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最終章
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夏帆の階より前に、老夫婦はエレベーターから降りていった。
「ごめんください」
その際、お婆さんが丁寧に言った。
1人になったエレベーターは、何だか凄く広く感じる。
エレベーターの動く音も気にならないほど、静かな空間だった。
ドアが開き一歩出てみると、縦長の廊下に部屋のドアがいくつか見えた。
目の前にある部屋番号を確認し、先ほど夏帆から教えてもらった番号はたぶん右にあるだろうと予想した。
その予想通り、夏帆の部屋番号が書かれているドアはあった。
しかし、表札がない。
私は少し不安になるも、番号を何度も確認しインターフォンに手を伸ばす。
少し強めに押してみる。
ピンポーンという音が鳴った。
私は一歩後退し、手荷物を握り締めた。
しばらくすると、「はい」とドアが開いた。
久しぶりに見る顔だった。
本当に久しぶりだった。
小学生の時の面影は少しだけあるが、街中ですれ違ったくらいではわからないだろう。
明るめの髪色は軽くパーマがかかっていてる。
もう大人だけど、大人っぽい。
薄めの化粧も、元の顔立ちがいい夏帆にはとても似合っていた。
「優香ちゃん、久しぶり」
夏帆から笑顔が飛んできた。
「うん、久しぶり」
私もつられて口元が緩む。
「全然変わってないね」
夏帆は握っていたドアノブを全開に開け、「どうぞ」と言った。
「あ、はい」
私は恐縮気味に答える。
夏帆の手によって開かれた先は、全体的に茶系の壁と廊下が見えた。
玄関には一足の靴も置いていないが、横に見える大きな扉の中に収めるスペースがあるのだろう。
その壁の横に、備え付けの小さめの椅子が置いてあった。
「この椅子なに?」
「あぁ、ブーツとか履くときに座るみたい」
「みたい?」
「そう、たぶん」
夏帆は笑いながら、「引越してきたばっかりで、使い勝手がまだわかんないの」と続けた。
「そっか」
私が履いてきた靴を脱ぐと、後ろにいた夏帆はすぐにその靴の向きを揃えた。
「あ、ごめん」
「ううん。中どうぞ」
「お邪魔します」
出来れば夏帆の後に続いて入りたかった。
目の前には数箇所ドアがあり、その全てが閉まっているので何処に行けば良いのかわからない。
「一番奥の部屋にどうぞ」
私の心が見透かされたのか、夏帆が助言してくれた。
私は言われた通り、奥の部屋のドアを開けた。
「凄っ…」
私は思わず心中を口にした。
リビングは20畳…いや、30畳くらいあるだろうか。
キッチンの前に4人掛けのテーブルがあり、その反対側のスペースにはソファーがある。
そのソファーの向かいには、大きいテレビがあった。
まるでドラマのセットのようだ。
「広いね」
少し落ち着いたところで夏帆に向けて言うも、夏帆は「うーん」と曖昧な返事をした。
「ここどうぞ。座って」
夏帆が指したのはダイニングテーブルの方だった。
私は頷いて移動する。
テーブルの上には、既に何種類もの食事が用意されていた。
そして中央には花瓶ひ入った一厘の花。
黄色い花が一際綺麗に咲いていた。
私は椅子に座る前、手にしている紙袋を思い出す。
「これ、良かったら」
夏帆に向かって差し出すと、「ありがとう」と夏帆は両手で受け取った。
そして、袋に書かれている店名を見た後「ここのロールケーキ、おいしいんだよね」と言った。
「何でロールケーキってわかったの?」
「箱でわかるの。私ここの系列でよく買うから」
「そっか」
ロールケーキにして良かった。
店員さんに聞いて良かった。
私は心の中で店員さんに向けてお礼を言った。
「後で食べようね」
夏帆はそう言うとケーキを冷蔵庫にしまった。
私は椅子に座り、持っていた鞄を横の椅子に置いた。
テーブルの上の料理を一通り眺めてみる。
「凄い美味しそう」
「うん。ここの凄く美味しいよ」
電話ではお互いに敬語だったが、気が付くと当時の口調になっていた。
「優香ちゃんお腹空いてる?いっぱい頼みすぎちゃったかな」
確かにテーブルいっぱいに並んでいる料理は、4人分はありそうだ。
しかし、夏帆の気持ちが嬉しく思った私は、「大丈夫、食べられそう」と根拠ない言葉を言った。
「良かった。いっぱい食べてね」
夏帆が笑う。
このままでは謝る事を忘れそう。
「あのさ…」
夏帆が真向かいに座り、私は意を決した。
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