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第一章
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自分との温度差に驚いたのか、「え…何?」と返ってきた誠也の口調が一転した。
私は少し迷ったが、首を振って答えた。
「何だよ…」
誠也はタバコを灰皿に押し付け、「変なの」と一息吐いた。
ごもっともだ。
ただ、手紙の事をどこまで話していいのかわからない。
もう時効なのだろうか?
笑って終われる事なのだろうか?
でも…夏帆の想いを、私は過去に置いたままだ。
勇気を出して私に託してくれた想いを、私が届けずに持っている。
私がずっと持っている事も、夏帆は知らない。
これで本当にいいのだろうか…。
その後、誠也からは何も聞かれないまま、誠也の実家に着いた。
私は無理矢理気持ちをしまい込んだ。
ふと、昨日見た卒業アルバムを思い出した。
偽りのない笑顔の写真達。
でも、今はもうあの頃とは違う。
とても笑顔を作る気分ではなかったが、嘘の表情くらい作れた。
誠也のお義父さんは、私の父とは違って無言で署名した。
その後で、「おめでとう」という言葉をくれた。
お義母さんからも同じ言葉をもらい、私はお礼を述べてから「よろしくお願いします」と今後への挨拶も改めてした。
東京へと戻ったのは、夜だった。
地元とはくらべものにならないくらい、煌びやかな景色。
それなのに、どこか冷たく感じた。
私の胸の中の想いも、その中に溶けていってしまうようだった。
婚姻届が完成してから数日後。
調べてみると、婚姻届の提出は、いつでもいいらしい。
平日祝日休日を問わず、時間指定もない。
しかし、誠也の仕事の都合がつかず、まだ私の鞄の中にある。
もう寿退社している私には、時間の余裕が十分ある。
私一人で提出する案も出したが、「一緒に行こう」という誠也に同意した。
今までは、“決まった時間”の社会生活を送っていたせいか、まだ専業主婦の“自由な時間”の使いがわからない。
誠也の方は帰宅時間がその日によってバラバラで、遅い日も珍しくない。
今も11時を過ぎた。
夕飯は食べてくると連絡があったけど、晩酌をする場合を考えて…でもしない場合も考えて、日持ちするつまみを作った。
自分の母の真似事だ。
私はリビングのテーブル上に両肘をつきながら、夏帆の手紙が入った封筒を眺めていた。
知らぬ間に手紙に没頭していたらしく、「ただいま」と言う誠也の声がすぐ横でした時に、初めて帰宅したのがわかった。
「あ、ごめん」
私が素早く立ち上がると、「いーよ、座ってて」と誠也は笑顔を見せてくれた。
私は少し胸を撫で下ろす。
自分の母をイメージすると、夫の帰宅は玄関先で出迎えるのが当然だった。
いつもは私もそうしていたせいか、誠也も「考え事?」と気付いたみたいだ。
「うん…ちょっとね」
「この前言ってた、例の忘れ物?」
私は小さく頷いた。
誠也は首を傾げながらキッチンへ向かい、冷蔵庫を開けた。
「飲む?ちょっとしたものだけど作ったよ。私やるから誠也座ってて」
「これくらい自分でやるよ」
誠也は仕事から帰って来たばかりなのに、嫌な顔一つしない。
それが逆に申し訳なく思えてくる。
「優香も付き合ってよ」
私は迷ったが、「じゃあ少しだけ」と答えた。
私もキッチンへ向かうと、誠也は“いーのに”という顔をしながら、ビールの缶を2本手にした。
「やるから座ってて」
「ん」
私とバトンタッチした誠也は、缶ビール2本を持ったままリビングのテーブルへと戻る。
私は作っておいたつまみと箸を持って、誠也の真向かいへ戻ろうとした。
が、その時見えたのは、置きっぱなしにしてしまった手紙を手にした誠也の姿だった。
「…っ駄目!」
丁度、誠也が中から紙を出そうとした所で「見ないで!」と私は声を張った。
誠也もその声量に驚いたのか、動きが止まった。
私は慌てて持っていた皿と箸をテーブルに置き、誠也の手から封筒を奪った。
2、3歩後ずさりし、切らした息を整える。
それから誠也を見上げた。
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