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未羊

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第217話 隠し事は苦手です

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 父親の実家にやって来た初日、無事になんとか過ごせた満たち。
 安心して眠りについたものの、そんなすんなりといくわけがなかった。

 翌日の未明のことだった。
 まだ空が夜の色に染まっている中、廊下に立って外を見る人影があった。

「やれやれ、こんなことでは困るというものよな」

 窓に手をついてため息を漏らす人物。そう、ルナ・フォルモントだった。
 変身したくないと言っていた満だったが、あっさりと心配は現実のものとなってしまっていた。

「こうも自制が効かないようでは、真祖の名が廃れるというものだ。満の体を乗っ取るつもりはないというに、どうしてこうも妾が外に出てしまうのか……」

 ルナは苦い顔をしながら思い悩んでいる。

「もしや、満に女になりたいという願望でも出てきたのではあるまいな。だとしたら由々しき事態よな」

 いろいろな可能性を考えるルナである。
 だが、今は早く元の体に戻らねばならない。ルナは慌てて外へ出て、適当な血を求めに行こうとする。

「誰じゃ!」

 ところが、突然声をかけられてからだがびくついてしまう。
 振り返って見てみると、そこには何と満の祖父の姿があった。

「そ、祖父殿……」

「誰が祖父じゃ。わしはお前など知らん。どこから入った、この怪しい奴め」

 予想外だった。
 まさかこんな時間に起きている人間がいるとは思って見なかったのだ。
 しかし、どうしたものか。満は自分の状況のことは知られたくないと言っている。満の両親も外には知られたくないようだった。
 ルナはものすごく悩んでいる。
 目の前の状況を無事に切り抜けるにはどうしたらよいのか。

「うん? その服は孫の満が着ていた服だな。満をどうしたというのだ、この曲者が」

 祖父が激怒している。
 服装にも気づかれてしまった以上、ルナは腹を括ることに決めた。

「祖父殿、信じられぬとは思うが、そなたの孫である満は今目の前におる」

「何をいうか、曲者が!」

 当然ながら、信じられないといった反応が返ってくる。

「妾はルナ・フォルモントと申す者。妾も思ってもいなかった事故で、満とは体を今は共有しておる状態なのじゃ」

「なんだと?」

 祖父の眉がぴくりと動き、ルナを睨み付ける。

「そなたは満の祖父、空月晴太郎そらつきはれたろうであろう? 去年は墓参りの翌日に満と川に遊びに行っておる」

「むむむっ? なぜ知っておるのだ」

「知っておるも何も、今の妾は満と記憶を共有しておる。満の見聞きしたことであれば、大体は把握しておるよ」

「……そこまで言うのであれば、信じるとしよう。ならば、満は今どうなっておるのじゃ」

 満と自分しか知らない情報を出されてしまっては、ルナの言うことを信じるしかなかった。
 ようやく態度の落ち着いた祖父の姿を見て、ルナはほっとひと安心したようだ。

「満は眠っておるよ。本当は隠しておきたかったのだが、こうなっては仕方あるまい。すべてお話しよう」

 ルナは、自分が満の体に入ってしまった経緯から今までのことを全部話した。もちろん、アバター配信者の話だけはしっかりと伏せてだ。
 満にとっては、これだけは絶対譲れない点だろうというのをルナもしっかり理解しているのである。

「なんとまあ、満にはそんなことが起きておったのか」

「まったくもって申し訳ない。すべてが偶然とはいえ、大事な孫をこのようなことにしてしまってな」

「いやいや、あなたが孫のことを大切に思って下さっているのは、今の言動からもよく分かる。あなたのように弁えた方であるのなら、わしも信頼できるというものじゃよ」

「祖父殿……」

 なんともあっさりと信じてもらえた上に許してもらえた。あまりにもすんなりだったので、ルナもびっくりである。

「しかし、満はもちろん、家族も祖父殿たちには知られたくないようなのでな。妾は血を吸わねばならぬ。満がいつも起きる時間までは、おおよそ一時間を切っておるから、急がねば……」

「ほっほっほっ。そういうことなら、ほれ、ここに適任がおるじゃろうて」

 祖父はそう言いながら、自分の首を差し出している。

「いや、さすがにそれは満はもちろんのこと、祖母殿にも悪いであろう。この一年で人間たちのことはしっかりと学ばせてもらったゆえ、できれば満の身内には手を出しとうないのだ」

「じゃが、もう夜明けまで時間もないぞ。そろそろわしの家内も起きてくる。迷っておる場合かの?」

 祖父はかなり強くルナに迫ってくる。
 さすがの強い押しに、ルナも根負けである。

「かたじけなく思う。くれぐれも今回のことはみなには内緒で頼むぞ。もちろん、満にもな」

「わしとて空月家の長男だとして生まれた男だ。そのくらいの約束は守ってやるぞ」

 祖父はしっかりとした目をしている。

「やれやれ、妾も人間であったのなら、惚れたやもしれんな」

「ふはははは、そう言ってもらえるのは嬉しいものじゃわい」

「では、失礼するぞ」

「おう、いつでも来い」

 ルナは祖父の首筋にかみつく。

「ふっ、これがドラマとかで見た血を吸われるという感覚か。なんとも不思議なものじゃな」

 そう言いながら、祖父は少しずつ意識を失っていく。
 がくりと気を失った祖父を抱え、ルナは祖父の自室へと送り届ける。満の記憶から場所は分かっていたので、まったく迷いもしなかった。

「やれやれ、さすがは満の祖父殿といったところだ。いざという時の覚悟には驚かされるわい」

 祖父を寝かせたルナは、客間へと戻っていく。
 自室で眠る祖父の顔はなんとも誇らしそうに笑っていた。

 もちろん、ちゃんと一時間後には起きてきたので、祖父は今日も元気である。
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