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最終章
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「でも、考えてみたらそうかも。佐伯君、一生懸命勉強してたから」
私は一呼吸吐いた。
小学校と塾での佐伯君は思い出すが、それからの佐伯君の状況は全くの無知。
だけど…「その夢がずっと続いててくれて…現実になってくれて本当に良かった」と本当に心底思った。
喜びの言葉をかけたのに、夏帆の表情はうかなかった。
「…え?何?」
私が尋ねてみると、「やっぱり優香ちゃん…」とか細い声を出した。
「そーやって、孝平の事ずっと考えてたんだよね。…あ、私が嫌だとか嫉妬してるんじゃないよ。優香ちゃんが孝平の事想ってたの、私知ってたのに…」
「だから、違うって」
私は大げさに首を振った。
「今思うとね、あの頃の佐伯君って私にとって憧れの存在だったの。ちゃんと自分の夢があって、それに向かって何をすればいいのかわかってて…私なんて何も考えてなかったから、それが凄いと思った。佐伯君の話聞いてると、こー胸が熱くなったけど…それは好きとは違うって知ったの。何て言えばいいかなぁ…あ、悪者退治してるヒーローを応援する感じかな。こー“頑張れ!”って自分までヒーローの一員になった気がする感じ」
私は一気に思いを伝えた。
「ヒーローかぁ…」
夏帆は天を仰いだ。
その内、夏帆の口元から笑みが零れた。
「私もそんな感じかも。応援したくなってた」
「だよね!そうだよね!」
夏帆からの同意を得た事に満足した私。
「…でも、私の気持ちはそれ止まり」
ハッキリと伝えた。
「夏帆は違うでしょ?」
私はゆっくりと丁寧に…夏帆の耳にちゃんと届くように言った。
「今、夏帆は幸せなんでしょ?」
夏帆が頷いた。
ハッキリと頷いた。
「私も幸せ。憧れのヒーローが夢を叶えて、大好きな親友と結婚した…なんてこの上ない幸せだよ」
「ありがとう」
夏帆からお礼を言われるような事はしていない。
「本当ごめんね」
謝られるような事もされてない。
「もう謝らないで」
私は話題を変えようと思った。
そう言えば1つ、夏帆に聞きたい事がある。
「あ、そうそう。あの手紙の事なんだけさ」
「手紙?」
そこで私は一度「うん、ごめん」と謝った。
「優香ちゃんも…もう謝るのやめよう」
「そうだね」
私は夏帆の提案に大いに賛成した。
「あの、夏帆が植野君に充てた手紙なんだけど…」
「うん」
「あの手紙の中に、“植野君が魔法を見せてくれた”って書いてあったけど…」
「うん。そうだよ」
「…え?植野君って魔法使いなの?」
魔法なんて信じる程、若くはない。
でも手紙を書いた過去の夏帆は、それを信じていたように思える。
むしろ、現在も信じているように見えた。
「あれはねー」
夏帆は歯を見せて笑った。
「小学生の頃、私と優香ちゃん放課後に校庭の水遣り当番だったの覚えてる?」
私は考える余地もなく、「覚えてない」と返した。
「全然記憶にない」
「そっか…うーん」
夏帆も考える素振りをみせたので、「覚えてないと話わかんない?」と私は尋ねた。
夏帆は首を振る。
「その水遣りをね、私も優香ちゃんも風邪ひいて学校休んでて、ずっとやってない時があったの」
私はその事も覚えてなかった。
「私の方が先に風邪治って登校したんだけど、ずっとお水あげてなかったみたいで、花が元気なくなっちゃってて…」
夏帆は悲しそうな表情になった。
花好きな夏帆なら当然かも知れない。
「その時、植野君が来てね、魔法で雨降らせてくれたの」
「…ん?」
私は拍子抜けした。
そもそも、魔法なんて信じてない上で話を聞いていたが、それにしても拍子抜けだ。
夏帆はそんな私を見て、クスクスと笑った。
「今思うと私も魔法な訳ないとも思うけど…でもその時、本当に雨が降ったんだよ」
「へー」
「あ、優香ちゃん信じてないでしょ?」
「え?いや…」
私は頬を掻いた。
目線のやり場に困った。
「植野君が魔法使いって言うのは…正直…ちょっと信じがたいけど…」
「えー本当なのにな」
夏帆は「優香ちゃんにも見せたかったよ」と悔しそうに言った。
魔法なんて非現実的ではあるが、おかげでだいぶ場が和んだ。
やっと手を付けた料理は、どれもこれも美味しかったけどさすがに全部は食べきれなかった。
「ご馳走様」
私はお腹いっぱいになった所で、「いくら掛かった?」と聞いてみる。
「大丈夫。気にしないで」
「そーゆー訳にはいかないよ」
私は鞄の中の財布に手をかけた。
「本当に大丈夫」
夏帆の口調が強まった。
「孝平からのお祝いだって」
「佐伯君が?お祝いって何の?」
「優香ちゃんとの再会」
夏帆はペロッと舌を出し、「手紙の内容とか…今日までのいきさつとか、孝平には何も話してないの」と漏らす。
「だから孝平は、単純に優香ちゃんと久しぶりに会う事に喜んでくれてた」
「そっか…」
私は悩んだが、「じゃあ甘えちゃおう」と結論を出した。
お祝いといえば、確かにお祝いだ。
「今度は私が奢るからね」
「…今度?また会ってくれるの?」
「え?もちろん」
夏帆はホッと息を吐いた。
「都内に友達全然いないから嬉しい。会話するのって、孝平と光誠とお義母さん位だもん」
そう言う夏帆が、佐伯君に手紙の事を話していないのは意外に思った。
私は本当に大切な部分を除いて、誠也に話していたから…。
もし夏帆が佐伯君に何かを伝えるとしたら、当時の私の気持ち部分も当てはまるだろう。
でも、どっちでも良いと思った。
伝えても伝えなくても。
そう思ってしまう辺り、何度振り返っても佐伯君に対しては憧れだけの感情だった。
私は部屋の時計に目を向けた。そろそろ…と言い掛けた言葉をグッと呑み込んだ。
「夏帆、あと私ね…結婚するの」
忘れてはいけない。
夏帆には伝えなきゃいけない事があった。
もう不安なんてない。
「うん」
夏帆はすんなり頷いた。
あまりにすんなり過ぎて、「え?」と私の方が驚く。
「知ってたの?」
そんなはずはない。
でも、夏帆の口調はそう思ってしまう程だった。
「ううん、知らないけど…ほら、電話で予定聞いた時“仕事してないからいつでも平気”って優香ちゃん言ってたからさ。私と同じ専業主婦なのか…それに近い感じかなって思って」
さすがだ。
でも結婚も出産も子育てもしている夏帆は、一枚も二枚も上手なのは当然だ。
「なるほど…」
誠也の探偵気取りもまずまずだが、夏帆の推理もなかなかだ。
「まだ入籍してないのかな?」
「うん。相手と予定が合えば、すぐにでも婚姻届け出しに行くつもり」
私は鞄からクリアファイルを取り出した。
丁寧に扱ってきたせいか、この婚姻届は区役所で貰った時からあまり状態が変わらない。
「これ」
私はクリアファイルを夏帆へ差し出す。
「なに?」
内側で2つ折りにしていた紙に、夏帆から疑問が飛んできた。
「婚姻届」
「あぁ…え?見ていいの?」
「うん」
夏帆はファイルから紙を抜き取り、手の中で広げた。
私は夏帆を見た。
瞬きをしないようにして見続けた。
夏帆の表情は何も変化がなかった。
一寸の変化もなかった。
しばらくして、夏帆は紙を元の状態に戻した。
それをファイルに収め「はい」と私へ戻した。
そして、言った。
「優香ちゃん、今幸せ?」
私は頷いた。
ハッキリと頷いた。
その時、夏帆がくれたのは「おめでとう」という言葉と、あの懐かしい笑顔だった。
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