CREEPY ROSE:『5000億円の男』

生カス

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08.Dirty

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 「チッ、あのガキ、あのガキが! 『便所』になるしか能がなかったくせに、このアタシをコケにしやがって!!」

 イトがロジーの屋敷から出てしばらく、護衛のリドーとレックスは、休憩がてらサロン室でコーヒーを飲んでいた。
 先程のイトが相当癇に障ったのだろう。リドーは、空になった紙コップを壁にぶつけて、癇癪を起していた。

 「いい加減に落ち着けリドー、大人げないぞ」

 「いいや、もう我慢ならないね。クソ、今度は上だけじゃねぇ、下の口に鉄筋をぶち込んで、使い物にならなくしてやる」

 品性の欠片もないようなリドーの言葉に、レックスは心底うんざりしていた。とは言え、彼女はイトに対して何かしらの感情を持ち合わせているわけではない。彼女にあるのは、ただ面倒事だけは起こさないでほしいという気持ちだけだ。
 イトは、ママ・ロザリアのお気に入りだ。万が一リドーがやつを壊しでもしたら、こちらにまでそのお鉢が回ってきてしまう。それはレックスにとって一番避けたいことだった。

 「ずいぶん荒れてんじゃぁん? 何かあったん?」

 すると、リドーのものでもレックスのものでもない、第三の声が、入り口のドアから聞こえてきた。リドーとレックスがその方向を見ると、そこには、二人組の美人な少女たちがいた。

 「……リネン、ラミー、何しにきやがった。アタシは今イライラしてんだ」

 「ヤバぁ、そんな怒んないでよ。せっかくの化粧が崩れちゃうよ?」

 先程から喋っている方の名前はラミー。ストレートロングの金髪に、ルビーのような赤い瞳。ひらひらとしたミニスカートに、胸元を大きく開けた服と、いかにも『遊んでいる』と言った感じの少女だ。

 「ママから連絡があった。イトのことだ」

 もう一人の方の名前はリネン。ラミーとは対照的な、銀髪のセミロング。切れ長の目にパールのような瞳がはめ込まれており、ホットパンツにパーカーというシンプルな服装をしていながら、しかし近寄りがたい印象を与えるような少女だ。

 「イトの? どういうことだ、リネン?」

 レックスがそう聞くと、リネンは静かにそれに答える。

 「イトが『男』を手に入れたかもしれない」

 「なんッ……!?」

 それを聞いたリドーは、言葉を詰まらせるほど驚く。レックスはリアクションこそ薄いが、瞳孔が開いており、リドーと同じくらい動揺していた。
 男を得る。それがこの世界で意味することは、現実の世界とは比べ物にならないほど大きい。
 社会的な地位、普通に生きていればまず一生追いつかない額の金。

 「マぁジずるいよね。しかもイケメンって話だし、私にも一晩貸してくんないかなぁ」

 そして、それらを可能とする根源である、性的欲求をいくらでも好きに吐き出せる場所。この世界で男というものは、そう言う認識だった。

 「……それはどうでもいいが、問題はイトが男を利用してのし上がることだ。それだけは絶対にあっちゃいけない」

 忌々し気に、リネンが吐き捨てるように言う。
 リネンとラミーの二人は、どちらもイトがボスを務めているストリートキッズのグループに入っている。しかしどうにもイトがボスという現状には納得していないらしく、お互いの関係はお世辞にも良いとは言えなかった。
 特にこのリネンと言う少女は、少し幼い言い方をしてしまえば、イトのことが大嫌いだった。

 イトはもともと、彼女たちのグループに後から入って来た、いわゆる新参者だった。しかしその聡明さとカリスマ、更には中性的な、男装の麗人としてのその美貌も相まって、瞬く間に頭角を現し、あっという間に彼女はストリートキッズのボスとなった。
 リネンは、それが全く持って気に喰わなかった。特に、イト自身はボスになりたくなんてないのに、他の奴らが持ち上げたから仕方なくボスになった……と言う経緯が、その気に喰わなさに拍車をかけていた。

 「男だと? あの便所風情が、大人しく跪いて媚びてりゃいいものを」

 「で、何故それを私たちに? 場所でも割らせようってのか?」

 リドーの言葉を聞き流しながら、レックスはリネンにそう聞く。しかし、リネンは首を横に振って、続けて話す。

 「いや、場所はもう割れてる。アンタらの部下をいくらか貸してほしい」

 「仕事が早いな。いつの間に調べたんだ?」

 「いや、調べたんじゃない。ママから聞いた。ママは何でも見てるし、何でも知っている」

 そう言ってリネンは、親指で自身の後ろを指さす。その方角は、ロジーがいる部屋だ。

 「ああ、それと、男は必ず傷ひとつ付けないで持って来るようにと。ママから直々に要望があった。絶対にだ」

 「ママが? 珍しいな、あの方がそこまで欲しがるなんて」

 「普通なら言わない」

 リネンは含みをはらんだ言い方をした。それにレックスは疑問を感じていると、代わりにラミーが大げさに話した。

 「なぁんとなんと、その子は世界に一桁しかいない、黒髪黒瞳なのでーす。きゃー!」

 「……嘘だろ?」

 「……黒髪黒瞳って、都市伝説じゃなかったのか?」

 リドーもレックスも、お互いに先程以上の衝撃を受けた。
 天然の黒髪黒瞳、彼女らの世界において、幻と言っていいほどに希少だ。

 この世界において、男と言う『商品』は貴重なものだ。しかしその男の中にもランクはある。
 老いた者よりは若い者が。醜い者よりは美しい者が。ブラウンヘアよりはプラチナブロンドが。その希少さや単純な需要の多さによって、値段は文字通り、桁違いに変わってくる。
 そんなランク付けの中で言えば、黒髪黒瞳の美男子と言うのは、そのランクの中でもトップ、そのさらに上澄みの上に置かれる、希少性、需要が共に高い『フラッグシップ』だ。

 ハリはその『フラッグショップ』として、十分な年齢と容姿をしている。そんな彼がもしオークションに出されようモノなら、小国のGDPを凌駕するであろう値段になることは確実だ。

 当然、それが生み出す利益は、売値の何十倍にもなって返ってくることだろう。酷く大げさな言い方をしてしまえば、黒髪黒瞳を手に入れるということは、世界中の富にアクセスできる権利を手に入れることと同義なのだ。

 「黒髪黒瞳を私たちで手に入れる。それがどういう意味か、アンタらならわかるだろ?」

 リネンは、レックスとリドー両方にそう聞く。それにリドーは、にやりと笑った。

 「一気にのし上がれるんだ。この組織も、私たちのポストも」

 「……よし、わかった」

 レックスは少し笑って、リネンの願いを快諾することにした。彼女としても当然、自分の出世のチャンスを、それも一生かかっても使いきれないような富を得られるチャンスを、みすみすフイにするつもりはないのだ。

 「私の部下を貸そう。捉えたときは、私らの名前をママに言うこと、忘れるなよ」

 「当然だ、リドーは?」

 「もちろん乗るさ。ああでも、イトもなるべく殺すなよ。男と一緒に楽しむからね」

 「男はダメだ。だが、イトのことは殺さなければ何をしてもいいと、ママから承諾を得た。『お楽しみ』はイトだけで我慢しろ」

 リネンがイトの名前を口に出す度、彼女は明らかに不愉快になりながらも、リドーに釘を刺す。リドーはそれに舌打ちをしたが、さすがにロジーには逆らえないのだろう。しぶしぶといった様子で了承した。

 「……じゃあ行こう、ラミー」

 「イエーイ! アガってこー!」

 そう言いながら、二人はそれぞれの『得物』に手を伸ばす。
 リネンは、ボディーバッグの中にある、二本のククリ刀を。
 ラミーは、ホッケーバッグに詰めた刀を。
 二人は手に持ち、その刃の輝きを確かめた。
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