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第一章
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夢を見た。
小学生の頃、好きだった人の夢。
佐伯孝平君の夢。
日中、誠也が名前を口にしたせいもあるかも…と、夢の中の私も思ったかも知れない。
私の2つ年上の兄は、物心ついた頃から学ぶ事が好きで、小学校高学年になると自ら親に頼んで塾へ通っていた。
同じ遺伝子が入ってるはずの私はというと、親に言われて半ば強制的に塾へ連れて行かされた。
隣町にあった塾は、生徒の大半が隣町の子だった。
兄が一緒なら…と通うのを承諾したが、学年が違う兄と同じ教室で勉強するはずもなく、案内された教室は異国のようだった。
「あれ…森宮さん?」
異国で唯一見つけた光。
それが佐伯君だった。
佐伯君は学校で同じクラス。
誰に聞いても、彼の事を秀才と言う程。
必ず1学期の学級委員長に選ばれ、全校集会の時は賞状をもらいに壇上に行く。
教室では常に何かの本を読んでいる。
そんな生徒の見本みたいな子だった。
でもそれを鼻にかけるようなことはせず、宿題を忘れた子にノートを貸してあげたり、休みの子の分の日直などもやっていた。
その佐伯君が塾にいた事に、私は心の底から安心した。
教室に入れずにいた私に、「どの席に座ってもいーんだよ」と佐伯君は手招きしてくれた。
授業開始までまだ時間はある。
私はざわついた周囲をすり抜け、「良かったー…」と佐伯君に心中を述べた。
「僕の横で良かったら座る?」
今まで、学校で佐伯君と話すのは用件のみ。
でも週3回の塾では、毎回隣の席だった。
そのせいか、学校での会話も日に日に増えた。
その時は好きとかそういう感情はなかったけど、大切な友人だった。
いつかの塾終わり。
すっかり夜になった街の中。
建物の前は、生徒を迎えに来た親達の車でいっぱいだった。
眩しいライトが近づいては、誰かを乗せて去っていく。
一緒に教室から出てきた佐伯君は、「僕ねー」と不意に口を開いた。
「いっぱい勉強してさ、大きい会社で働くのが夢なんだ」
いくら小学生とはいえ、本気か冗談かくらいは分かる。
しかも、日頃の佐伯君の行いは、十分その話が納得出来るものだった。
「凄いね」
素直な感想が、私の口から出た。
佐伯君は1つ頷く。
そのはにかんだ表情のまま、駐輪場に置いてある自転車の1つに、ポケットから出した鍵を差し込んだ。
「あれ?佐伯君、今日は自転車で来てるの?」
自転車で来てる子も少なくはないが、塾の場所は隣町。
家が近いわけではない。
「僕は毎回自転車だよ」
佐伯君は手馴れた手つきで鍵を開け、自転車のカゴに鞄を入れる。
「お母さん、夜も仕事でいないから」
「お父さんは?」
「お父さんの事は覚えてない」
佐伯君の言う意味が、当時の私にはよくわからなかった。
“覚えてない”と言った佐伯君の口調が、それまでと全く変わらなかったからかも知れない。
「本当は塾に通わなくても自分で勉強するって言ってるんだけど、お母さんもその分仕事頑張ってくれるって」
「へー…そうなんだ」
「だから僕が早く大人になっていっぱい働いて、お母さんが仕事しなくてもいいようにしてあげたいんだ」
佐伯君の言葉は、前から用意されていたように滑らかで、まるで音楽を聴いているようだった。
「東京にある大きいマンションの一番高い場所に住まわせてあげるの。この前テレビで見てお母さんが“こんな所に住んでみたい”って言ってたから」
佐伯君は一寸の曇りもない笑顔で言った。
その顔が、私の心に眩しく映った。
私は未来の母に対しても父に対しても、自分から何かを買ってあげるなんて発想はなかった。
未来の予定より、現在自分に与えてもらう事に必死だった。
それはオモチャにしてもお小遣いにしても…。
“子供”の場合、私の考えの方が過半数を超えていると思う。
佐伯君の人生で、何をもってそう決めたのか…いつ頃から思っていたのかもわからないが、佐伯君の話は妙に聞き入ってしまった。
この日から、私は佐伯君と話すのがより一層楽しくなった。
佐伯君の将来の夢を聞く時間が、なんとも言えない心地よさだった。
自分もいい子になった気がしてた。
そんな未来を聞いていたせいか、佐伯君が地元の中学ではなく、他県の中学を受験をするとわかった時も妙に納得出来た。
もう会えない事が寂しい…と思いはしなかった。
頑張って欲しいとしか思っていなかった私は、佐伯君に恋をしていたわけではなかったと思う。
たぶん、ただの憧れだったと思う…。
次に目を開けた時。
部屋の中に薄っすらと入り込んでいた朝日の中で、私は佐伯君からもらっていた時のような心地よさがあった。
自分が良い子になったような…。
いつかの佐伯君の雰囲気が、心の中を満たしてくれていた。
その時、まだ横で寝息を立てている誠也の体が動いた。
何故か誠也に対しての、申し訳なさが沸き上がって来た。
私は頭を振った。
“あくまで夢”と自分に言い聞かせ、罪悪感になる前に感情を遮断する。
だけど実際、佐伯君の夢をみたら、少しだけ気持ちが和らいだ。
心のつっかえが、少しだけ緩んだ。
それは私の中で、新しい発見があったから。
もしかしたら…。
そんな曖昧な感情ではあるが、ポツリと浮かんだ事。
“もしかしたら、夏帆も私と同じかも知れない”
夏帆が植野君に対する気持ちも、今思うと“好き”以外の何かだったのかも知れない。
その可能性もゼロではない。
そう、逃げ道に似た思いが浮かんだのだ。
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