『イケメンだけど文句ある?』ってチャンネル名のYouTuberに出会ったから文句言ってやろうと意気込んだのに、どうしてこうなった!?

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第1話 「ムーちゃんに決めた!!」

3 YouTuberの部屋の中

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 月はレックスとの出会い頭、本来ならしっかりと挨拶をしなくてはならない場面で芸名に様付けをして呼ぶという失態をやらかした。直後に営業部長の鋭い視線を受け、部屋の中に入る前に平身低頭詫びることになったのは必定。広報部長が苦笑しながらフォローしてくれる中、月は頭を下げた状態で己のしでかした事に死ぬほど恥じ入った。

 相手が有名人だったとはいえ、開口一番であの台詞な無い。営業部長に睨まれるまでもなく、家事代行のプロスタッフとしてあり得ない愚行だ。顧客によっては失礼な奴だと悪印象を与えてしまい、下手すりゃ部屋に上げて貰う前に帰ってくれと門前払いをくらう可能性だって零ではない。幸いレックスは笑顔で全く気にしていないと流してくれたのだが、普段はしないミスを初っ端からやらかした事で月の肩身は大分狭くなってしまった。

 しかも重ねて最悪だったのは口から出た言葉が「レックス様」だったことだ。月はレックスの熱狂的ファンだと勘違いされた可能性は高い。

 違う、あれは母親の影響だ――と叫びたいが、そんなことが口に出せる状況ではない。
何故なら、広報部長のフォローがファン精神が溢れて思わず口にしてしまったという方面に流れているから。

 なんとも居心地の悪い誤解が上司とレックス本人に生じていると思うと居たたまれなさが数倍に膨れ上がった。それでも逃げることなど出来るはずもなく、月は泣く泣くレックスの部屋へと上司二人の後に続いて入った。

 一般のマンションではあり得ない長めの廊下を歩き、突き当たりにたどり着く。レックスが眼前のドアを開けて中に入り、部長二人がその後に続く。自分も、と一歩踏み出した月だったが脚が中途半端なところで止まる。スーツの二人が中に一歩踏み込んだ位置から奥に進まないからだ。何故こんな所で突っ立っているんだと心の中で文句を言いつつ、前が進んでくれるのを待つ。すると部長二人の背中越しにレックスの声が聞こえてきた。

「前回来ていただいて打ち合わせした時もそうでしたけど、ホントはこれ見られんの恥ずかしいんですよね・・・」

「男性の一人暮らしで家事にまで手が回らない方は非常に多いですよ。しかも、松田様の忙しさでは尚更でしょう。そんな方々のために弊社のような会社が存在しているのです。お気になさらず」

「そうですよ。それにビフォー・アフターを撮影して動画配信されるのでしたらこのくらいギャップがあった方が弊社としても遣り甲斐があります」

 営業モードに入った部長二人がレックスの発言にフォローを入れる。接待営業の雰囲気を感じ取り、相手が有名人だと使う気も普段の数倍なんだろう、と呑気に聞き流したかった。しかし、そうもいかない。男三人の会話には聞き捨てならない台詞が多過ぎたのだ。

 見られるのが恥ずかしい部屋。その部屋は営業部長に「そんなことありませんよ」という無難なフォローではなく会社の存在意義を語らせた。加えて“ビフォー・アフターの撮影”というYouTuberを前にして絶対に聞かなかったことには出来ないワード。

 月は我慢しきれなかった。半ば無理矢理広報部長の背後から体を押し込むようにして部屋の中に踏み込み――――眼前に広がる光景を目の当たりにして絶句した。

 ――――服、服、物、ゴミ、物、服、ゴミ、物、ゴミ、服、物、服、ゴミ。

 高級マンションらしいだだっ広いLDKが服と物とゴミで埋め尽くされていた。それまで気が付かなかったのが不思議なくらいの異臭が鼻を刺激する。腐敗臭や生ごみの類では無い香水とゴミと埃が混ぜ合わさった独特の臭いが室内に漂っていた。鼻を摘まみたくなる衝動に駆られるが、当然家事代行のプロとして我慢する。さりげなく鼻呼吸を口呼吸に切り替えた。

 どんだけ片付けてないんだよ!! ここまでやばい高級マンションの汚部屋とか初めて見たわ!!――などという心の叫びは思っていても絶対に口にしない。しかし、月にはどうしても確認したいことがあり、恐る恐るこの場で身内に当たる部長達の顔を仰いだ。

「……あの、今日は初回お試しコースの三時間で、業務内容な掃除と整理整頓、場所はここのリビングダイニングとキッチンで、時間があったらお風呂とおトイレもでしたよね?」

「ああ、そうだ」

「……先ほど、撮影という単語が聞こえてきましたが」

「そうだよ。でも撮影と言っても五島さんが映ることはないよ。今回は掃除をする前と後の部屋を撮影して動画にして下さるんだ。しかも、社名も出して下さって、動画の説明欄に弊社のホームページへのリンクを貼って下さる事になっているんだ。とっても名誉なことだね」

 月の問いに対してしれっと返事をしてきた営業部長とにっこり穏やかスマイルをかましてきた広報部長。

 ――――いやいやいやいや、無理無理無理無理っ。何言っちゃってんのアンタ達!?!?

 月は内心では頭を掻き毟った後に床に膝を突いて項垂れ、現実ではどうにかこうにか直立不動で笑顔を引き攣らせるだけにとどめた。そんな自分を誰かに褒めて欲しいと切実に願う。
 
 通常の業務だったら営業部長が口にした指示は妥当だ。月にとっては余裕のある内容だと言っても良い。しかし、それは対象となる部屋が一般的なレベルの散らかり方だった場合の話だ。眼前に広がる汚部屋は完全なる想定外。ぱっと見、整理整頓のみで三時間が過ぎてしまう可能性が十二分にある。

 そんな、ただでさえ無理ゲーミッションに加えて仕上がりを撮影するというイレギュラーなオプションまでついている。しかも、社運が掛かっている。

 レックスの動画の視聴者は多い。動画に社名が出る事と会社のホームページのリンクが貼られることによる広告効果は絶大だろう。部長達がわざわざ足を運んだ訳である。

 どういう契約の下で撮影と家事代行が行われるかなどは月の与り知らぬところだ。ただ、一つだけ確実に判明している事がある。中途半端な仕事をしたら大目玉どころの騒ぎではないという事だ。

 にもかかわらず、作業内容はハードを通り過ぎて超ハードどころか鬼ハード。気分は完全に背水の陣である。

 自らに課せられた史上最高難易度のミッションに心の冷や汗ダラダラだ。それでも、文句を言える立場でも無ければ言う根性もない。顔面に笑顔を貼り付たままどうにかミッションクリアの為の段取りを脳内で組み立てようと試みる。すると汚部屋の主であるレックスが恥ずかしそうに後頭部を搔きながらこちらにそろりと視線を送ってきた。

「あのっ、お姉さん一人でやってくれるんですよね? ほんと汚くてごめんなさい。ここまで汚れてると三時間なんてあっという間だろうし、全然出来る範囲だけで良いんで、お願いします」

 上司達よりも何倍も空気を読んだ優しい言葉に自然と背筋がピンと伸びる。上司には物申したいが、顧客に不安な思いをさせる訳にはいかない。会社が一度イエスと言った業務を出来ないかもと心配されるのはプロとして断固避けたいところだ。

 脚の踏み場のない部屋の中央に申し訳なさそうに立っているレックスに視線を向ける。汚部屋に立っている効果か先程感じた眩しさは半減していてほっとする。見惚れていたら仕事にならない。

「いえ、ご要望通りの仕事が出来るように全力で頑張らせていただきます」

 手に持っていた仕事用のトートバックの内ポケットから名刺を取り出す。この瞬間だけは未だにどうしても緊張してしまう。けれども、もう何度も繰り返してきたことなので体も口も勝手に動いた。

 何とか足場を見つけてレックスの前に進み出て両手に持った名刺を差し出す。

「にこにこHOUSEWORKERS家事代行スタッフのです。本日はよろしくお願い致します」

「ご丁寧にどうも」

 軽く頭を下げたレックスが名刺を受け取り、視線をそれに落とそうとする。このタイミングで敢えて声を掛ける。月が仕事上でする初対面の挨拶はこの声掛けまでが一纏まりの定型だ。

「出来れば直ぐにでも私は作業に入らせて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」

 レックスと上司の両方に視線を向ける。レックスは想定通り名刺に落ちそうだった視線を上げて了承してくれた。

 部長達からも了承を得て、幾つかの確認事項をレックスから聞き出す。掃除道具の位置に物やごみの分別について、触れてはいけないものや拘りのある点などだ。

「あそこにセットしてあるカメラの三脚だけビフォー・アフターの撮影用にセットしたものだから触れないで欲しいです」

 指し示された先には三脚があり、その上にビデオカメラがセットされていた。その下と周囲だけ物がなく、撮影するためにその場限りで場所を作ったのが丸分かりだ。その他は特に大きな注意事項はなさそうだった。

「では、作業を始めさせていただきます。改めましてよろしくお願い致します」

「はいっ。よろしくお願いします!」

 明らかに家事代行に慣れていないレックスの馬鹿丁寧な返事は聞き流し、月は頭の中を完全に仕事モードに切り替える。

 ――――この汚部屋、絶対攻略して部長達にボーナス出すって言わせてやる!!
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