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第一章
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父が帰ってきたのは、それから一時間後。
『今から帰る』という電話を受け、母は再び台所へ行った。
父が帰宅した時には、料理が全て出来上がっていてテーブルの上に並んでいた。
当たり前だったその母の行動が、純粋に凄いと思った。
「すまなかったな」
父は帰宅して私を見るなり謝った。
「ううん、大丈夫。明日もいるんだし、仕事だったんだから気にしないで」
父は安堵の表情を浮かべたが、すぐに「でも誠也君、ずっと待っててくれたんじゃないのか?」と問うてきた。
「大丈夫だよ」
「そうか…でもなぁ…悪い事したなぁ…」
父はボソボソ呟きながら母に鞄を渡し、スーツの背広を渡し、そしてネクタイを渡していく。
母は母で、当たり前のように受け取っていく。
「お父さん、いつもこんな感じなの?」
「ん?」
質問の意味すらわかっていない父の姿が、何故か子供っぽく見えた。
「明日は休めるのよね?」
母は手にいっぱい荷物を抱えながら問う。
「あぁ…でも明後日はまた朝早いんだ。今日くらいの時間には出るから、同じ時間に起こしてくれ」
「わかりました」
母が部屋から出て行った後、「子供みたい」と私は父に向けて言った。
「何言ってんだ」
父は笑いながら座椅子に腰掛ける。
父の指定席である座椅子は、昔私が父の日にあげたもの。
年季を感じさせ、座る時にギィィと音が鳴る。
見た目は立派な中年なのに、その容姿と中身が不釣り合いに見えた。
私はテーブルに頬杖を付き、「お父さんはさ、いつからお母さんに起こしてもらってんの?」と尋ねる。
「全然知らなかったけど」
ため息交じりで投げかけると、「そりゃ俺が起きる時間には、優香がまだ寝てたからだろ」と父も呆れ口調を出した。
「母さんには、結婚当初から毎日起こしてもらっていますよ」
「へー」
「まぁ、それだけ母さんに託してるって事だ」
「お母さんが寝坊したらどうすんの?」
「これが寝坊しないんだよ」
父はお酒をコップに注ぎながら、「目覚まし時計より正確だ」と続けた。
「俺達の年代は、皆そうだと思うけどな」
「えー…」
「優香は誠也君を毎朝起こさないのか?」
「お互いスマホのアラームで起きてるよ」
「最近の子は、何でも“機械機械”」
投げやり口調に、「お父さんだって、携帯持ってるでしょ」と私も口調を強めた。
「通話しかしない」
「“通話しか出来ない”の間違いね。便利なのに勿体ない」
話が過熱しそうになりかけた時、タイミングを見計らったように母が戻って来た。
戻ってきた母は、「そう言えばね、昨日隣の家の犬がー」なんて全く別の呑気な話題を出した。
その母の声に耳を傾けていた時、母は思い出したかのように「あぁ!」と声を出した。
それでも内容までは告げず、そそくさと部屋を出て行く。
「母さんは相変わらず忙しないなぁ…」
父のその言葉には、大いに賛成した。
「お母さんって、基本動いてるよね」
「あぁ、そうだな」
父と笑いあった後、「これ」と母が戻って来た。
手にしていたのは、少し大きめな長方形型の缶。
厚みも10cmはありそうだ。
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