私だけ婚約破棄されない

見ルシア

文字の大きさ
1 / 1

私だけ婚約破棄されない

しおりを挟む
「シルメリアお姉様! レナリアは婚約破棄されましたの!」

 妹のレナリアが私の部屋のドアを開け、いきなり入ってくるなりそう言うと私に抱きついて来ました。

「だから言ったじゃないのレナリア、殿下と婚約するなんて止めた方が良いと私は忠告したのに……」

 私は妹の髪を優しく撫でつつも、厳しい口調で言いました。
 妹はつい先日にこの国の第二王子であるサブレ殿下と婚約していたのです。
 ですが、殿下はこれまで何度も婚約をしてはそれを破棄しているという噂。
 なので私は殿下とは距離を置くようにと妹に散々忠告していたのでした。

「だって、殿下はレナリアの刺繍や絵をとても素晴らしいと褒めて下さってたんですもの! レナリアにとって運命の殿方と思ってましたのに!」

 そう言って妹はまた泣きながら私のドレスに顔を埋めます。
 可哀想なレナリア、こういう時は思いっきり泣かせてあげた方が吹っ切れると言うもの。
 私は詳しく話を伺ってみることにしました。

「しかし、一体どういう流れで婚約破棄になったのです?」

「殿下は朝のお茶の席でレナリアが淹れたお茶を一口お飲みになり『作法もお湯の温度調整も申し分ないが、少しありきたりな味かと感じる。今回は婚約破棄とさせて貰おう』と一方的に仰られたのです!」

 妹が涙をハンカチで拭うとその目は赤くなっています。
 褒めてから落とすなんて、殿下はあまりにもやり方が酷いとしか言いようがありません。

「私がなおも婚約破棄の理由を尋ねますと『今回は残念だったが、君の今後の活躍に期待しているよ』と一言だけ言われて席を離れられました。その後私は無理やり馬車に乗せられて、さっき家に帰って来たばかりという訳なのです」

「まあ、そうだったのね……」

 気持ちを吐露した事も影響したのか妹はまた泣き始めました。
 私は妹を自分の胸に引き寄せてやると、好きなだけ泣かせてあげたのです。

 ──

「シルメリア、お前に縁談の話が来ている。相手はサブレ殿下からだ」


 あくる日の朝食の席で私は父からいきなり見合いの話を告げられました。

「お父様、そのお話は聞かなかった事に出来ませんか?」

 私はフォークをテーブルに置くと父の方をしっかりと見据えます。
 父の方はそんな私を見て少し驚いたようでした。


「何か不満か? お前も良い年頃と言えるような年を過ぎようとしている。そんな時にせっかく見合いの話が来たというのに」

「私自身の問題ではありません」

 私が怒っているのが伝わったのか、父は肩をすくめます。
 殿下は先日妹との婚約を破棄したばかりの相手。
 その事を父も知らないはずはありません。


「レナリアの事を気にしているのだな」

「ええ、もちろんですわ。お父様もレナリアが今この家にいない事を見計らってその話を持ち出されたのでしょう」

 妹の婚約破棄の傷心は深く、この屋敷に置いておくよりは静かな山奥で療養させた方が良いと今は別荘で療養させています。

「見合いの話は丁重にお断りしますわ」

「お前が怒るのも分かるが、せめて見合いの席位には着いてくれ、向こうの面子というのもお前には分かるだろう」

 そう言う父の顔は言うことを聞かない私に怒っていると言うよりは、こちらにも事情があるのだと懇願する様な感じでした。
 確かに私達は貴族とは言えこの国で王族に逆らったらどうなることか……。

「そうですわね、席にくらいは着きましょう」

 私は渋々と父に答えます。
 家の体裁を保つためならば仕方のないこととは言え、乗り気は致しません。
 コップに残っていた紅茶を私は一気に飲み干すと、父に軽く会釈をして朝食の席を立つのでした。

(とは言っても、私もどうせ婚約破棄されてしまうのでしょうね)

 私は自分の部屋に戻ると椅子に座り、窓の外を眺めます。
 殿下がこれまで婚約破棄された女性は数しれず、このままでは私もその中に加わるだけでしょう。
 その時、ある考えが私の頭に浮かびました。

(どうせ婚約破棄されるのなら、いっその事こちらから破棄される様に仕向けてしまおうかしら)

 私は椅子から立ち上がるとある決意を固めます。
 それは妹の無念を晴らすための決断でもあるのでした。

 ──

 後日、私は馬車でサブレ殿下の待つ東屋へと着く。
 ふと庭の方を見ると色とりどりの草木の間に趣のある建屋があるのが見えます。

「やあ、よく来てくれたね」

 到着早々、銀髪に碧眼の青年が声をかけてきました。
 サブレ殿下、この国の第三王子で深い紫色の貴族服が確かによく似合っています。
 その容姿は確かに美青年で、顔立ちは幼くも凛々しさがあると言いましょうか。
 しかし、この甘いマスクに幾多のご令嬢が騙されて来たことか……。

「結構です。歩く位もちろん一人で出来ますから」

 私は彼の誘いの手を払い除け、馬車を降りるとそっぽを向く。
 とたんにざわめく周りの従者達、まあ当然の反応でしょう。
 私にとってこれは可愛い妹を泣かせた報いなのです。
 まだまだこんなものでは足りません。


「何ですか、そんな所にぼーっと突っ立ていては邪魔なのです。どいてくださいまし」

 再度平然と、そして冷たく殿下に言い放つ私。
 この私の態度に我慢ならなかったのか、従者達の中で一番偉そうな片眼鏡の執事の人が私に近寄って来ようとしていました。
 それを殿下は片手をあげて止めます。

「これは失礼、僕のエスコートのやり方がまずかったようだね」

 殿下は自分の胸に片手を当てると謝罪の意を示すとでも言うようにお辞儀をしました。

「とは言えここで長々と話すよりも、向こうのテラスで話あった方が良いかな。それに今の季節のこの時間が一番気持ちよくあそこで過ごせるんだ」

 これは私の調べなのですが、サブレ殿下は婚約者候補を自分の屋敷に招待する際に必ず庭に案内するとの事。
 そこで相手にお茶を淹れさせて、その人がどういう人物なのか品定めするという話でした。
 お茶が飲みたいのなら自分で好きに飲めば良いだけなのに面倒な方です。

「そうですか」

 一言だけそう言うと、私はそそくさとテラスの方へと歩きました。
 その私に殿下と慌ただしい侍従達が続いたのは言うまでもありません。

「シルメリア、この椅子に座って……」

 殿下が椅子を引いて何か言いましたが、私はそこには座らずに自分で椅子を引くとそこに座りました。
 それを見た彼は怒りもせずに苦笑を浮かべると、自らがその椅子に座ります。

「さて、まず何から話そうか」

「話すも何も、貴方の目的は私を見定める事でしょう? とりあえずこれを鑑定していただけないかしら)

 私はそう言うと手持ちのバッグからコースターを取り出して殿下に渡しました。
 わざわざコースターを用意したのはもちろん訳があります。

「ふむ、綺麗な牡丹の花がよく織り込まれているね。色の組み合わせにも独創性があって良いと思う。強いて言えば裏側の糸のほつれが気になるかな。一級品と言うにはまだまだだね、でも全体的にはとても良くできていると思うよ」

 殿下はコースターを手に取ると、まるで品評会の様に講評を口にしました。
 これは予想通りの反応です。


「そう言って頂き光栄です」


 私はそう言うと彼がテーブルの上に再び置いたコースターを自分のバッグの中へと戻しました。
 その行動を見て殿下は不思議そうな表情を浮かべます。

「おや? 君は『もし良ければそのコースターは差し上げます』と言わないんだね」

「私的には今までで一番上手く刺繍が出来たなと思っていた品だったのですけど、殿下の目利きだとまだまだのようですので、自分で使います」

 何か変わったものでも見るかのような顔を浮かべていた殿下に対して、私はその答えを返してあげた。

「それよりも私、ちょっと喉が乾きましたの」

 私は殿下の前に置いてあったポットを手に取ると、自分のコップに紅茶を注ぎ、一口で飲み干す。
 目の前で人が見ている事など構いやしません。

「何て堂々とした立ち振舞いなんだ君は……君は僕がこれまで婚約してきたどの婚約者ともことごとく違う」

 流石に殿下もそろそろ私を嗜めてくる頃合いかなと思っていたのですが、どうも違うようでした。

「合格だよシルメリア、君とは婚約など通り越して今すぐにも式を上げて結婚したいくらいだ」

 私の予想とは裏腹に殿下は合格を告げるとポケットから小箱を取り出して中の物を私に見せます。
 小箱の中には高そうなダイヤモンドを付けた指輪が入っていました。

「これは僕からの誓いの印だよ。おめでとうシルメリア」」

 殿下はその指輪を私の指に着けようとしましたが、それに私は手で待ったをかけます。

「お待ち下さい。誓いとは? その指輪は何なのです? そもそも何がおめでとうなのですか?」

 思わぬ一言に殿下は不意をつかれたとでも言うようにキョトンとした顔を浮かべました。

「え? この指輪はもちろん君が僕の婚約者として認められた事の印だよ。それ以外に何があると言うんだい?」

「私はこの見合いの席で一言も『殿下、サブレ様とは今後ともお付き合いしたい』と言ってすらいないのに? ましてや結婚などと、飛躍しすぎではありませんか」

 私の言葉に彼は目を丸くします。
 ここに来て初めて、とういよりもようやく動揺したようでした。

「それでは私はこれにて失礼させていただきます。本日はお招きいただきありがとうございました」

 私は席から立ち上がってカーテシーを殿下に返すと来た道を戻ります。
 そして馬車に乗るという所で、何者かにドレスを引っ張られました。
 振り返ると、追いすがってきた彼が私のドレスの裾を掴んでいたのです。

「待ってくれシルメリア! どうして合格なのに僕の物になってくれないんだ?」

 やれやれ、まずはこの自分本位な所を彼は直した方が良いのではないでしょうか。

「まず私、自分の婚約者は自分で決めたいと思っていますの。その点に関してはサブレ様と同じかもしれませんね」

「その君が言う婚約者というのは僕で良いはずだろう??」

 切羽詰まっていう彼に対して私は更に言ってやります。

「どうでしょうか、今の貴方では私の婚約者の選択肢には入りませんわね」

 この一言が効いたのか彼は掴んでいた私のドレスの裾を離すと、呆然とその場に立ち尽くしました。
 まあ当然の反応と言った所でしょう。

「馬車を出してください」

 そんな彼には構わず私は馬車に乗り込むと、従者に合図をして馬車を出させるのでした。

 ──

 後日。
 私はまたこの庭園に来ていました。
 この間と同じ様に白いテーブルに座っています。
 そして向かい側にはもちろんサブレ殿下も座っていました。

「シルメリア、今日の紅茶は自分でテイストを考えてみたんだが君に味を見て貰いたい」

 殿下が緊張したような面持ちで私にカップを渡します。
 私はそのカップを受け取るとゆっくりとカップを回しました。

「……どうだろうか?」

「殿下、私はまだ口もつけていませんよ」

 急かす殿下を嗜める様に私が言うと殿下は顔を赤らめて一言「すまない」と小さく謝られます。
 まあ、これ位の事で気分を害する私ではありません。

「そうですわね。ブレンドも申し分ありませんし、香りもあって良いとは思いますよ」

「良かった。君に褒めてもらえるとは光栄だよ」

 簡単な感想を私が言うと殿下は先ほどとは打って変わって顔を明るくされました。

 そして隣に置いていたバッグから緑色の刺繍がされたコースターを取り出し、私に渡します。

「それと今日は異国から取り寄せたコースターを君のために持ってきたんだよ。気に入ってくれるのであれば君にプレゼントしたいのだが……」

 殿下が何か言っていたが、私はコースターを丁寧に折ると彼へとお返しする

「紅茶も良いと言っただけで、少しありきたりな味かと思いました。ではこれからサロンでのお食事会があるので失礼させて頂きますね」

 私が席を立とうとすると、殿下も立ち上がり私の方を見ます。

「そ、そうか……また来てくれるかな? シルメリア」

「どうでしょうか、今度殿下が自分で裁縫したコースターを見せて頂けるのであれば考えておきましょう」

 もう殿下の方から私の行動を制限する権利はありません。

「もちろん! きっと君が気に入るような物を編んでくるよ!」

 私の提案を受け入れてくれる殿下、この何事にも私を優先してくれる事に関しては合格点かもしれません。
 まあこれ位で私を手に入れられると思っては困りますけれども。
 私は席を立ち、帰りの馬車に乗り込むと見送る彼に対して窓から手を振る。
 この別れの時の彼の名残惜しそうな表情を見るのが毎回の楽しみなのです。

 さて、話は妹の事になりますが、妹はその後に名家の公爵令息の方と見合いをし、無事に結婚にまで至りました。
 彼とは休養地での療養中に出会ったそうで、妹曰く殿下よりも背が高くて思いやりのある素敵な方とか。
 もう殿下に未練の無い妹は私に対して殿下との結婚を早期にと勧めて来ているのですが、私としてはまだ考え中なのです。
 何故なら主導権はもはや私にあるのですから、今やサブレ殿下も自分の婚約者を選ぶ側ではなく、私から選ばれる側。

 そう、殿下に合格を出すかどうかは私自身が決めるのですから。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

令嬢失格な私なので

あんど もあ
ファンタジー
貴族の令息令嬢が学ぶ王都学園。 そこのカースト最下位と思われている寮生の中でも、最も令嬢らしからぬディアナ。 しかしその正体は……。

わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。

織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。 父であるアーヴェント大公に疎まれている―― 噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。

婚約者が聖女を選ぶことくらい分かっていたので、先に婚約破棄します。

黒蜜きな粉
恋愛
魔王討伐を終え、王都に凱旋した英雄たち。 その中心には、異世界から来た聖女と、彼女に寄り添う王太子の姿があった。 王太子の婚約者として壇上に立ちながらも、私は自分が選ばれない側だと理解していた。 だから、泣かない。縋らない。 私は自分から婚約破棄を願い出る。 選ばれなかった人生を終わらせるために。 そして、私自身の人生を始めるために。 短いお話です。 ※第19回恋愛小説大賞にエントリーしております。

元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜

日々埋没。
ファンタジー
​「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」  ​かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。  その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。  ​レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。 ​ 地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。 ​「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」  ​新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。  一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。  ​やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。  レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

私の人生に、おかえりなさい。――都合のいい「お姉ちゃん」は、もうどこにもいません

しょくぱん
恋愛
「お姉ちゃんなんだから」 ――それは私を縛る呪いの言葉だった。 家族の醜い穢れを一身に吸い込み、妹の美しさの「身代わり」として生きてきた私。 痛みで感覚を失った手も、鏡に映らない存在も、全ては家族のためだと信じていた。 そんな私、私じゃない!! ―― 私は、もう逃げない。 失われた人生を取り戻した今、偽りの愛に縋る彼らに、私は告げるだろう。 「私の人生に、おかえりなさい。」

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

処理中です...