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14 秘密の場所に隠れて
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今日の私は外回り無し。溜まった事務作業をこなしつつ、電話による営業をする予定だった。
必然的に課長の姿が目に入るわけで、その姿を見るたびに怒りと心配という相反する感情に支配され、自分の仕事にまったく集中できていなかった。
そして業務開始から一時間経過したころ、課長はデスクから立ち上がり資料とノートパソコンを纏めて持つと壁に備え付けられているキーボックスからどこかの鍵を取り出して、一課から出て行ってしまった。
課長の今追われている仕事は会議の資料づくりのはず。
どこかに行く必要はない。
そう考えたとき私はピンときた。
立ち上がり、キーボックスを見に行くと無くなっていたのは第一資料室の鍵ともう1つ。
課長自らが語った秘密の休憩スペースがあそこにはある。
私は自分の席に戻ると、加山さんに過去の資料を見に行ってきますと適当な理由を伝えて第一資料室に向かった。
資料室の扉を開けると案の定、作業用の簡易デスクには課長の荷物だけがあり、課長の姿はない。
私は部屋の奥に行き、勢いよく映像資料室の扉を開けた。不用心なことに鍵は掛かっていなかった。
人が急に入ってきた事に相当驚いのであろう課長はソファーに横になっていた体を勢いよく起こしてこちらを仰いだ。
「――なんだ、川瀬か…」
驚かすなと言って、課長はソファーの背もたれに沈み込む。
「こんなところで一体何をやっているんですか?」
「…………」
私の問いに対して課長が返せる言葉がないのは分かっている。
明らかに今の課長がしていることは「サボリ」だからだ。
はあぁ。
深いため息をついて私はその場で腕を組んだ。
まったく、何考えているんだか。
「サボるくらいなら帰って休んでください」
「別にサボっている訳じゃない……」
「ならどうして仕事道具が向こうの机にあって、課長はここで寝ているんですか」
「………」
課長は分が悪いと思ったのかまた黙り込む。
「仕事ができないほどの体調で会社に来るべきでないことは課長が一番ご存じなんだと思ってました」
私は溜息混じりに組んでいた腕を解き、踵を返す。
「部長に連絡してきます」
「おい待て、川瀬っ…!」
私を引き止めようとした課長は声を張ったせいで盛大に咳き込んだ。
それはそれはもう辛そうな咳だった。
「ちょっ、大丈夫ですか?」
私は慌てて課長へ駆け寄ると背中をさすった。
こんな行動普段だったらいろんな意味で絶対出来ないが、昨日散々看病させられたのでなんだか課長に触れるのに少なからず慣れてしまっていた。
咳込む課長の背中は昨日同様服越しでも熱くて、もう本当に大人しくしていてほしい。
そう思ってあげたのに、課長の背中をさする私の腕は熱いものに捕らわれた。
課長の手だ。
荒い呼吸、充血して潤んだ瞳が至近距離にある。
「今日の、会議はな……、俺が出ないと絶対にダメなんだ。大きな仕事に関わる。先延ばしに、したら……一課の成績も評価もガタ落ちだ」
つい先ほどまで、平気な顔で朝礼していたのが全く信じられない。
まともにしゃべるのも辛いなんて。
「でも定例会議だけなんじゃ……」
「今日はそれだけじゃ、終わらない」
「それでも、こんな状態でまともな会議ができる訳ない――っ!?」
私が言い終わる前により強く腕を掴まれ、驚きで声が詰まる。
「出来る。さっきも見ただろ。俺はいつもとなんら変わらずに振る舞える」
今はまったくいつもと違うじゃないか、という私の心内は決して口に出せるような雰囲気ではなくなってきた。
さらに重ねて課長は私に訴えかける。
「本当に、今は、ほんの少しだけ……休もうとしていただけなんだ。会議の資料もあと、少し、修正するだけで完成する。だから、部長には――言うな」
至近距離で熱い視線を向けられて、懇願するように命令される。
私だって一緒に働いているから課長がどれだけ仕事に情熱を注いでいるかを知っている。
皆に厳しく、そしてそれ以上に自分に厳しいってことも。
だからこそ、こんな時は休んで欲しかった。
私は課長の腕を軽く振り払い崩れた姿勢を整える。
課長はどこか不安そうな目で私を見上げた。
……そんな目で見ないでほしい。
私は何も言わずに映像資料室を出ようとした。
「――っ川瀬」
私を止めようと立ち上がろうとする課長の気配。
「そこで、大人しく寝ていて下さい」
私は課長に背を向けたまま言う。
「川瀬?」
今度こそ本日一番大きな溜息をこれ見よがしにして見せる。
まったく。
私のできる抵抗はこのくらいしかない。
「一課に戻って自分の仕事道具持ってきます」
課長は沈黙している。私が言いたいことが分からないようだ。
「私が仕事道具をほったらかしで、ずっとここに居たら皆に変に思われるじゃないですか……」
「……川瀬?」
私は勢いよく振り返り、精一杯偉そうに腰に手をあてて仁王立ちする。
「会議の資料まだ完成してないんですよね? そんなの今の課長に任せてたら、誤字に脱字に訳の分からない文章が多量に発生してしまうので、私が代わりにやります」
「…………」
「機密性の高いご内容ということでしたら、勿論辞退致しますが?」
「いや……」
「でしたら課長は私が作業している間、ここで休んで会議のときに微塵も違和感のある行動をしないように一人でイメトレでもしていて下さい!」
そう言い切ると、再び踵を返して第一資料室から一課に戻った。
その短い道中、私は心の中で頭を抱えた。
――ああ、どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
必然的に課長の姿が目に入るわけで、その姿を見るたびに怒りと心配という相反する感情に支配され、自分の仕事にまったく集中できていなかった。
そして業務開始から一時間経過したころ、課長はデスクから立ち上がり資料とノートパソコンを纏めて持つと壁に備え付けられているキーボックスからどこかの鍵を取り出して、一課から出て行ってしまった。
課長の今追われている仕事は会議の資料づくりのはず。
どこかに行く必要はない。
そう考えたとき私はピンときた。
立ち上がり、キーボックスを見に行くと無くなっていたのは第一資料室の鍵ともう1つ。
課長自らが語った秘密の休憩スペースがあそこにはある。
私は自分の席に戻ると、加山さんに過去の資料を見に行ってきますと適当な理由を伝えて第一資料室に向かった。
資料室の扉を開けると案の定、作業用の簡易デスクには課長の荷物だけがあり、課長の姿はない。
私は部屋の奥に行き、勢いよく映像資料室の扉を開けた。不用心なことに鍵は掛かっていなかった。
人が急に入ってきた事に相当驚いのであろう課長はソファーに横になっていた体を勢いよく起こしてこちらを仰いだ。
「――なんだ、川瀬か…」
驚かすなと言って、課長はソファーの背もたれに沈み込む。
「こんなところで一体何をやっているんですか?」
「…………」
私の問いに対して課長が返せる言葉がないのは分かっている。
明らかに今の課長がしていることは「サボリ」だからだ。
はあぁ。
深いため息をついて私はその場で腕を組んだ。
まったく、何考えているんだか。
「サボるくらいなら帰って休んでください」
「別にサボっている訳じゃない……」
「ならどうして仕事道具が向こうの机にあって、課長はここで寝ているんですか」
「………」
課長は分が悪いと思ったのかまた黙り込む。
「仕事ができないほどの体調で会社に来るべきでないことは課長が一番ご存じなんだと思ってました」
私は溜息混じりに組んでいた腕を解き、踵を返す。
「部長に連絡してきます」
「おい待て、川瀬っ…!」
私を引き止めようとした課長は声を張ったせいで盛大に咳き込んだ。
それはそれはもう辛そうな咳だった。
「ちょっ、大丈夫ですか?」
私は慌てて課長へ駆け寄ると背中をさすった。
こんな行動普段だったらいろんな意味で絶対出来ないが、昨日散々看病させられたのでなんだか課長に触れるのに少なからず慣れてしまっていた。
咳込む課長の背中は昨日同様服越しでも熱くて、もう本当に大人しくしていてほしい。
そう思ってあげたのに、課長の背中をさする私の腕は熱いものに捕らわれた。
課長の手だ。
荒い呼吸、充血して潤んだ瞳が至近距離にある。
「今日の、会議はな……、俺が出ないと絶対にダメなんだ。大きな仕事に関わる。先延ばしに、したら……一課の成績も評価もガタ落ちだ」
つい先ほどまで、平気な顔で朝礼していたのが全く信じられない。
まともにしゃべるのも辛いなんて。
「でも定例会議だけなんじゃ……」
「今日はそれだけじゃ、終わらない」
「それでも、こんな状態でまともな会議ができる訳ない――っ!?」
私が言い終わる前により強く腕を掴まれ、驚きで声が詰まる。
「出来る。さっきも見ただろ。俺はいつもとなんら変わらずに振る舞える」
今はまったくいつもと違うじゃないか、という私の心内は決して口に出せるような雰囲気ではなくなってきた。
さらに重ねて課長は私に訴えかける。
「本当に、今は、ほんの少しだけ……休もうとしていただけなんだ。会議の資料もあと、少し、修正するだけで完成する。だから、部長には――言うな」
至近距離で熱い視線を向けられて、懇願するように命令される。
私だって一緒に働いているから課長がどれだけ仕事に情熱を注いでいるかを知っている。
皆に厳しく、そしてそれ以上に自分に厳しいってことも。
だからこそ、こんな時は休んで欲しかった。
私は課長の腕を軽く振り払い崩れた姿勢を整える。
課長はどこか不安そうな目で私を見上げた。
……そんな目で見ないでほしい。
私は何も言わずに映像資料室を出ようとした。
「――っ川瀬」
私を止めようと立ち上がろうとする課長の気配。
「そこで、大人しく寝ていて下さい」
私は課長に背を向けたまま言う。
「川瀬?」
今度こそ本日一番大きな溜息をこれ見よがしにして見せる。
まったく。
私のできる抵抗はこのくらいしかない。
「一課に戻って自分の仕事道具持ってきます」
課長は沈黙している。私が言いたいことが分からないようだ。
「私が仕事道具をほったらかしで、ずっとここに居たら皆に変に思われるじゃないですか……」
「……川瀬?」
私は勢いよく振り返り、精一杯偉そうに腰に手をあてて仁王立ちする。
「会議の資料まだ完成してないんですよね? そんなの今の課長に任せてたら、誤字に脱字に訳の分からない文章が多量に発生してしまうので、私が代わりにやります」
「…………」
「機密性の高いご内容ということでしたら、勿論辞退致しますが?」
「いや……」
「でしたら課長は私が作業している間、ここで休んで会議のときに微塵も違和感のある行動をしないように一人でイメトレでもしていて下さい!」
そう言い切ると、再び踵を返して第一資料室から一課に戻った。
その短い道中、私は心の中で頭を抱えた。
――ああ、どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
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