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未羊

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第32話 やる気スイッチ

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 翌朝、目を覚ました満は、大きく背伸びをする。
 いつものように手洗いと洗顔を済ませて部屋に戻ると、机の上のスマホに気が付く。そこには汚い字で「録音を確認してくれ」と書かれていた。
 どうやら、眠る前に頑張って吸血鬼ルナが手書きをしたらしい。字の汚さが本人の日本語へのなじみの薄さを物語っている。必死に書かれた文字を見て、満はつい笑みをこぼしてしまう。
 満はまずはパソコンへとデータ転送をして、そこでヘッドギアをつけて音を確認することにする。時間が時間ゆえに、近所迷惑になると考えたのだ。

(えっと、このファイルかな?)

 スマホからデータ転送が行われて、パソコンに新しいファイルができていた。
 ダブルクリックをしてファイルを開く。
 音声再生ソフトが起動して、録音された内容が再生される。

「うわぁ、すごい……」

 実際に聞いた満からは単純な言葉しか出てこなかった。
 風切音にはばたく音、地面に降り立つ時の音など、聞いたことのない音がたくさん入っている。全部で8分くらいの録音だったが、驚きの連続である。

「うーん、これは僕の手には余るなぁ……。世貴兄さんに送って、どうにかしてもらおうかな」

 吸血鬼の飛行音を録ってもらったのはいいものの、満にはとても扱いきれるものではなかったようだ。
 仕方なく、風斗のいとこである世貴へとデータを送ることにした。先日のペットの話といい、短期間で依頼を出すことになるとは思ってみなかった。

(ああ、僕の借金が増えていく……)

 満は内心で涙を流している。今使っている機材も一応の価格は調べたからだ。収益化してもしばらくはしばらくは手元に残りそうにない感じだった。

「でも、その収益化の金額を増やすためだ。頭は素直に下げよう……」

 満はやたら謝罪文を書き込んだメールを、朝っぱらから世貴に対して送りつけたのだった。

 ―――

「おっ、満くんからメールが来てるじゃないか」

 男性がパソコンを確認して思わず声を出している。
 メールを確認した男性は、添付されていた音声データに驚いている。

「なんてこった。やけにリアルな音だな、これは」

 聞いた後で改めてメールの内容を確認する。

『この音を使って、光月ルナが飛んでいるだけの動画を作って下さい』

 ようやくこの一文が理解できた男性である。

「オーケーオーケー。ペットの話の件と合わせて、頑張らせてもらうよ。ペットのデザインは羽美がもう仕上げてくれてるから、あとは俺次第ってとこだな」

 男性の語る内容からすれば、もうペットはデザインはできてしまっているらしい。あとはその3Dデータを作って動かせるようにすればいいようだった。
 男性はパソコンに向かう。

「すっかり目が覚めちまったな。今日ばかりは大学とか知ったこっちゃないぜ」

 かなりスイッチが入ってしまっているのか、ものすごいスピードでパソコンを操作している。

「世貴~。朝から何ぶつぶつ言ってるのよ」

「おう、羽美。満くんから面白い依頼が来たんでな、超速で取り掛かったところだよ」

「えっ、満くんから?」

 眠そうだったはずなのに、満からという一言でしっかりとした口調になる羽美。
 どうやらこの双子、同じ場所に住んでいるようだ。

「ああ。なんか面白い音を送ってきてくれたんでね。今からそれを使った動画を作り始めるところだよ」

「大丈夫? 長くなりそうな気がするけど」

「だろうな。今日一日はトイレ以外は部屋から動く気がしないぜ」

「そこまで……」

 世貴がやる気になっているのだが、あまりの語気の強さに羽美はどうにもついていけないようだった。

「まぁ、世貴がそこまで言うのなら勝手にやってればいいわよ。私は今日はバイトあるし、お昼食べ損ねないでよ?」

「ああ、分かってる。お前の描いてくれたペットも仕上げるつもりだからな。バイト終わりの楽しみにしていてくれ」

「世貴なら今日中に仕上げちゃいそうね。楽しみにさせてもらうわよ」

 羽美はそうとだけ言うと部屋から出ていく。
 しばらくすると、台所から料理を作る音が響き始めた。
 次第に空が白み始め、ようやく朝を迎えた。
 朝の7時半を迎えて、羽美が部屋に入ってくる。

「それじゃ、私は出るわね。講義は午後だけにあるから、帰ってくるのは夕方の5時ってところ。炊飯器は保温になってるし、おかずは冷蔵庫にしまってあるからレンチンして食べてよ。それと、使った食器はちゃんと洗っておいてよね」

「分かったよ、それくらいはやるさ」

 羽美のお小言に、世貴はそうとだけ返しておく。
 ちゃんとやっておかないと、帰ってきた時にねちねちとお説教が始まってしまうのは目に見えている。なので、その点だけはしっかりと返事しておく世貴なのである。

「頼むわよ。あと、絶対に手を抜かないでよ。帰ったら見させてもらうんだから」

「任せておけ。てか、今まで俺が手を抜いたことなんてあったか?」

 世貴がにやりと笑って返してくるものだから、羽美も安心したような笑顔を見せていた。
 準備を終えた羽美は、玄関を出てバイトへと向かっていく。
 羽美を見送った満は、鍵をかけて自室に戻ると、軽く柔軟をしてから再びパソコンに向かう。

「期待されちゃあ、やってやるしかないだろ」

 満から送られてきた音声データを元に、世貴は一つ一つ丁寧に動画の作成に取り掛かったのだった。
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