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第二章
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【第二章】
1
朝が来た。
いつもと同じく差し込む光が、リビングいっぱいに広がる。
テーブルの上には朝食を並べ、カップに入れたコーヒーから湯気がのぼっている。
テレビのニュースキャスターが、天気予報を伝えていた。
「今日は雨か…」
ふと聞こえてきた声に、「傘持って行ってね」と私は答えた。
リビングから離れ、キッチンへと移動する。
そこで、私はエプロンのポケットに手を伸ばした。
出てきた封筒は、ウサギの絵が書かれている。
可愛らしいウサギを裏返すと、“森宮優香”の文字があった。
すぐに思い当たる人物はいた。
随分前になるが、小学校の時に仲が良かった子の名前だ。
「夏帆」
不意に名前を呼ばれ、私は封筒から視線を外す。
リビングのドアの向こうから、「夏帆」ともう一度名前を呼ばれた。
私はエプロンのポケットに封筒を入れ、「はーい」と急いでリビングのドアを開けた。
きっちりとしたスーツに身を包み、真新しい革靴に足を入れている姿に向かい、「もう行くの?」と尋ねる。
「あぁ、雨降る前にね」
私は靴棚の横にある傘置きから、一本傘をとった。
そのまま差し出すと、「ありがとう」と返ってくる。
「今日はなるべく早く帰るよ」
「うん。いってらっしゃい」
いつも通りに見送りをした後、再びリビングへと戻る。
いつの間にか食べ終わっていた食器を片付け、テーブルを拭いた。
点けっぱなしのテレビを消し、椅子に腰掛ける。
その時、カウンターに置いておいたスマートフォンが鳴った。
私は手紙を手にしたまま、それに手を伸ばす。
表示されている名前は、母親の携帯番号だった。
「はい」と出ると、『おはよう』と母親の声が機械越しに聞こえて来た。
『忙しい時間にごめんなさい』
「ううん。今日は雨降るみたいだから早めに会社行ったし、今落ち着いた所」
『そう』
私は手にしている手紙を見ながら、「昨日届いたよ」と話題を出した。
「ありがとう」
『いーのよ。森宮優香ちゃんって、小学校の時の友達よね?』
母親も記憶にあるみたいだ。
確かによくお互いの家を行き来していた。
『同窓会でもあるの?あ、ちゃんと都内に引っ越した事伝えとかなきゃ、優香ちゃん困っちゃうじゃない』
「あぁ…うん」
引越し以前に、ここ何年も全然連絡なんて取っていなかった。
私はその事には触れず、「転送してくれてありがとう」と再度お礼を告げた。
『はいはい』
母の方は特に気にしない素振りで、『じゃあまたね』と通話を切った。
私はスマホを置いてあった場所に戻した。
ソファーに腰掛け、手にしている手紙を開けてみる。
昨日届いてすぐにも見たが、もう一度目を通してみる。
そこには、同じ筆圧のくせに際立って見える一文があった。
“私はあなたとの約束を破ってしまいました”
「約束…」
私は一通り読み直した後、手紙を封筒に戻した。
リビングのバルコニーへ出ると、心地いい風が取り抜けた。
新築マンションの最上階。
住み始めてまだ1カ月足らずのせいか、ここから見下ろす町並みはまだ慣れていない。
最寄駅まで徒歩で3分の好立地。
蟻のように小さい人達が、どんどん駅へと消えていくのが見える。
さっきまでここにいた姿も、あの中のどれかだろうけど特定は出来なかった。
流れる車も小さく見える家も、全てがオモチャのように思えた。
まだ何処か、日常に現実味がない。
そして手紙の内容も、現実味が全くなかった。
「約束…」
私は真っ青な空に向かって呟いた後、手すりに頬杖をついた。
小学校卒業付近の事は、今でもハッキリ覚えている。
中学校に入学する少し前、いつかの夕食時に父親が言った。
「夏帆、お父さん仕事の都合で引越しする事になったんだ」
父親は珍しく仕事の帰りが早かった。
いつもは母親と2人での食事なせいか、嬉しく思った。
しかし、父から言われた言葉が頭まで届くと、大好きなはずのハンバーグの味が一瞬でなくなった。
「千葉県ってわかるだろ?」
「うん…」
力なく答える私に、父親はどこからか雑誌を取り出して来た。
差し出してきた本の表紙には、大きく“千葉県”と書かれていた。
私は無言で受け取った。
「夏帆はまだ行った事ないけど、でかいテーマパークもあるんだぞ」
表紙を開くとすぐに、そのテーマパークの特集が乗っていた。
もちろん、存在自体は知っていた。
クラスメイトも半分以上は行ってると思うし、自分も行ってみたいと思っていた。
「魔法の国なのよ」
横に座っていた母親は、「願いが叶うんだから」と付け加えた。
「新しい中学校でも大丈夫なように、魔法をかけてくれるのよ。だから入学前に3人で行きましょうね」
「そうだな。せっかくだから今度泊りがけで行ってみるか」
「いいわね。楽しみね、夏帆」
私は子供ながらに、両親が気を使っているのがわかった。
私は優しい母親と、仕事が休みの日に遊んでくれる父親が好きだ。
そんな2人に反発する気なんてなかった。
もちろん、私だけ地元に残るなんて考えも思い付かなかった。
「入学と同時に引越しだから、周りの皆とスタートは同じよ。途中からじゃないから、友達作りも皆と一緒だし」
母親は最後に「夏帆なら大丈夫」と結んだ。
私にとってその言葉は、一番の魔法だったと思う。
地図で見たら近いと思った。
でも、“一度、今度住む場所だけでも見に行くか”と言う父親に付いて行った時、何度も電車を乗り換えた。
1人じゃ到底来れないと思った。
同じ“日本”という国なのに、別世界に思えた。
それもそのはず。
小学生の自分が行ける行動範囲は学区内くらいで、自転車で十分行ける距離。
実際にこれから住む場所の距離を肌で感じ、私は不安以外に何もなかった。
それでも時間は過ぎて行く。
引越しが決まって、自分から伝えなきゃと思った人が2人いた。
親友の森宮優香ちゃんと、当時好きだった男の子。
優香ちゃんにはすぐ伝えられると思った。
でも毎日一緒に過ごしているくせに、どう切り出していいのかわからず、結局引越しギリギリで伝えた。
その時、一緒に優香ちゃんへお願いした事がある。
そこまで思い出した時、私の頭にふと優香ちゃんからの手紙が過ぎった。
“私はあなたとの約束を破ってしまいました”
「もしかして…植野君の事かな…」
風で靡いた髪に手をかけ、私はゆっくり目を瞑った。
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