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第一章
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「誠也君、運転大変だったでしょ?ゆっくりしてて」
玄関先で出迎えてくれた母はすぐに台所へ行ってしまい、私と誠也は居間の床に揃って腰を下ろした。
この前来た時と、何も変わらない。
ざっと周囲を見回していると、「ごめんねー」と言いながら母が入って来る。
「お父さん、今日急に仕事になっちゃったのよ」
「え?そうなの?」
私は母へ顔を向け、「だったら電話で言ってくれれば良かったのに」と早口で言った。
「もうそっち出ちゃってると思ったのよ」
母は持ってきたお茶をテーブルに置きながら、「せっかく来てくれたのに、本当にごめんなさいね」と再度誠也に向けて謝った。
「あ、そうなんですか…どうしようかな…」
誠也の考えでは、証人の欄は父親達に書いてもらうつもりだった。
その事は両親に伝えてあったので、母も謝ったんだと思う。
「明日、誠也の両親に挨拶行ってから、もう一回こっちに来ればいーんじゃない?」
私の出した案に、母は「そうね、明日なら一日大丈夫だと思うわ」と答えた。
今日はお互い自分の実家に泊まる予定だ。
誠也は私をここに置いてから、自分の実家へ行く。
誠也と母の会話を聞きながら、私は出されたお茶に手を伸ばした。
それを元に戻そうとした時、「あ、でも一応お父さんに確認してみるわね」と母が再び部屋から出て行った。
「いただきます」
母の姿がないくせに、誠也はそう言ってからお茶を飲んだ。
一時間ほど経った頃、誠也のスマートフォンが鳴った。
相手は誠也の母親で、誠也の到着を急かすような雰囲気があった。
きっと、誠也が来る事が楽しみなんだろう。
「お父さん、明日は大丈夫だと思うって」
父と連絡をとったすぐ後にも言った言葉を、母は誠也が帰る時にもう一度言った。
「じゃ明日また来ます」
「えぇ、ごめんなさいね」
うちの母は謝るのが好きらしい。
誠也もそう思ったのか、少し笑って「大丈夫ですよ」と答えた。
誠也がいなくなると、「優香は行かなくていいの?」と母は言う。
「明日行くから大丈夫」
「でも、挨拶くらいしてはしてこないと」
「私もそう言ったけど、誠也がいいって言うんだもん」
「そう…」
母は納得していない口調で、「まぁ誠也君がそう言うなら」と続けた。
8時過ぎまで父の帰宅を待ったが、帰ってこなかったので母と2人で夕食を食べた。
母の手料理は随分久しぶりだった。
改めて食べても、美味しいと思った。
昔は気にしていなかったが、見た目も綺麗で何より栄養バランスが良く出来てると感じた。
「お母さんってさ、結婚する前はずっと自分の実家暮らしでしょ?料理してたの?」
「ううん、全然」
「じゃあどうして料理上手なの?」
「何年主婦やってると思ってんの…優香もその内出来るようになるわよ」
求めていた明確な答えが返ってこず、私は「ご馳走様でした」と力の抜いた返しをした。
後片付けをしようと席を立つと、「いいわよ、座ってなさい」と母は言った。
「疲れたでしょ」
「ううん、運転してくれたのは誠也だし」
「どっちにしてもいいわよ。座ってて」
「うん」
母の言葉を受け入れた返事をしたが、私は食器を両手いっぱいに持って台所へ向かった。
母と一緒にシンクの前に並んで立つのが、なんだかテレくさい。
「優香は毎日料理作ってるの?」
母はどこか嬉しそうに言った。
「誠也君と一緒に住み始めて、結構経つでしょ?」
食器を洗う私の横で、母は布巾を持つ。
そして、私が洗ったそばから食器を拭いていく。
「ちゃんと作らなきゃ駄目よ」
洗剤が飛び散り、私は無意識で溜め息が出た。
そんな私に母は「何?」と意地悪く笑った。
「姑みたいだったかしら?」
「…何言ってんの」
飛び散った洗剤を流していると、「何か元気ないわね」と顔を覗き込んでくる。
「マリッジブルー?」
「そうかもね」
私は冗談交じりに返す。
「あなた、そんな繊細な子だったかしら?」
目を向けると、母は唇を結び首を傾げる。
「マリッチブルー…」
私は自分の口で呟いてから、「そうかも知れないけど、よくわかんない」と正直に言った。
「だってそれってさ、体にわかりやすく症状出ないんだもん。頭痛い時は頭痛、お腹痛い時は腹痛、胃が痛い時は胃痛…とか明確じゃないし」
「そうねー」
母はふふっと笑い、「薬もないしね」と呟いた。
軽くあしらわれた気になる。
2人分の食器洗いはすぐに終わった。
母は全ての食器を拭き終わると、自分のエプロンで手を拭いた。
母は昔から常にエプロンをしているが、私はそれを引き継ぎはしなかった。
家と同じように掛けてあるタオルで手を拭いてから、シンクに体を託した。
「気負うことないわよ」
私が顔を向けると、母は視線を逸らす。
「これから優香は誠也君の妻として生活すればいいことなんだから。料理もそう。お店出す訳じゃないし、万人受けするものを作る必要ないじゃない?誠也君が美味しいって思ってくれればそれでいいの。でも優香も誠也君も、今まで生きてきた環境が違うんだから、最初から100点目指そうなんて無理よ」
母親は電気のスイッチに手を伸ばした。
「少しずつでいいのよ」
母の顔を見ながら、「うん」と素直に消化できる自分がいる。
母の言葉で、少なからず気持ちが和らいだ気がした。
マリッチブルーへの薬は、母が持っているのかも知れないと思った。
「100点を目指す一番の近道は、誠也君のお母さんだからね。ご両親の事大切にして、色々教えてもらいなさい」
パチンと音がして周囲が暗くなった。
その暗闇の中に、「そうだね」と私の声が溶けていった。
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