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第340話 お祭りの夜
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「ただいまー……」
舞が終わって、満たちはようやく家に戻ってきた。
「おんやま、おつかれ。お風呂沸いてるから、入ってくるといいね」
「うん、おばあちゃん、ありがとう」
お風呂が沸いていると聞いて、満はさっさとお風呂へと向かっていく。真夏の屋外で舞を踊れば、それはもう汗だくだったのだから。
「わ、私は着替えを用意しておくね。さすがに一緒はよくないから」
「あ、うん。……そうだね」
恥ずかしそうにする香織に、満は首を捻っている。
よくよく思えば、満は本来男である。さすがに一緒に入れないということを、しばらく理解できなかったようだった。
「そうだ、おばあちゃん」
「なにかな、満」
「お父さんたちや風斗はどうしてる?」
「久志たちは、神社の手伝いさね。もうしばらくは戻ってこれないから、先にゆっくり休むといいね」
「そっか、分かったよ」
そんなわけで、満はどういうわけか一番風呂になってしまったようだ。
祖父も祖父でまだやることがあるらしいので、満は最初にお風呂に向かっていった。
お風呂から出てきた満は、玄関の扉が開く音を聞く。玄関に顔を出すと、そこには父親たちの姿があった。
「やれやれ、やっと終わったな」
「風斗くん、おつかれ。いやあ、助かったよ」
「本当にありがとうね」
「いや、これくらいなら別に大丈夫ですよ」
ようやく神社での片付けが終わって、解放されたらしい。全身汗だくで疲れているようだった。
「あ、お父さん、お母さん、それと風斗、お帰りなさい」
「ああ、満。ただいま。なんだ、お風呂上がりか」
湿気た髪の毛を見て、父親は一発で見抜いたようである。
「うん、悪いけど一番風呂に入れさせてもらったよ。汗かいた後のお風呂って気持ちいいよね」
「だな。俺たちも水分を取ったら入るとするか」
「で、ですね」
さっぱりした様子の満を見て、父親はすぐにでもお風呂に入りたいようだった。
ところが、どことなく風斗の様子がおかしいようだ。
「はははっ、満を見て、何を考えてるんだ。まったく、私の若い頃を見ている気分だな」
「お父さん、あまりからかうんじゃありませんよ?」
「からかってなんていないさ。自分の青春時代を思い出して、懐かしさに浸ってるんだよ」
父親は楽しそうに笑っているが、それがかえって満と風斗の間の空気を気まずいものに変えていってしまっている。無自覚というのは本当に怖いものである。
「もう、お父さんってば。さっさとお風呂入ってきてよ。僕はおばあちゃんを手伝って、夕ご飯の支度を始めるんだから!」
雰囲気をかき乱す父親を見かねて、満は文句を言っている。
「ああ、悪い悪い。しかし、心残りだな。せっかく満が舞を舞ったというのに、それを見られなかったんだからな」
「お父さん、ずっとあっちにいたの?」
「そうだぞ。屋台の手伝いとか社務所の手伝いとか、お祭りの裏方だったからな」
どうやら待っている姿を父親たちには見られていなかったようだ。そのことに思わずほっとする満である。
「ところで、満」
「なあに、お母さん」
「今は誰がお風呂に入っているの?」
「香織ちゃんだよ。そろそろ出てくると思うから、お母さんたちも早く支度してね。僕はおばあちゃんを手伝いに行くから」
「分かったわ。楽しみにしてるわよ、満の作る夕ご飯」
話を終えると満は台所に向かって走っていった。
その姿を見送った父親たちは、その後を追いかけていく。せめてお風呂に入る前に麦茶くらい飲んでおきたいからだ。
なんにしても無事に夏祭りを終えられたことで、家族そろってひと安心である。
その後は、全員揃っての食事をしながら、夏祭りについてあれこれと盛り上がったのだった。
―――
その日の真夜中だった。
満はこっそりと起き上がると、屋根の上に登っていた。
「ふむ、今宵もなかなかに月がきれいよな」
この身体能力と言葉遣いからすると、ルナが顔を出しているようだった。
「この東の外れの国の祭りに参加することになるとはな。妾も思っておらなんだことだ。だが、舞のおかげか、少し力が戻ったような気がするな」
屋根の上で座りながら、ルナは右手を力強く握りしめてみている。いつもよりもなんとなく力が入っているように感じられる。
「着実に、妾の力が戻ってきているということだろうな。このままなら、満と分離ができる日も、そう遠くあるまいて」
ようやく復活できるわけだから、本来なら嬉しいはずである。ところが、ルナのその表情はどこか寂しそうに見える。
やはり、そろそろ二年になる満との付き合いが、それだけルナにとっても大きなものとなっているということなのだろう。
吸血鬼でありながら、想像以上にいろんな体験をしてきているからだ。
「だが、妾が居座り続けることで、満に迷惑がかかっているのも事実。早く本来の姿と力を取り戻さねばな……」
ふうっと、ひとつため息をつく。
寂しそうに空を見上げると、そこには雲一つない星空が広がっている。
その美しい夜空を、ルナはそのまましばらく眺め続けていたのだった。
いつか、自分を取り戻せるその日を願いながら。
舞が終わって、満たちはようやく家に戻ってきた。
「おんやま、おつかれ。お風呂沸いてるから、入ってくるといいね」
「うん、おばあちゃん、ありがとう」
お風呂が沸いていると聞いて、満はさっさとお風呂へと向かっていく。真夏の屋外で舞を踊れば、それはもう汗だくだったのだから。
「わ、私は着替えを用意しておくね。さすがに一緒はよくないから」
「あ、うん。……そうだね」
恥ずかしそうにする香織に、満は首を捻っている。
よくよく思えば、満は本来男である。さすがに一緒に入れないということを、しばらく理解できなかったようだった。
「そうだ、おばあちゃん」
「なにかな、満」
「お父さんたちや風斗はどうしてる?」
「久志たちは、神社の手伝いさね。もうしばらくは戻ってこれないから、先にゆっくり休むといいね」
「そっか、分かったよ」
そんなわけで、満はどういうわけか一番風呂になってしまったようだ。
祖父も祖父でまだやることがあるらしいので、満は最初にお風呂に向かっていった。
お風呂から出てきた満は、玄関の扉が開く音を聞く。玄関に顔を出すと、そこには父親たちの姿があった。
「やれやれ、やっと終わったな」
「風斗くん、おつかれ。いやあ、助かったよ」
「本当にありがとうね」
「いや、これくらいなら別に大丈夫ですよ」
ようやく神社での片付けが終わって、解放されたらしい。全身汗だくで疲れているようだった。
「あ、お父さん、お母さん、それと風斗、お帰りなさい」
「ああ、満。ただいま。なんだ、お風呂上がりか」
湿気た髪の毛を見て、父親は一発で見抜いたようである。
「うん、悪いけど一番風呂に入れさせてもらったよ。汗かいた後のお風呂って気持ちいいよね」
「だな。俺たちも水分を取ったら入るとするか」
「で、ですね」
さっぱりした様子の満を見て、父親はすぐにでもお風呂に入りたいようだった。
ところが、どことなく風斗の様子がおかしいようだ。
「はははっ、満を見て、何を考えてるんだ。まったく、私の若い頃を見ている気分だな」
「お父さん、あまりからかうんじゃありませんよ?」
「からかってなんていないさ。自分の青春時代を思い出して、懐かしさに浸ってるんだよ」
父親は楽しそうに笑っているが、それがかえって満と風斗の間の空気を気まずいものに変えていってしまっている。無自覚というのは本当に怖いものである。
「もう、お父さんってば。さっさとお風呂入ってきてよ。僕はおばあちゃんを手伝って、夕ご飯の支度を始めるんだから!」
雰囲気をかき乱す父親を見かねて、満は文句を言っている。
「ああ、悪い悪い。しかし、心残りだな。せっかく満が舞を舞ったというのに、それを見られなかったんだからな」
「お父さん、ずっとあっちにいたの?」
「そうだぞ。屋台の手伝いとか社務所の手伝いとか、お祭りの裏方だったからな」
どうやら待っている姿を父親たちには見られていなかったようだ。そのことに思わずほっとする満である。
「ところで、満」
「なあに、お母さん」
「今は誰がお風呂に入っているの?」
「香織ちゃんだよ。そろそろ出てくると思うから、お母さんたちも早く支度してね。僕はおばあちゃんを手伝いに行くから」
「分かったわ。楽しみにしてるわよ、満の作る夕ご飯」
話を終えると満は台所に向かって走っていった。
その姿を見送った父親たちは、その後を追いかけていく。せめてお風呂に入る前に麦茶くらい飲んでおきたいからだ。
なんにしても無事に夏祭りを終えられたことで、家族そろってひと安心である。
その後は、全員揃っての食事をしながら、夏祭りについてあれこれと盛り上がったのだった。
―――
その日の真夜中だった。
満はこっそりと起き上がると、屋根の上に登っていた。
「ふむ、今宵もなかなかに月がきれいよな」
この身体能力と言葉遣いからすると、ルナが顔を出しているようだった。
「この東の外れの国の祭りに参加することになるとはな。妾も思っておらなんだことだ。だが、舞のおかげか、少し力が戻ったような気がするな」
屋根の上で座りながら、ルナは右手を力強く握りしめてみている。いつもよりもなんとなく力が入っているように感じられる。
「着実に、妾の力が戻ってきているということだろうな。このままなら、満と分離ができる日も、そう遠くあるまいて」
ようやく復活できるわけだから、本来なら嬉しいはずである。ところが、ルナのその表情はどこか寂しそうに見える。
やはり、そろそろ二年になる満との付き合いが、それだけルナにとっても大きなものとなっているということなのだろう。
吸血鬼でありながら、想像以上にいろんな体験をしてきているからだ。
「だが、妾が居座り続けることで、満に迷惑がかかっているのも事実。早く本来の姿と力を取り戻さねばな……」
ふうっと、ひとつため息をつく。
寂しそうに空を見上げると、そこには雲一つない星空が広がっている。
その美しい夜空を、ルナはそのまましばらく眺め続けていたのだった。
いつか、自分を取り戻せるその日を願いながら。
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