伯爵令嬢アンマリアのダイエット大作戦

未羊

文字の大きさ
407 / 500
第八章 3年生後半

第407話 真・婚約者決戦(当人たち)

しおりを挟む
 時間は、決勝戦開始前まで戻る。
 会場のど真ん中では、サクラとタンが模擬剣を構えてお互いを睨み合っている。
 婚約者同士とはいえ、今は剣術大会の真っ只中。お互い優勝を目指すライバルなのである。すっぱりと割り切っているのか、二人の表情は実に険しいものだった。
「手加減は一切なしですよ、タン様」
「分かっているよ。出し惜しみをしていては、君に勝てるわけがないからね」
 声の調子自体は穏やかではあるものの、その表情は実に険しいものだ。
 お互いの覚悟の確認が終わると、審判を務めるミスミ教官の口角が上がる。
「それでは、楽しい勝負を見せてもらうとしようじゃないか」
 実に戦闘狂らしい言葉がかけられると、サクラとタンもこくりと頷いている。
 ゲームの中では脳筋設定の二人なのだが、それは現実となった上にアンマリアによって掻き乱されても変わりはなかった。
「始め!」
 そして、決勝戦の火ぶたが切って落とされる。
 サクラもタンも、一直線にぶつかり合いに行く。
 二人が踏み込んだ地面は、石畳だというのにかすかに抉れたように見える。
 刃の潰された模擬剣とはいえ、この二人が扱えば、とんでもない音を響かせてしまう。これが王国一の戦闘狂バッサーシ家の人間とその婚約者なのである。
「さすがは女性が相手とはいえ、サクラが相手では簡単にはいかないな。アンマリア嬢といい、本当にとんでもない女性が周りに集まっているな」
「嫌ですわ、タン様。そんな事を言われては、まるで淑女ではないと言っているようなものですよ」
 剣を押し合いながら、そんな悠長な会話を繰り広げる二人。この二人にかかれば、真剣な戦いの中でも会話をする余裕があるのである。
 それにしてもその剣が互角に押し合っている時点で、サクラは普通ではない。
 タン自体も学生の中ではトップクラスの実力の持ち主だ。そんな人物を相手にまったく引けを取らないサクラ。さすがはバッサーシの一族の人間である。
 しばらく押し合っていたサクラとタンだが、埒が明かないと見ると互いに剣を弾いて距離を取る。その押し合うタイミングがぴったり一緒だったので、さすがは婚約者同士といったところだ。
 そこからのサクラとタンの動きは、先程とは違う激しい剣の打ち合いになる。
 お互いに片手で剣を持って打ち合うその姿は、まるで踊っているかのようにも見える。
 だが、辺り一帯に響き渡る金属音が、優雅さとはかけ離れた現実を叩きつけている。
「さすがはタン様。すっかり腕を上げてらっしゃいますね」
「おいおい、それはこっちのセリフだ。なんで片手で俺の攻撃を捌けるんだよ。本当にバッサーシの人間は恐ろしい連中ばかりだな」
「あら嫌ですわ、タン様。私と結婚しますと、タン様もその中に入ることになるんですからね?」
「……そういえばそうだった」
 嫌味のはずが、現実を叩きつけられて苦笑いをするタンである。
 この激しい打ち合いをしている中でも会話ができるあたり、本当に二人揃って人間離れしている。
 周りからしてみれば、おそらく二人がそんな会話をしているなんて信じられないだろう。
「さすがに打ち合いは飽きてきましたね、タン様」
「ああ、そろそろ決着をつけようか」
 申し合わせたかのように互いに協力一撃を放ち、その衝撃で再び距離を取る二人。まったく試合だからとはいえ、とんでもない芸当を決めてくれるものである。
 会場はあまりの打ち合いの激しさに静まり返っている。そして、揃って大きく深呼吸をすると、再び剣を構えた。
 その姿を見て、会場の誰もが直感した。これで決着がつくと。
 今まで沸き立ったような歓声が飛び交っていた闘技場内が一気に静まり返る。誰もが息を飲んで見守っているのだ、決勝戦の決着の瞬間を。
 ざりっという、地面を踏みしめる音が響き渡る。
 次の瞬間、サクラとタンが同時に動いた。
「はあああああっ!!」
 二人の気合いの入った叫び声が響き渡る。
 そして、二人の振り下ろした剣がぶつかり合う。
 その光景に、誰もが目を疑った。
 何かが宙を舞い、二人の後方の地面に突き刺さる。それは、二人の持っていた剣の刃の部分だった。
 なんと、ぶつかり合った時の衝撃が激しすぎて、模擬剣が折れてしまったのである。
 その時、会場内の時間が止まったかのように、誰もが動きすら止めてしまった。
「あっと……、これはどう判定したらいいんだろうかね」
 そんな中、困惑した声をこぼしたのはミスミ教官だった。
 剣術大会は長い歴史を持っているとはいえ、実に珍しい現象だったからだ。片方の剣が折れた事はあっても、双方同時に剣が折れたのは、地味に初めての事例だったからだ。
「とりあえずしばらく待っていてくれ。無理やり審判をやったからといっても、これを勝手に判断してはいけないと思うからね」
 そういって、ミスミ教官は会場から姿を消す。
 前代未聞の事態に、剣術大会の会場にはどよめきが起きている。
 はたして、この結果はどうなるというのだろうか。全員がミスミ教官が戻ってくるのを待ち続けていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妖精族を統べる者

暇野無学
ファンタジー
目覚めた時は死の寸前であり、二人の意識が混ざり合う。母親の死後村を捨てて森に入るが、そこで出会ったのが小さな友人達。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる

暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。 授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。

【連載版】ヒロインは元皇后様!?〜あら?生まれ変わりましたわ?〜

naturalsoft
恋愛
その日、国民から愛された皇后様が病気で60歳の年で亡くなった。すでに現役を若き皇王と皇后に譲りながらも、国内の貴族のバランスを取りながら暮らしていた皇后が亡くなった事で、王国は荒れると予想された。 しかし、誰も予想していなかった事があった。 「あら?わたくし生まれ変わりましたわ?」 すぐに辺境の男爵令嬢として生まれ変わっていました。 「まぁ、今世はのんびり過ごしましょうか〜」 ──と、思っていた時期がありましたわ。 orz これは何かとヤラカシて有名になっていく転生お皇后様のお話しです。 おばあちゃんの知恵袋で乗り切りますわ!

転生調理令嬢は諦めることを知らない!

eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。 それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。 子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。 最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。 八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。 それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。 また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。 オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。 同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。 それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。 弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

神の加護を受けて異世界に

モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。 その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。 そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。

処理中です...