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第56話 記録会・前編
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市民プールに遊びに行ったその週の日曜日。
(うわ~、ここに来るのも久しぶりだわ)
栞がやって来ているのは根田間市総合運動公園にあるスタジアムである。今日はここで陸上部の記録会が行われるのだ。この根田間市の総合運動公園は、浦見市駅から3駅行ったところにある大型の公共施設である。
根田間市は浦見市の隣に位置する、ほぼ同規模を誇る自治体だ。そのせいか何かと敵対心を抱いているらしい。そのせいもあってか、ここ最近はスポーツ振興にも力を入れており、この総合運動公園も一大公共事業の一環で大規模な整備が行われた。栞が以前にやって来た時とは、明らかに様子が違っているのである。
ちなみにこの運動公園の整備は地域ニュースにも取り上げられたので、近隣ではとても有名な話である。
その力の入れ具合だが、広域避難場所にも指定されているので耐震基準は当然高水準だ。それ以外にも市民だけではなくスポーツ選手からの意見も取り入れており、使いやすさや芝や土の材質から固さなどなどこだわっており、更には工事中にも手抜きがないかちゃっかりチェックを入れていた。こうやってできた総合運動公園は、市民のみならず、プロからアマチュアまでスポーツ選手たちにも広く重宝されるスポットとなったのだ。
「部員諸君、本日は我々もここの一室を使わせてもらえる事になった。ちゃんと使うんだぞ」
「はいっ!」
松坂先生の声が響くと、部員たちは元気な声で返事をしていた。そして入っていった部屋はこれまたきれいだった。数年経てばそれなりに汚れや劣化が目立つものだが、まるで新築のようなピカピカ具合だった。天井まできれいなのだから、どれだけ力が入っているのかが分かる。
さて、この記録会は一年生にとって、今後の大会への参加の判断基準となる大事な記録会だ。ここで記録を出せなければ、記録員として過ごす事だってあり得るし、方向性を変える可能性だってあるのだ。当然ながら、みんなとても気合いが入っていた。
これは、もちろん栞だって例外ではない。これでも一応学生は一通り経験して、インターハイにまで出場経験がある。それでも今の栞は中学一年生なのだ。ここで本気を出してしまえば、高校生並みの記録だって飛び出してしまう無双状態。なので、栞はみんなと違った意味で緊張しているのだった。
今回は記録会ながら簡単に開会式が行われ、本番が始まった。天気は快晴で微風。記録を取るにはまずまずいい天気である。問題は気温だけだった。さすがに30度を超える暑さの中は厳しいのだ。
さて、栞の参加する種目は100mと200mである。記録会のスケジュールを確認すると中盤より後ろ、昼食よりも後の事だった。
「栞ちゃんって、もしかして緊張してたりする?」
スケジュールを熱心に確認している栞に、杏梨が声を掛けてきた。一瞬ドキッとした栞だが、確かにある意味の緊張はしていた。しかし、そんな事を悟られるわけにはいかないので、初めてだからとか言って適当にごまかしておいた。
実は栞が緊張する理由は記録以外にも理由があった。再度言うが、なにせこの根田間市は、浦見市の隣の自治体なのだ。そう、知り合いが居ないとも限らないという事である。栞の変装はウィッグのみなので、顔立ちとかでばれてしまう可能性があるというわけなのだ。
しかし、そんな事にはお構いなく、栞の出番は刻一刻と迫ってくる。栞は覚悟を決めて、200m走の集合場所へと向かった。
(うわっ、あの人って、まさか……)
集合場所にたどり着いた栞は、そこに居た男性にとても驚いた。
実は200m走の集合場所で係員をするこの男性、栞が陸上部に入るきっかけとなった先輩だったのだ。出会ったのは一度目の中学生の時である。
栞自体は運動が好きなだけであって、別に陸上競技に固執していたわけではない。風を切ってきれいなフォームで走る彼の姿に惚れたのが、陸上部に入る決意をさせたのだ。
ところが、その先輩は一年経ったある日に、家の事情で急遽転校してしまい、そのまま会う事は無くなったのであった。しばらくは栞も落ち込んだものだが、その後なんとか復活して今に至っている。つまりは、栞にとって憧れの人であり、淡い初恋の相手だったのである。
「参加者は集まりましたね? それでは今から200m走の出場者の点呼を行います」
彼の声に当時の事が思い出され、栞は思わず泣きそうになってしまう。だが、今の自分は別人として振る舞わなければならないし、何より気付かれてはいけない。さっさと気持ちを切り替えて淡々と点呼に答えていた。
点呼が終了するとトラックへと移動する。栞は第6レーンに立ち、深く集中して顔からは表情が消える。
「位置について、よーい……」
スターターの声が響き、そして静まり返る。
間を置いて響く号砲。栞は見事にクラウチングスタートを決める。
200m走は第3コーナーにスタートがあるので、しばらくは左カーブが続く。栞はそんな事にはお構いなしにぐんぐんとスピードを上げていく。正面のストレートに入ると一段と加速して、そのまま一気にゴールまで駆け抜けた。少し遅れて他の学生たちもゴールをしていく。そして、電光掲示板にはタイムが表示される。
27秒57。
このタイムに会場にはどよめきが起きていたが、栞のベストタイムは24秒台だ。つまり、これでもだいぶ手を抜いていたという事である。中学一年生の女子記録ではこれより早い記録もそれなりにあるわけだし、これでも随分と遅い方である。それでも、栞が走った組では群を抜いた記録であった。
そのタイムを確認した栞は、注目を集めないうちにそそくさとトラックから退出していったのだった。
(うわ~、ここに来るのも久しぶりだわ)
栞がやって来ているのは根田間市総合運動公園にあるスタジアムである。今日はここで陸上部の記録会が行われるのだ。この根田間市の総合運動公園は、浦見市駅から3駅行ったところにある大型の公共施設である。
根田間市は浦見市の隣に位置する、ほぼ同規模を誇る自治体だ。そのせいか何かと敵対心を抱いているらしい。そのせいもあってか、ここ最近はスポーツ振興にも力を入れており、この総合運動公園も一大公共事業の一環で大規模な整備が行われた。栞が以前にやって来た時とは、明らかに様子が違っているのである。
ちなみにこの運動公園の整備は地域ニュースにも取り上げられたので、近隣ではとても有名な話である。
その力の入れ具合だが、広域避難場所にも指定されているので耐震基準は当然高水準だ。それ以外にも市民だけではなくスポーツ選手からの意見も取り入れており、使いやすさや芝や土の材質から固さなどなどこだわっており、更には工事中にも手抜きがないかちゃっかりチェックを入れていた。こうやってできた総合運動公園は、市民のみならず、プロからアマチュアまでスポーツ選手たちにも広く重宝されるスポットとなったのだ。
「部員諸君、本日は我々もここの一室を使わせてもらえる事になった。ちゃんと使うんだぞ」
「はいっ!」
松坂先生の声が響くと、部員たちは元気な声で返事をしていた。そして入っていった部屋はこれまたきれいだった。数年経てばそれなりに汚れや劣化が目立つものだが、まるで新築のようなピカピカ具合だった。天井まできれいなのだから、どれだけ力が入っているのかが分かる。
さて、この記録会は一年生にとって、今後の大会への参加の判断基準となる大事な記録会だ。ここで記録を出せなければ、記録員として過ごす事だってあり得るし、方向性を変える可能性だってあるのだ。当然ながら、みんなとても気合いが入っていた。
これは、もちろん栞だって例外ではない。これでも一応学生は一通り経験して、インターハイにまで出場経験がある。それでも今の栞は中学一年生なのだ。ここで本気を出してしまえば、高校生並みの記録だって飛び出してしまう無双状態。なので、栞はみんなと違った意味で緊張しているのだった。
今回は記録会ながら簡単に開会式が行われ、本番が始まった。天気は快晴で微風。記録を取るにはまずまずいい天気である。問題は気温だけだった。さすがに30度を超える暑さの中は厳しいのだ。
さて、栞の参加する種目は100mと200mである。記録会のスケジュールを確認すると中盤より後ろ、昼食よりも後の事だった。
「栞ちゃんって、もしかして緊張してたりする?」
スケジュールを熱心に確認している栞に、杏梨が声を掛けてきた。一瞬ドキッとした栞だが、確かにある意味の緊張はしていた。しかし、そんな事を悟られるわけにはいかないので、初めてだからとか言って適当にごまかしておいた。
実は栞が緊張する理由は記録以外にも理由があった。再度言うが、なにせこの根田間市は、浦見市の隣の自治体なのだ。そう、知り合いが居ないとも限らないという事である。栞の変装はウィッグのみなので、顔立ちとかでばれてしまう可能性があるというわけなのだ。
しかし、そんな事にはお構いなく、栞の出番は刻一刻と迫ってくる。栞は覚悟を決めて、200m走の集合場所へと向かった。
(うわっ、あの人って、まさか……)
集合場所にたどり着いた栞は、そこに居た男性にとても驚いた。
実は200m走の集合場所で係員をするこの男性、栞が陸上部に入るきっかけとなった先輩だったのだ。出会ったのは一度目の中学生の時である。
栞自体は運動が好きなだけであって、別に陸上競技に固執していたわけではない。風を切ってきれいなフォームで走る彼の姿に惚れたのが、陸上部に入る決意をさせたのだ。
ところが、その先輩は一年経ったある日に、家の事情で急遽転校してしまい、そのまま会う事は無くなったのであった。しばらくは栞も落ち込んだものだが、その後なんとか復活して今に至っている。つまりは、栞にとって憧れの人であり、淡い初恋の相手だったのである。
「参加者は集まりましたね? それでは今から200m走の出場者の点呼を行います」
彼の声に当時の事が思い出され、栞は思わず泣きそうになってしまう。だが、今の自分は別人として振る舞わなければならないし、何より気付かれてはいけない。さっさと気持ちを切り替えて淡々と点呼に答えていた。
点呼が終了するとトラックへと移動する。栞は第6レーンに立ち、深く集中して顔からは表情が消える。
「位置について、よーい……」
スターターの声が響き、そして静まり返る。
間を置いて響く号砲。栞は見事にクラウチングスタートを決める。
200m走は第3コーナーにスタートがあるので、しばらくは左カーブが続く。栞はそんな事にはお構いなしにぐんぐんとスピードを上げていく。正面のストレートに入ると一段と加速して、そのまま一気にゴールまで駆け抜けた。少し遅れて他の学生たちもゴールをしていく。そして、電光掲示板にはタイムが表示される。
27秒57。
このタイムに会場にはどよめきが起きていたが、栞のベストタイムは24秒台だ。つまり、これでもだいぶ手を抜いていたという事である。中学一年生の女子記録ではこれより早い記録もそれなりにあるわけだし、これでも随分と遅い方である。それでも、栞が走った組では群を抜いた記録であった。
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