタンを押し、メニュー表を広げた。
どこからか、「少々お待ちください!」という声が飛んでくる。
「ほら、今日は優香の寿退社祝いなんだからさ、じゃんじゃん飲もうよ」
「うん。そうだね」
私は頷いてメニュー表を受け取った。
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