ひみつ探偵しおりちゃん

未羊

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第49話 ニアミス

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 6月も下旬に入る頃の事である。
 その日は、朝から理恵の様子がなんだかおかしかった。どうも落ち着きがなくそわそわしている。
「りい、なんだか嬉しそうだな。どうしたんだ?」
 配慮という単語が存在しないわっけーが理恵に理由を聞く。すると、
「うん、お父さんが久しぶりに家に帰ってくるんだ。毎日仕事が忙しいからって、なかなか帰ってこなかったんだけど、昨日の夜に電話があったんだよ」
 そういう答えが返ってきた。表情もそうだが、声の調子からしてもかなり嬉しそうにしている事が分かる。
 なるほど、長い事会っていないとそういう気持ちになるものなのかと、栞はふむふむと頷いていた。なにせずっと地元だったので、栞にはそういう気持ちが分からないのである。
 そんな中、栞はふと横を見てみる。どういうわけか、栞の隣に立つ詩音の様子がおかしかった。
 ちなみに詩音がなぜここに居るかというと、調部長と同じ新聞部に所属する栞と真彩が居るからである。事情が事情ゆえに常に監視下に置く必要があるからとの事で、栞の居るクラスへと転入してきたのである。
 それにしてもそうやって転入してきた当初から、詩音の理恵に対する態度はおかしかった。理恵自体はまじめで優しい子なので、警戒される要素などないはずなのだが、詩音のこの様子はどう考えてもおかしい。しかも今回はそれがひときわなのである。
「詩音ちゃん、どうしたの?」
 不思議に思った栞が声を掛けるのだが、
「ううん、なんでもない」
 と、首を横に振りながら詩音は答えていた。それでもその様子はおかしいので気になるのは気になるのだが、本人が言いたがらないのでそのままそっとしておく事にしておいた。とりあえず、確実に面倒になりそうなわっけーに気付かれる事なく、その場はなんとかやり過ごせたのは幸いだった。

 放課後、栞は詩音や水崎姉弟と一緒に新聞部の部室へと向かう。最近は梅雨のせいでずっと雨が降っており、運動部の方の練習がことごとく休みになる事が増えている。そのせいで栞はやる事を持て余しているのである。
 栞たちはいつも手順で部室に入る。そこにはくつろぐ調部長と軽部副部長が居た。無事に新聞の更新を終えて、やる事が無くなっているからのようだ。
 一瞬だらけているように見えた調部長は、栞たちが来た事に気が付くとすぐに姿勢を正していた。
「あら、みなさん、おはようございます」
 そして、笑顔で出迎える。まるで何事もなかったかのような変わり身の早さである。それに比べて軽部副部長は相変わらずだらしがなかった。
「おほん、私とした事が少し油断しましたね」
 調部長は咳払いひとつして詩音を見る。
「時に詩音、どうでしょうか、学校の生活は」
「うん、みんな優しくて、もう慣れた」
 まだ日本語が少し怪しい詩音はゆっくり答える。
 詩音はあの事件のせいで、少なからず他人に対して恐怖を持っている。基本的に家族である調部長とその護衛のカルディ兄弟意外とはあまり近付こうともしていない。唯一栞だけには少し懐きつつある。
 その一件に関して詩音に話を聞いたのだが、浦見市駅に着くまでは記憶があるらしいが、そこからの記憶はさっぱり無いそうだ。どうやらそこで誘拐されたらしい。
 何にしても、その事が心の傷として残っているという事なのである。
「調部長、今日はどうされますか?」
「……そうですね。今のところ次の刊行の予定はありませんし、今作成中の記事はありません。ですので、今日は解散ですね」
 栞に訊かれた調部長は少し悩みながら、少し申し訳なさそうに明るくそう告げたのだった。
「ただ、私個人としてはやる事がありますので、しばらく残ります。あと、詩音は話がありますので残って下さい」
 調部長がこう言うものだから、それに付き合うようにしばらく全員で会話をして過ごすのだった。

 その夜、調部長はカルディ兄弟と共にいつものファミレスへと出向いた。
 ちょうどお店に入って客席に案内されている時だった。ちょうどレジで会計をしている親子が居たのだが、そこで調部長とカルディに戦慄が走った。
「ねえ、お父さん。次はいつ帰ってくるの?」
「せやなぁ、いつになるんやろなぁ。俺の仕事は荷物運びやさかい、依頼があったらどこへでも行くもんやからな。次に入った仕事も遠くへ行くからなぁ。1つで終わればええねんけど、どうなるかさーっぱり分からんねん、すまんなぁ」
 少女の問い掛けに、父親は会計をしながら答えている。
「そっかー……。でも、私。お父さんが帰ってくるのを楽しみに待ってるからね。それで、またいっぱいお話聞かせてね」
「わーったわーった。そんな楽しみにしてるんやったらな、ええ子で待ってるんやで」
「うん、分かった」
 親子は会計を済ませると、そのまま店の外へと出ていった。
 会話の内容自体はそう珍しくもないよくある親子の会話のようだったのだが、席に着いた調部長たちは、周りに悟られないように平静を装いながらも、その心の中では激しく動揺している。
 それもそうだろう。さっきの親子の父親には、確かに間違いなく見覚えがあったからだ。
(なぜ……、どうして彼がここに居るというのですか!)
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