姫ティック・ドラマチカ

磨己途

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第二幕 転ポラリー・エチュード

61 外壁の上で 1

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 ジョゼはまだまだしゃべり足りない様子だったが、俺の方はヘトヘトに疲れ果てて完全に頭が回らなくなりつつあった。
 とりあえず、俺が説明できることはおおよそ説明したからと言いくるめ、今晩は寝かせてもらうことにした。

「そういえば、ジョゼは今の状態で眠れるのか?」
『分かんない。眠くはないけど、今は興奮してるだけかもしれないし、しばらく静かにしてみるわ』

「そうか……」

 そう言い残すのがやっとで、俺はその言葉を最後に深い眠りに落ちた。

  *

 翌朝。アンナに起こされ、眠い目を擦りながら俺はベッドから這い出した。
 随分遅くまで寝てしまったようだが、夕べベッドの中でジョゼと夜更かしをしたせいか、身体の疲れはほとんど取れていなかった。
 呪いによる体調不良ではないと思うがどうにも気怠けだるく頭がすっきりしない。
 これは……、単純に不摂生のせいか。
 今日は早く寝よう、と起きたそばから今夜眠りに就くときの甘美なひと時に思いを馳せる。

 重い身体を押して顔を洗い、髪をとかし、と慣れた手つきで身支度を整えていたが、鏡に映る顔にもやや疲れが見て取れ、その手が止まった。
 これは皆に見せられるような姫様の顔ではないぞ、と気合を入れて無理矢理とびきりの笑顔を作る。

 ま、まあ、こんなもんかな……。

 自分で作った笑顔に、少しドギマギしてしまう。
 昨夜自分が語り合った相手が鏡の中のこの少女なのかと、今さらながらに意識された。
 こんな可愛らしい顔をした少女があんな口汚い言葉で喋るということに多少の違和感はあるが、これまで想像の中にしかいなかったジョセフィーヌという存在が、急に俺の心の中で生々しさを増して感じられたのは事実だった。

「ジョゼ……。ジョゼ、起きてるか?」

 小声で呼びかけるが反応はない。
 寝ているのか?

 見られていないのをいいことに、俺は昨日の会話を思い出しながら、鏡の前で色々な角度や表情を作ってみる。
 実際に目の前にしていたら、こんなふうだったかな、などと思いつつ。

 最初からあの性格を知っていたら、もっと本人に寄せて演技できていただろうか……。
 いや、俺には無理だな……。

「大丈夫です。お綺麗ですよ?」

 いつの間にか部屋の入口に立っていたアンナの声にドキリとした。

「えっ、ええ、あの……。そういうわけでは……」

 端から見れば、自分の顔に見惚みとれていたように見えるだろう。
 恥ずかしいところを見られてしまったという負い目でしどろもどろになる。

「もしや……、気になる殿方がお出来になられたのでは?」

 気になる殿方という言葉を聞いて、何故か反射的にセドリックの顔が浮かび、そのことでさらに動揺が増した。
 な、何でこの会話の流れで真っ先にセドリックの顔が浮かぶんだ。
 確かに気になる男ではあるが、それは剣技を競う相手として気になるという意味で、アンナが思っているような意味合いで気になるという意味では決してない。
 大体、俺は男だ。
 今の質問で動揺する方がおかしい。

「おや? 図星でしたか? 良いのですよ? 全くおかしなことではございません。姫様もお年頃なのですから、そろそろそういうお話があっても良ろしいかと」
「違います。違いますからね?」

 これはジョゼの名誉のためにもちゃんと否定しておかなくては。

「まあ、赤くなられてお可愛い……。それで? どなたなのですか? こっそり、私だけに教えていただけませんか? 私で良ければいつでもご相談に───」
「おかしいですよ、アンナ? 貴女、それは侍女の領分を超えております」

 普段、侍女のアンナに主人風を吹かせて上から指図することはないのだが、今のこれは、主従のわきまえを説いても許されるだろう。

「いいえ、姫様。これも立派な私の仕事でございます。アカデミアという場は、今や王侯貴族の男女にとって最大の出会いの場だと伺っております。姫様がお通いになることが決まってから、姫様にもしそのような変化の兆しが現れたら報告するようにと、ブリジット様より申し付けられておりますので」

 さっきは教えてくれと言わなかっただろうか?
 もはや、どんな理由を付けてでも聞き出してやろうという勢いで、アンナは普段の落ち着いた所作を忘れ、ぐいぐいと前のめりで俺に迫ってきていた。

『黄金の燭台しょくだい……。黄金の燭台って言ってやりなさい』

 目の前にいるアンナの声ではない。
 ああ、そうだ。これは頭の中のジョゼの声だ。

「ぉ……黄金の、燭台……」

 恐る恐る俺がそう口に出すと、アンナが急に顔色を変えて身を引いた。

「姫様……。ご記憶が?」

 今の言葉……。おそらくアンナにとっての急所だったのだろうが、記憶がないはずの俺が口に出して良い言葉ではなかったらしい。

「え、ええ……。おぼろげですが、そんなイメージが浮かびました。もっとよく思い出せるかもしれませんので、先ほどの、あの……、つ、続けてみていただけますか?」

 俺は内心で、本当に続けられてはどうしようかと怯えながらアンナの反応を窺った。

「お、お食事が……! 姫様が御寝坊をなされたせいで、お食事がすっかり冷めてしまっていることを忘れておりました。温めたものをお出しし直すように厨房に申し付けて参りますね」

 アンナは明らかに動揺して、そそくさと逃げるように部屋を出て行ってしまった。
 おとぎ話に出てくる悪魔を退散させる護符か何かを思い起こさせる。
 黄金の燭台、という謎の言葉の効果はてき面だった。

『駄目ね。もっと毅然とした態度で言ってやらないと。昨日はあんなに堂々と私の振りをしてたじゃない』
「起きてたのか」

『昔ね。アンナがここに来て間もない頃、うっかり黄金の燭台を落として曲げちゃったことがあるの。あの子ワンワン泣くもんだから、しょうがないから私が落としたことにしてあげたわけ』
「なるほど……」

 俺が知らない話をこうやってジョゼから聞けるのは助かるが、その情報をどうやって使うかは考えものだぞ?
 それに誰かとの会話中に、その相手に気付かれることなく、ジョゼと意思疎通する方法も考えておいたほうが良さそうだ。

『ねえ。朝御飯食べてからでいいから、離れの私の部屋に行ってよ』
「う、うん。分かった」

 ジョゼは俺の目と耳を通してしか世界を観察できない。
 ジョゼの協力は不可欠なのだし、彼女の要望には可能な限り応えてやりたいと思うが、俺は今の返事をしながら、砦村で年の離れた従妹いとこ相手に、肩車をして村中を歩き回らされたときのことをぼんやり思い出していた。
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