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捜索
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サヴェロが家を出で一時間ほど経った時だった。
「ここは……」
白い全身タイツのようなスーツを身に纏った少女の瞼がゆっくりと開かれた。ぼやける視界に何度か瞬きをする少女。日も暮れて、薄暗くなった部屋を眼球だけを動かして見渡す。
『お目覚めになられましたか? メリダ様』
少女の寝ているベッドの真横から少女に話しかける女性の声が聞こえた。
「そこにいるのは誰? 私を知っているの?」
人の気配はないが、メリダと呼ばれた少女はその声のする方へ問いかける。
『はい。よく存じております。……メリダ様は私を覚えていらっしゃいませんか?』
「ごめん。思い出せない」
メリダがそう言うと、アイオスは『そうですか』と特に悲しそうにするでもなく冷静な声で言った。
『それでは、メリダ様ご自身については思い出せますか?』
「うん。それは覚えてる。だけど、どうしてここにいるのか……その過程が思い出せない。確かカーボニアは……」
そこまで言ったところで、メリダは激しい目眩に襲われ言葉をつまらせた。それを察知したのか、アイオスは間髪を入れずに声をかける。
『貴女はとても長い間眠られていました。まだ身体が順応していませんので、無理をなさらなくて結構です』
アイオスの言葉が伝わったのか、メリダは目を瞑ったまま軽く頷いた。そして、ぐるぐるとした目眩が治まり、気持ちが落ち着いたところで、メリダは再び目を見開いた。
「ねえ、知っているなら教えて。私はどうしてここにいるの? 確かカーボニアは戦争中で……」
メリダは自分の記憶を辿っていくが、頭に靄がかかったみたいに思い出すことができない。呻くような声を出しながら思い出そうとするメリダを見ていたアイオスはその手助けをするように、メリダの問いに答えた。
『メリダ様。率直に結論から申し上げますと、我がカーボニア王国は滅亡しました』
アイオスは言い淀む事無く、躊躇もせず、冷静な声でメリダに真実を伝えた。その答えにメリダは特に驚いた様子もなく「そう」と頷いた。
『貴女は戦争を生き残る為、冷凍睡眠状態で宇宙空間に退避し、二千年もの間眠り続けていたのです』
「……私、二千年も眠ってたんだ。はは、そりゃ国もなくなっちゃうわけだ」
メリダは乾いた笑い声を出した。それはどこか呆れた風でもあった。
「ああ、少し思い出した。私、お父さんに無理矢理銀色の卵みたいな乗り物に乗せられたんだった。それじゃあ結局お父さんもあの後死んじゃったのかな……」
すると、メリダはゆっくりと上半身だけを起こすと、改めて自分のいる部屋を見渡した。ベッドと机と本棚だけのシンプルな部屋。メリダの口から「なんも無い」と正直な感想が漏れた。
『まだ体を動かされるのは早いかと』
「大丈夫だよ。もう目眩はないし、身体にも力は入るから平気……ってうわ! 剣が喋ってる!」
ざっと部屋を見渡したメリダがふと、自分の話していた相手に視線を移した瞬間、メリダは素っ頓狂な声を上げた。
「人気がないから不思議だとは思ってたんだけど、まさか剣が喋ってるなんて」
『私の事を覚えていらっしゃらないようなので改めて、アイオスと申します。私に出来る事は限られますが、お役に立てるよう尽力します』
メリダは驚きながらも「こちらこそ」と目を丸くしながら答えた。
「ええと、そういえばここはどこだっけ? どこかの部屋みたいだけど」
『ここは私達を助けてくださった方のお部屋です』
「私達を助けてくれた人? どういう事?」
『先程まで砂漠の真ん中に放り出されていた私達をこの部屋まで運んできてくださったのです』
「へぇ、そうだったんだ。確かに、そのままいたら私干からびてたかもね。で、その人は?」
『お仕事があるそうなので、出かけて行きました。後二時間ほどで戻られるそうです』
「ふ~ん。それじゃあ戻ってきたらお礼を言わないとね」
メリダがそう言った時だった。下の階からガラガラと玄関の戸が開かれる音が聞こえてくると同時に「ただいま~」という女性の声が家中に響き渡った。
「あれ? 誰か帰ってきたよ? 私達を助けてくれた人?」
『いえ、恐らく違うと思います。私達を助けてくださったのは男性です。今の声は明らかに女性のものでした』
二人がそう会話をしている間に、トントンと階段を上がってくる音が聞こえてきた。
「サヴェロ~帰ったわよ~いないの~?」
その女性の声はメリダ達のいるサヴェロの部屋にどんどん近づいてくる。そして、次の瞬間、バンと勢いよくサヴェロの部屋のドアが開かれた。
「もう、いるなら返事をしなさ……いよ?」
「……」
『……』
サヴェロの部屋のドアを開けた女性はサヴェロのベッドの上にいたメリダの姿を見て沈黙し、メリダもいきなり入ってきたその女性の姿を見て沈黙してしまった。サヴェロの部屋は暗く、部屋の外は明るかった為逆光になりメリダからはその女性の顔がよくわからなかった。
そして、互いに見つめ合う事数秒。沈黙に耐え切れなくなったメリダがこの間をどうにかする為「お邪魔しています」と声にした瞬間だった。
「うっそ! あの子が女の子を自分の部屋に連れ込んでるなんて!」
そう言ってその女性はサヴェロの部屋に入ると、メリダにものすごい勢いで近寄って行った。
「アナタどこから来たの? お名前は? お腹空いてない? 何か食べる?」
マシンガンのような女性の質問攻めにメリダは引き攣った顔で「ええっと……」と声を漏らした。
そんな女性の勢いにのまれつつあるメリダであったが、ふと顔を上げると向こうから近付いてきてくれたおかげでその女性の顔がはっきりと見てとれた。セミロングの黒い髪に、大きな目、整った顔立ちに、皺のない素肌。そんな容姿からメリダは二十代くらいかな? と女性の年齢を予想する。
「ああっと、ごめんごめん。私ばっかり喋っちゃって。嬉しくなるとつい止まんなくなっちゃうんだよねぇ。まぁいいわ。それよりもこんな暗い所にいないで居間にいらっしゃい。ご飯作ってあげるから」
「いや、別にお構いなく……」と断りを入れようとしたところで、メリダのお腹がグゥと音を立てた。
「ほらぁ、遠慮なんてしないの。いいからいらっしゃい」
半ば強引にその女性はメリダをサヴェロの部屋から連れ出した。しかしメリダ本人は特に嫌がる事なく、素直にその女性について行った。
「ごめん大将。遅刻した」
大きな声で謝りながら、サヴェロはとある一軒の居酒屋に入っていった。サヴェロの住む家からバギーで十分程行った所にある飲み屋街。その一角に、その古びた居酒屋はあった。
サヴェロの両親(主に母親の方)がこの居酒屋の常連であった為、その伝手で居酒屋が忙しい時間帯はサヴェロがアルバイトとして手伝いに来ていた。
「おう、どうした? サヴェロ。また遺跡発掘に夢中になっちまって時間を忘れてたか?」
「ああ……うん、まあそんなとこ」
サヴェロは黒いエプロンを身に着け、黒い三角巾を被りながら、居酒屋の主人の質問に曖昧な返事を返した。
「とにかく、ちゃーんと働いてくれればウチとしては問題ねぇ。しっかりたのむぞ」
「もちろん。まかせてよ」
夜が深くなるにつれ、居酒屋には多くの客が入ってくる。見た目は古いナリをしている居酒屋ではあるが、店内はそこそこ広い。サヴェロは次々に入ってくる客から注文を取っては主人に伝え、主人が作った料理やつまみを客のもとへと運んで行った。
ひっきりなしに入れ代わり立ち代わり客が出入りする為、サヴェロは息つく暇もなく客と主人の間を行ったり来たりする。そして、サヴェロが働き始めて二時間後、ようやく客の出入りが落ち着き始めた。
「ありがとうございましたーまたのお越しを―」
サヴェロが客を見送って、店に戻ると主人がサヴェロに話しかけた。
「おーいサヴェロ。店の方はもう大丈夫そうだから上がってもいいぞ」
「うん、わかった。じゃあテーブル片付けたらそうするよ」
そう言ってサヴェロは、客が帰った後の散らかったテーブルを片付け始めようとした時だった。ガラッという店の戸が開かれる音がした。それを聞いたサヴェロはテーブルを片付ける手を止め、振り返って客を出迎えようとする。
「いらっしゃいま……せ」
が、そこでサヴェロの動きが止まった。サヴェロが振り返った先、店の入り口にいたのは軍服を着た二人の帝国兵の姿であった。
帝国兵が居酒屋に入って来ること自体は珍しい事ではない。近隣の飲み屋にも帝国兵の姿はちらほら見られる。しかし、それはもちろん私服姿であって、軍服を着たまま店に入って来ることはなかった。サヴェロは何かあったのだろうか? と一瞬疑問に思ったが、さすがに声をかけないままいるのは失礼だと思い、帝国兵に話しかけた。
「ええっと、二名様ですか? 只今テーブルを片付けますので少々お待ちください」
サヴェロが帝国兵にそう言うと、帝国兵は片手でサヴェロの動きを制した。
「待て、我々は飲み来たわけではない。情報収集の為にこの店に立ち寄らせてもらった」
帝国兵はそう言って上着の内ポケットから何かを取り出し、それをサヴェロに見せた。その途端、サヴェロの表情が一気に凍り付いた。
帝国兵が取り出したのは一枚の写真だった。だが、そこに写っていたのは先程までサヴェロが介抱していた、銀色の落下物の中から現れた少女の姿であった。
写真に写るその少女の姿は、銀色の落下物から出てきた時とは違い、豪奢なドレス姿で高貴な雰囲気を醸し出している。
「この者を知らないか? 見かけたとかでも何でもいい。知っているなら隠さず教えろ」
威圧的な態度で帝国兵はサヴェロに問いかける。その問いに、身体を硬直させながらも、サヴェロはある言葉を思い出していた。
『我々を匿っていただけないでしょうか?』
その時はサラッと流してしまっていたが、今になりサヴェロはその言葉の意味を理解した。あの二人は帝国兵に追われている。でも何故? そう考えたところでサヴェロに答えは出せない。そして、そんな考えを巡らせている余裕も無かった。
「おいお前。何故さっきから黙っている? まさか、何か知っているのか?」
いつまでも顔を伏せて黙りこくっているサヴェロを訝しんだ帝国兵が語気を強めて詰め寄る。と、そこで、
「いやぁ、知らないっすねぇ」
サヴェロは顔を上げるとにやけた表情でそう答えた。
サヴェロは咄嗟に嘘をついた。もしかしたらあの二人は何か悪い事をして追われている身なのかもしれない。しかし、落ち着いた声であったが必死に懇願するあの時のアイオスを思い出したサヴェロは追われている理由を訊くまで彼女達の事を他言するのは控えようと考えた。
「こんなかわいい子、一度見たら忘れないっすよ。大将はこの子見たことある?」
サヴェロは帝国兵から写真を借りると、厨房にいた店の主人に見せ、写真を見た主人は「知らん」と短く答えた。
「だそうです。すいませんね力になれなくて」
サヴェロはそう答えながら借りていた写真を返した。帝国兵はそれを受け取ったところで、「ところで、店先に停めてある四輪バギーはこの店の物か?」ともう一つ質問をする。
「俺のですけど、何か? もしかして邪魔でした?」
サヴェロがその質問に正直に答えると、帝国兵は「……いや何でもない、邪魔をしたな」と言って店を出て行った。
サヴェロはその後ろ姿に笑顔で一礼をするが、帝国兵が出て行った瞬間、その表情が険しいものになった。
「ごめん大将。ちょっと急用を思い出した。テーブル片付けてる暇がないや」
サヴェロは被っていた三角巾を取り、エプロンの紐を解きながら足早に更衣室に向かう。店の主人もサヴェロの言動で何かを察したのか「おう、あとは任せろ」と言ってサヴェロを見送った。
「ここは……」
白い全身タイツのようなスーツを身に纏った少女の瞼がゆっくりと開かれた。ぼやける視界に何度か瞬きをする少女。日も暮れて、薄暗くなった部屋を眼球だけを動かして見渡す。
『お目覚めになられましたか? メリダ様』
少女の寝ているベッドの真横から少女に話しかける女性の声が聞こえた。
「そこにいるのは誰? 私を知っているの?」
人の気配はないが、メリダと呼ばれた少女はその声のする方へ問いかける。
『はい。よく存じております。……メリダ様は私を覚えていらっしゃいませんか?』
「ごめん。思い出せない」
メリダがそう言うと、アイオスは『そうですか』と特に悲しそうにするでもなく冷静な声で言った。
『それでは、メリダ様ご自身については思い出せますか?』
「うん。それは覚えてる。だけど、どうしてここにいるのか……その過程が思い出せない。確かカーボニアは……」
そこまで言ったところで、メリダは激しい目眩に襲われ言葉をつまらせた。それを察知したのか、アイオスは間髪を入れずに声をかける。
『貴女はとても長い間眠られていました。まだ身体が順応していませんので、無理をなさらなくて結構です』
アイオスの言葉が伝わったのか、メリダは目を瞑ったまま軽く頷いた。そして、ぐるぐるとした目眩が治まり、気持ちが落ち着いたところで、メリダは再び目を見開いた。
「ねえ、知っているなら教えて。私はどうしてここにいるの? 確かカーボニアは戦争中で……」
メリダは自分の記憶を辿っていくが、頭に靄がかかったみたいに思い出すことができない。呻くような声を出しながら思い出そうとするメリダを見ていたアイオスはその手助けをするように、メリダの問いに答えた。
『メリダ様。率直に結論から申し上げますと、我がカーボニア王国は滅亡しました』
アイオスは言い淀む事無く、躊躇もせず、冷静な声でメリダに真実を伝えた。その答えにメリダは特に驚いた様子もなく「そう」と頷いた。
『貴女は戦争を生き残る為、冷凍睡眠状態で宇宙空間に退避し、二千年もの間眠り続けていたのです』
「……私、二千年も眠ってたんだ。はは、そりゃ国もなくなっちゃうわけだ」
メリダは乾いた笑い声を出した。それはどこか呆れた風でもあった。
「ああ、少し思い出した。私、お父さんに無理矢理銀色の卵みたいな乗り物に乗せられたんだった。それじゃあ結局お父さんもあの後死んじゃったのかな……」
すると、メリダはゆっくりと上半身だけを起こすと、改めて自分のいる部屋を見渡した。ベッドと机と本棚だけのシンプルな部屋。メリダの口から「なんも無い」と正直な感想が漏れた。
『まだ体を動かされるのは早いかと』
「大丈夫だよ。もう目眩はないし、身体にも力は入るから平気……ってうわ! 剣が喋ってる!」
ざっと部屋を見渡したメリダがふと、自分の話していた相手に視線を移した瞬間、メリダは素っ頓狂な声を上げた。
「人気がないから不思議だとは思ってたんだけど、まさか剣が喋ってるなんて」
『私の事を覚えていらっしゃらないようなので改めて、アイオスと申します。私に出来る事は限られますが、お役に立てるよう尽力します』
メリダは驚きながらも「こちらこそ」と目を丸くしながら答えた。
「ええと、そういえばここはどこだっけ? どこかの部屋みたいだけど」
『ここは私達を助けてくださった方のお部屋です』
「私達を助けてくれた人? どういう事?」
『先程まで砂漠の真ん中に放り出されていた私達をこの部屋まで運んできてくださったのです』
「へぇ、そうだったんだ。確かに、そのままいたら私干からびてたかもね。で、その人は?」
『お仕事があるそうなので、出かけて行きました。後二時間ほどで戻られるそうです』
「ふ~ん。それじゃあ戻ってきたらお礼を言わないとね」
メリダがそう言った時だった。下の階からガラガラと玄関の戸が開かれる音が聞こえてくると同時に「ただいま~」という女性の声が家中に響き渡った。
「あれ? 誰か帰ってきたよ? 私達を助けてくれた人?」
『いえ、恐らく違うと思います。私達を助けてくださったのは男性です。今の声は明らかに女性のものでした』
二人がそう会話をしている間に、トントンと階段を上がってくる音が聞こえてきた。
「サヴェロ~帰ったわよ~いないの~?」
その女性の声はメリダ達のいるサヴェロの部屋にどんどん近づいてくる。そして、次の瞬間、バンと勢いよくサヴェロの部屋のドアが開かれた。
「もう、いるなら返事をしなさ……いよ?」
「……」
『……』
サヴェロの部屋のドアを開けた女性はサヴェロのベッドの上にいたメリダの姿を見て沈黙し、メリダもいきなり入ってきたその女性の姿を見て沈黙してしまった。サヴェロの部屋は暗く、部屋の外は明るかった為逆光になりメリダからはその女性の顔がよくわからなかった。
そして、互いに見つめ合う事数秒。沈黙に耐え切れなくなったメリダがこの間をどうにかする為「お邪魔しています」と声にした瞬間だった。
「うっそ! あの子が女の子を自分の部屋に連れ込んでるなんて!」
そう言ってその女性はサヴェロの部屋に入ると、メリダにものすごい勢いで近寄って行った。
「アナタどこから来たの? お名前は? お腹空いてない? 何か食べる?」
マシンガンのような女性の質問攻めにメリダは引き攣った顔で「ええっと……」と声を漏らした。
そんな女性の勢いにのまれつつあるメリダであったが、ふと顔を上げると向こうから近付いてきてくれたおかげでその女性の顔がはっきりと見てとれた。セミロングの黒い髪に、大きな目、整った顔立ちに、皺のない素肌。そんな容姿からメリダは二十代くらいかな? と女性の年齢を予想する。
「ああっと、ごめんごめん。私ばっかり喋っちゃって。嬉しくなるとつい止まんなくなっちゃうんだよねぇ。まぁいいわ。それよりもこんな暗い所にいないで居間にいらっしゃい。ご飯作ってあげるから」
「いや、別にお構いなく……」と断りを入れようとしたところで、メリダのお腹がグゥと音を立てた。
「ほらぁ、遠慮なんてしないの。いいからいらっしゃい」
半ば強引にその女性はメリダをサヴェロの部屋から連れ出した。しかしメリダ本人は特に嫌がる事なく、素直にその女性について行った。
「ごめん大将。遅刻した」
大きな声で謝りながら、サヴェロはとある一軒の居酒屋に入っていった。サヴェロの住む家からバギーで十分程行った所にある飲み屋街。その一角に、その古びた居酒屋はあった。
サヴェロの両親(主に母親の方)がこの居酒屋の常連であった為、その伝手で居酒屋が忙しい時間帯はサヴェロがアルバイトとして手伝いに来ていた。
「おう、どうした? サヴェロ。また遺跡発掘に夢中になっちまって時間を忘れてたか?」
「ああ……うん、まあそんなとこ」
サヴェロは黒いエプロンを身に着け、黒い三角巾を被りながら、居酒屋の主人の質問に曖昧な返事を返した。
「とにかく、ちゃーんと働いてくれればウチとしては問題ねぇ。しっかりたのむぞ」
「もちろん。まかせてよ」
夜が深くなるにつれ、居酒屋には多くの客が入ってくる。見た目は古いナリをしている居酒屋ではあるが、店内はそこそこ広い。サヴェロは次々に入ってくる客から注文を取っては主人に伝え、主人が作った料理やつまみを客のもとへと運んで行った。
ひっきりなしに入れ代わり立ち代わり客が出入りする為、サヴェロは息つく暇もなく客と主人の間を行ったり来たりする。そして、サヴェロが働き始めて二時間後、ようやく客の出入りが落ち着き始めた。
「ありがとうございましたーまたのお越しを―」
サヴェロが客を見送って、店に戻ると主人がサヴェロに話しかけた。
「おーいサヴェロ。店の方はもう大丈夫そうだから上がってもいいぞ」
「うん、わかった。じゃあテーブル片付けたらそうするよ」
そう言ってサヴェロは、客が帰った後の散らかったテーブルを片付け始めようとした時だった。ガラッという店の戸が開かれる音がした。それを聞いたサヴェロはテーブルを片付ける手を止め、振り返って客を出迎えようとする。
「いらっしゃいま……せ」
が、そこでサヴェロの動きが止まった。サヴェロが振り返った先、店の入り口にいたのは軍服を着た二人の帝国兵の姿であった。
帝国兵が居酒屋に入って来ること自体は珍しい事ではない。近隣の飲み屋にも帝国兵の姿はちらほら見られる。しかし、それはもちろん私服姿であって、軍服を着たまま店に入って来ることはなかった。サヴェロは何かあったのだろうか? と一瞬疑問に思ったが、さすがに声をかけないままいるのは失礼だと思い、帝国兵に話しかけた。
「ええっと、二名様ですか? 只今テーブルを片付けますので少々お待ちください」
サヴェロが帝国兵にそう言うと、帝国兵は片手でサヴェロの動きを制した。
「待て、我々は飲み来たわけではない。情報収集の為にこの店に立ち寄らせてもらった」
帝国兵はそう言って上着の内ポケットから何かを取り出し、それをサヴェロに見せた。その途端、サヴェロの表情が一気に凍り付いた。
帝国兵が取り出したのは一枚の写真だった。だが、そこに写っていたのは先程までサヴェロが介抱していた、銀色の落下物の中から現れた少女の姿であった。
写真に写るその少女の姿は、銀色の落下物から出てきた時とは違い、豪奢なドレス姿で高貴な雰囲気を醸し出している。
「この者を知らないか? 見かけたとかでも何でもいい。知っているなら隠さず教えろ」
威圧的な態度で帝国兵はサヴェロに問いかける。その問いに、身体を硬直させながらも、サヴェロはある言葉を思い出していた。
『我々を匿っていただけないでしょうか?』
その時はサラッと流してしまっていたが、今になりサヴェロはその言葉の意味を理解した。あの二人は帝国兵に追われている。でも何故? そう考えたところでサヴェロに答えは出せない。そして、そんな考えを巡らせている余裕も無かった。
「おいお前。何故さっきから黙っている? まさか、何か知っているのか?」
いつまでも顔を伏せて黙りこくっているサヴェロを訝しんだ帝国兵が語気を強めて詰め寄る。と、そこで、
「いやぁ、知らないっすねぇ」
サヴェロは顔を上げるとにやけた表情でそう答えた。
サヴェロは咄嗟に嘘をついた。もしかしたらあの二人は何か悪い事をして追われている身なのかもしれない。しかし、落ち着いた声であったが必死に懇願するあの時のアイオスを思い出したサヴェロは追われている理由を訊くまで彼女達の事を他言するのは控えようと考えた。
「こんなかわいい子、一度見たら忘れないっすよ。大将はこの子見たことある?」
サヴェロは帝国兵から写真を借りると、厨房にいた店の主人に見せ、写真を見た主人は「知らん」と短く答えた。
「だそうです。すいませんね力になれなくて」
サヴェロはそう答えながら借りていた写真を返した。帝国兵はそれを受け取ったところで、「ところで、店先に停めてある四輪バギーはこの店の物か?」ともう一つ質問をする。
「俺のですけど、何か? もしかして邪魔でした?」
サヴェロがその質問に正直に答えると、帝国兵は「……いや何でもない、邪魔をしたな」と言って店を出て行った。
サヴェロはその後ろ姿に笑顔で一礼をするが、帝国兵が出て行った瞬間、その表情が険しいものになった。
「ごめん大将。ちょっと急用を思い出した。テーブル片付けてる暇がないや」
サヴェロは被っていた三角巾を取り、エプロンの紐を解きながら足早に更衣室に向かう。店の主人もサヴェロの言動で何かを察したのか「おう、あとは任せろ」と言ってサヴェロを見送った。
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