姫ティック・ドラマチカ

磨己途

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第三幕 攻勢・ヒストリカ

127 乱戦

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 セドリックが真っ先に階段を駆け上がり、敵のただ中に切り込んでいった。

 せめて俺の縄を全て切り終えてから行って欲しかったのだが。

 そんなに実戦に飢えていたのかと、身体を捻って後ろの階段を見上げる。
 だがセドリックはゴロツキ連中には見向きもせず、彼らの剣をかい潜りながら階段を上り切り、一直線にローブ姿の男たちに斬り掛かっていた。
 なるほど。頭に血が上ったわけではないようだと安心する。

「ローラン! 呪術使いを優先して! 彼らを自由にさせてはなりません!」
「応!」

 たった今斬った相手を蹴り飛ばし、ローランも数人の味方と共に二階へと向かう。

手前てめえら! 足を止めんじゃねー! 魔法で狙われるぞ! 常に動き回れ!」

 まともな指示と言えば、それくらいのものだった。
 こちらの手勢がなるべく大きく動き回ろうとすることにより、剣の打ち合いがあちこちに、より遠くへと広がっていく。
 統率も何もない大混戦だった。
 そんな広間の中央───大階段の踊り場で、俺、アンナ、エミリー、プリシラの四人はそこにポツンと取り残される。

「お姉さま、これを」

 エミリーが俺にあのきらびやかな飾りの細剣を差し出してきた。

「エミリーたちは隅の方へ。できればどこかの部屋の中に立て籠っていなさい」

 受け取った細剣を鞘から抜き、脚を縛る縄に刃を当てる。
 ジョセフィーヌの脚を傷付けずに縄を切るためには、ことのほか気を遣う。

「お姉さまもご一緒に」
「狙われているのは私です。味方の側からは離れられません。それに、数で押されています。今は一人でも多く剣を振る者が必要です」

『ユリウス、ユリウス。あいつらサボってるよ』

 ジョゼの言葉で視界の隅にグリュンターク家の衛兵たちの姿があることに気が付いた。
 彼らは両手を上げ、双方の勢力から標的にならないようにしているようだ。

「貴方たち! 剣を取りなさい! 身の潔白を示すつもりがあるのなら、賊の鎮圧に協力するのです!」

 中の一人と目が合う。
 その男は始め王女から声を掛けられたことに戸惑っていたが、こちらが力強く頷いてみせると、先ほど自分たちで捨てた剣を拾い上げた。
 その男に倣い、グリュンターク家の者が次々と戦線に加わっていく姿に満足し、俺は再び自分の脚を縛る縄の切断に取り掛かる。

 ……よし、切れた。
 急いで俺も戦線に加わらねば。

 勢い込んで立ち上がろうとした矢先、足元の視界に突然大きな影がよぎった。
 細い手首を強引にねじり上げられ、手から細剣がこぼれ落ちる。

 何事が起きたのか理解する前に俺の身体が高々と持ち上げられる。
 宙に浮いた身体がグルリと旋回し、そいつが駆け出したことで、ようやく自分が男の肩に担がれているのだという事実に思い至った。

 信じられない膂力りょりょく
 いや、これはジョセフィーヌの身体がそれだけ軽いということか。

「姫様!」「お姉さま!」「ジョゼ!」

 三人が叫ぶ。
 俺は懸命に身体を暴れさせるが太い腕でガッシリと抱え込まれた身体はビクともしない。
 顔を上げるとアンナたちの姿がグングンと遠退いていくのが見えた。

 これはマズい。

 己の肉体がまるで雑嚢ざつのうか何かのように、軽々と持ち運ばれる状況に思わず恐怖を覚える。

 唯一手が届く男の背中を両手で無茶苦茶に叩きながら、その非力さに、無力感に、激しい焦燥が掻き立てられる。
 体格の違いという絶望的な現実が、生々しい実感を伴って俺の心をさいなんだ。

 太腿やふくらはぎに食い込む粗野な男の手。その感触。
 誰とも知れぬゴロツキによってジョセフィーヌの身体に触れられている───彼女の柔らかな肌をまさぐられているのだと感じた途端、頭にカッと血が上った。
 怒りと、焦りが、悪循環となって俺から冷静な判断力を奪う。
 このときの俺は本当に、ただのか弱き娘に堕していたに違いなかった。

 そのとき───。
 突然、俺を担いで走っていた大男が低いうめき声を発し、前のめりに崩れた。

 ジョセフィーヌの細い身体が男の肩から放り出される。
 成すすべもなく後ろ向きに倒れ、地に打ち付けられようとする華奢な身体。
 それを間一髪、背中からしっかりと受け止めた者があった。
 身体を支えられながら、俺はその何者かによって自分の足で立つように促される。

「でかした小僧! あとでとっておきの酒をおごってやる!」

 豪快な笑い声が力強く響く。
 その声の主サナトスはアンナたちの前で大剣をブンブンと振り回し、彼女らに近づくゴロツキどもを蹴散らしていた。

 振り向き、仰ぎ見た先にいたのはパトリックだった。
 こめかみの辺りから血を流している。

「怪我を……」

 俺は思わずパトリックの頭の側面に添えるように手をかざす。

「大丈夫。かすり傷です」

 パトリックは気丈に笑ってみせたが、かすり傷というにはいささか度を過ぎた流血だ。

「ありがとう。私はもう大丈夫ですから、貴方は座って安静に……」
「いいえ。今がこの国の一大事です。休んでなどいられません。俺に、大義を為させてください」

 ニッと口を横に広げて笑う顔は、本当にあの、俺の旧知の親友であるパトリックと瓜二つに見えた。

「大義……」
「我がパドメア家に代々伝わる家訓です。生まれ落ちて死ぬまでの間に、必ず自分が為すべき大義を見定めよと……。ジョセフィーヌ様。貴女は絶対、この国の将来に必要な人です。この命に換えてでも貴女を守り抜くことが俺の大義なのです」

 俺は思わず息を飲み、パトリックの言葉に聞き入った。
 胸の奥から熱いものが込み上げる。

 それは……、と口を開きかけたそのとき、身体の脇を熱風がかすめるのを感じた。
 パトリックが大きく目を見開く後ろで、男の呻き声が上がり、そしてドサリと倒れる音が続く。

「おおっ、出た……。ほんとに出た!」

 激しい乱戦の中、場違いにとぼけた声がした方を向くと、プリシラが掌を前に突き出して立ち尽くしているのが見えた。

 今のは……?
 彼女が放った、精霊魔法か……!?

「もう! お姉さま! パトリック様! 見つめ合っている場合ではございませんわ!」

 そうだった。
 よもや、エミリーに戦場の心得を説かれることになろうとは。

「プリシラさん! 二階の呪術士を優先して狙ってください!」
「う、うん。やってみる」

「パトリック様。彼女がかなめです。私たちでプリシラさんを守りますよ」
「は、はい!」

「それと、パドメア家の家訓の話。後で詳しく聞かせていただきますから。それまで絶対に死ぬことは許しません。命令です」

 俺はパトリックに背中を向けながらそう言い捨てると、プリシラたちの元へと駆け戻った。

  *

 包囲され、数でも劣る王宮側は、当初圧倒的に劣勢であったが、相対的な士気の高さにより、最初の攻勢を見事に跳ね返していた。

 ひとたび見せた粘りによって、攻め難しと感じた敵勢は、時が経つにつれ目に見えてその勢いが衰えていった。
 呪術士たちにまともに仕事をさせなかったことも大きい。
 ダノンと同じ呪術士と見られるローブ姿の男たちの数は思いのほか多く、総勢二十人近くいたように見えた。
 しっかり陣形を組まれ、組織的に呪術を使われていたら、士気の高さなどとは無関係に、こちらが壊滅の憂き目に遭っていたことだろう。

 相手方のほぼ全員が金で釣られたゴロツキたちであり、統率する者がなかったことが勝敗を分けたのだ。

 プリシラが精霊魔法を使い始めてからは、こちらが圧倒する側に回った。
 火線の威力自体はアークレギスを襲った者たちが扱っていたものに比べ、射程も火力も随分と見劣りするものであったが、戦局に与えた影響は、実際にプリシラが焼き焦がした人数そのものよりも大きかったはずだ。
 百年前ならいざ知らず、今や誰も知る者のいない未知の技を目の当たりにし、相手は完全に浮足立っていた。


「ジョセフィーーーーヌ!」

 正面の大扉の向こうから、ブレーズ王の轟くような大声が響いたときには、すでに広間での戦闘の趨勢は決していた。
 馬から降り立った王に向かって手を振ってやると、ブレーズ王は重そうな鎧をガチガチと鳴らしながら大急ぎでこちらに駆け寄って来た。
 そして美しいドレスを返り血で染めた娘を、力いっぱいに抱き締める。
 最初は、それだけ心配させてしまったのだから仕方がないと、やりたいようにさせていたが、あまりにしつこく繰り返すので、俺は遂に、こう言わずにはいられなくなった。

「痛い。痛いです。お父様。先ほどから鎧で私の肉を挟んでおります。いたたっ。痛い。いいったいってばっ! お父様!」
「おお、すまんー、ジョゼェ。だが、本当に、本当に心配したのだ」

『悲鳴を上げても痛みは減らないわよ、ユリウス?』

 その様子を見てジョゼが意地悪く茶化す。
 確かにそうだが、口に出して相手に知らせねば変えられぬこともある。
 何事も時と場合によるのだと───人を頼ることで開ける道もあるのだと───、それは、俺がこの百年後の王都に来て、ジョゼや多くの仲間と出会い、学んだ処世のすべであった。
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