Promise〜あなたへ

コウ

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第一章

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私の小学校は2年ごとにクラス替えがあった。

とはいえ、1学年にクラスは2クラスしかない。

一緒のクラスか、別のクラスか…。

その2択のみ。


6年間同じクラスになる確率は、それほど低いものでもない。

現に、6年同じクラスだった子は他にも何人かいた。


でも当時の私は、6年間夏帆が同じクラスメイトになった事が凄い事のように思っていた。

奇跡のように思っていた。

きっと中学校に行っても同じクラスになって、登下校も一緒で、部活も一緒に同じ部に入って…と、そんな未来を勝手に描いていた。

明るい未来。

楽しい未来。

色をつけるなら、七色のレインボーとでも言うような…。



しかし、卒業を控えたある日。

放課後、帰り道で夏帆から伝えられた。

もともと多くをベラベラと喋るタイプではない夏帆だったが、その時はじれったくなるくらいに、なかなか話を切り出さなかった。



「優香ちゃん、私ね…引っ越しする事になったの」


消えそうな小声で、夏帆はそう言った。



今まで何人か、引越しをして学校を去った友達はいた。

もちろんその逆で、転校して来た子もいる。

なにも夏帆が初めてではない。

それなのに私は、すぐに受け入れる事が出来なかった。


予想していた未来が、一瞬にして真っ黒に染まった瞬間だった。




「一緒の中学校に…行けないの」


夏帆は発する声と同じく、足取りもだんだんと遅くなった。


夏帆が引越しを喜んでいない事は一目瞭然だ。

夏帆のペースにつられて、私の足も重くなる。

後ろから誰かに引っ張られているかのように。


それが本当なら恐怖だが、重いのは足というよりも心の方だった。

心の重みは口元まで伝達し、夏帆を励ます言葉も、新生活を応援する言葉も、何も出てこなかった。


たった一言さえも、告げられなかった。



冬の夕暮れ時は、暗くなるのが早い。


夏場ならまだまだ明るい時刻なのに、今は街灯もちらほらと点いていた。


さっきまで足元から伸びていた影と、地面の色が同じになりつつあった。


足元をボーっと眺めていると、目から涙が零れ落ちそうだ。

私は首元に巻いていたマフラーを握り締め、正面を向き直す。

グッと歯を食いしばり、泣きそうになるのを堪えた。




「優香ちゃん…」

既に半泣きの夏帆は、小さな声で私の名を口にした。



「私ね、植野君が好きなんだ」

予想外の話題を出され、私は「…うえ…の?」と乾いた声が出た。

ずっと声を出していなかったせいか、唇もカサカサだ。


「うえのって…植野?」

「うん。同じクラスの」


学年に“植野”という苗字は1人だけだったが、“同じクラス”まで教えてもらえばもう確定になる。



私は夏帆の気持ちを、全然知らなかった。


恋愛に疎いのは現在も同じだが、やはり昔からそうだった。


人の感情に敏感な人が羨ましいと思う。

私は例え“仮”だとしても、そんな予想すら立てられない。

今も昔も。



「それでね…」

横を歩いていた夏帆は、完全に足を止めた。

私が振り返ると、丁度後方から来た車のライトが目に入った。

私は眩しくて目元を擦る。

そして開いた視界に入ったのは、夏帆が両手を私の方へ突っぱねている光景だった。


「これ、植野君に渡して欲しいの」


私は何も言わずに夏帆の手元を凝視した。

しかし、薄暗い周囲のせいで夏帆が持っている物を理解するまでに時間が掛かった。





「何…手紙?」

未だに目を細めたまま私が訪ねると、夏帆のほうから「本当はね…」と声を出しながら近づいて来た。


「植野君に直接言いたいんだけど、やっぱり勇気出なくて…だから手紙にしたの」


こーゆーのに疎い私だけれど、さすがにここまでくれば理解は出来た。


夏帆の手にあるものは、ラブレターというやつだろう。


「優香ちゃんから、植野君に渡してくれる?」


「え…でも…」

私は重たい口元を無理やり動かした。



「夏帆から…渡したほうが…」

そこまで言うと、「うん、そうなんだけどね」と夏帆が遮った。


夏帆の声が、少しだけ大きくなった気がした。


「引越しするってわかって、植野君に伝えようって決めた日から、毎日これ学校に持ってきてるんだけど…」


どれだけの日数、この手紙は夏帆のランドセルにあったのだろうか。

タイミングよく2人きりになるのは、難しかったのかも知れない。


わざわざ相手を何処かに呼び出すような行動を、夏帆がするとは思えない。


「どうしても渡せないの」


今までの夏帆からすれば、夏帆の言葉全部がしっくりときた。








夏帆は大人しい性格で、自分の意見をあまり言わない。

いつも私が出す案に、笑って「いいよ」と返事をくれる。

皆が嫌がる事を、「私やるよ」と引き受ける。

だけど嫌味なんて微塵もなく、友達思いな優しい子だ。



そんな夏帆が、直接告白するなんて想像が出来ない。

手紙を渡すだけでも、想像が出来ない。

そもそも、夏帆が男子と話している記憶すらない。


それでも気持ちを伝えようと手紙を書き、それを渡そうと頑張って、でもどうしても届ける事が出来ないで…。

きっと、私へ気持ちを託す事が、最後の砦なのだろう。


私に話したのも、相当勇気を出したのだと思った。



私は今まで、色んな時、色んな事で夏帆に助けられてきた。

夏帆がいてくれただけで、小学校生活が楽しかった。


そんな夏帆からの頼みを、引き受けない理由なんてなかった。




「わかった」

私が承諾すると、夏帆の目が細まった。


「ありがとう」

夏帆はそう言って、また一歩前に出た。


夏帆の手から受け取った封筒は、綺麗な花柄だった。

花が好きな夏帆らしかった。



すぐにランドセルにしまいたい。

少しでも汚してしまうのが怖い。



「それとね、もう一つお願いがあるんだ」

私は手元から顔を上げる。

「何?」

「うん…」

夏帆は申し訳なさそうに、「本当にごめんね」と繋いだ。



「この手紙を植野君に渡すの、私が引っ越してからにしてくれる?」


夏帆はどことなく口調が弱くなり、「返事聞くの怖いんだ」と言う。


「告白するくせに返事が怖いって…私、変だよね」

夏帆は小さく笑った。



「じゃあ…えっと…」

私は考えた。


“一緒の中学に行けないの”

夏帆の言葉を思い出し、「中学に入学してからの方が、いーって事だよね?」と尋ねる。


「うん」

「そっか…」


私は唇を引き結び、大きく頷いた。


「わかった。夏帆の言う通り、ちゃんと渡す」


「ありがとう、優香ちゃん」


夏帆はいつもの優しい笑顔で笑っていた。













「優香?」

名前を呼ばれ、私はハッと目を開けた。

声の方を見ると、いつの間にかパジャマ姿になっていた母がいた。


「お風呂あいたわよ」


「あー…」


「明日の朝入るの?寝るならちゃんと着替えて、電気消しなさいよ」


昔を思い出していたら、結構時間が経ったようだ。


「おやすみ」


そう言って母がドアを閉めた後、私はゆっくり起き上がる。


未だに握り締めていたアルバムを、元の場所へ戻した。


そして、残された夏帆からの約束を両手で強く握った。




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