99 / 157
第99話 適材適所
しおりを挟む
栞の気遣いの言葉だったのだが、勝は安心したようにため息を漏らしていたが、真彩はそうではなかった。
「いえ、警部の子どもとして、悪い人は許せません」
ダンっと手をついて、勢いよく立ち上がってそう宣言する真彩である。その勢いのせいで、座っていた椅子が後ろに倒れて大きな音を立てる。だが、その音にかき消すくらいに、栞たちのショックの方が大きかった。音にびびったのは勝と軽部副部長くらいである。
「ま、まーちゃん?!」
「確かに私は13歳で役に立たないかも知れません。でも、秘密を共有するものとして、ここで退くわけにはいかないんです。確かに危ないかも知れませんが、そんな私にもできる事はあると思います」
真彩の言葉に、退くという気持ちはまったくなかった。呆気に取られていた調部長だったが、両肘を机について、ぎろりと真彩を睨んだ。
「真彩さん」
「は、はいっ!」
調部長のトーンが低い。調部長に凄まれた真彩は、体を震わせながら返事をする。
「……その覚悟、見せてもらってもよろしいですか?」
きらりと調部長の目が光る。まるで獲物を狙う肉食獣のような視線に、真彩は少し耐えられなさそうな感じだった。
「お姉ちゃん?」
詩音の声に、調部長ははっとする。そして、真彩の方を改めてみると、真彩の表情が青ざめていた。
「……申し訳ありません。少々気が入ってしまったようですね」
調部長はすぐに謝罪していた。今の表情、まさにギャングであるバーディア一家の現首領の娘というにふさわしい睨みであった。その表情には、栞だって飲まれかかったくらいである。
「ですが、それだけの覚悟があるというのなら、私からも依頼を出させて頂きましょう」
調部長がこう言うと、部室の中の空気がさらに一変した。そんな中でも、軽部副部長は椅子に座り直してスマホを弄っている。どこまで図太いのだろうか、彼の神経は……。本当に護衛であるカルディの弟ってだけで、日本に来ている気すらしてくる態度である。
それはそれとして、調部長の言葉に真彩はがちがちに固まっている。ギャングの首領改め、世界を股に掛ける貿易商の娘である調部長の雰囲気はそれだけ重いのである。
「依頼というのはですね、真彩さんのお友だちとのやり取りを報告頂くだけでよろしいのですよ」
「ほへっ?」
調部長の言葉に、真彩がすごく気の抜けた声を出す。
「これは詩音、あなたにもしてもらいますよ。いいですか?」
「は、はい、お姉ちゃん」
調部長は詩音にも同じ事を言い渡す。これには真彩は首をしきりに傾げていたが、栞はこの目的がすぐに分かった。
(なるほど、理恵ちゃんのお父さんの事ね。調部長は確か、レオン・アトゥールって呼んでいたっけか。彼の動向を調べるために、理恵ちゃんとわっけーとのやり取りを報告させるってわけね)
そう、最近接触した理恵の父親の事だ。ただ、この事に関しては真彩も詩音も知らない。だからこそ、何気ない会話で情報を引き出そうというわけである。
とにかく事情を知らない真彩は、少し悩んでいた。だが、しばらくして、
「分かりました。何かのお役に立つのでしょうから、そうさせて頂きます」
引き受けるという結論を出していた。
「そう……、頼みましたよ」
調部長もこの返事に満足したようで、ようやく醸し出していた重苦しいオーラが緩和したのだった。
安心した真彩は、ようやくさっきこかした椅子を元に戻し、その椅子に座って落ち着いたのである。ただ、その表情はちょっと何か疑念を持っていそうな表情をしていた。まあ、友だちとの会話を報告するようになんていう依頼なのだ。そのくらい疑ってもしょうがないだろう。
しかし、その一方で栞は安心していた。理恵とわっけーとのやり取りくらいであれば、真彩が危険な事に巻き込まれる心配はまずはあり得ないだろうと思われるからだ。
ただ、想像以上に敵の動きが見えない。どこにその関係者が潜んでいるのか分からないのだ。
第一、この草利中学校には出所不明、真偽不明の噂がまだたくさんあるのだ。解決できた案件も給食費だけとかいう、調査員としては悲惨な結果が転がっている。いくら3年間の期間があるとはいっても、半年でこの成果では課長からいろいろ言われそうな雰囲気すらあった。
だけれども、バーディア一家や四方津組という危険な集団が出てきた事で、正直言ってそれどころじゃない栞である。レオン・アトゥールのやばさを身近で感じたために、なおさらそんな状況に陥っているのである。
栞の気持ちは正直言って、調査よりもレオン・アトゥールを止める事に向いてしまっている。レオン・アトゥールという人物の危険性を知ってしまった事が一番の原因だ。例の隠しカメラの映像で、彼がこの学校で何かしている事も知っている。彼を止める事ができたなら、もしかしたらこの中学校の噂もかなり片が付くのではないのか、栞はそう考えるようになっていた。
こうなってくると、本当に非力な子どもである真彩や詩音には無茶はさせられない。だからこそ、真彩が調部長の提案を受け入れてくれた事で栞は大いに安心したのである。
話を終えた栞たちは、昼休みも終わるという事で、解散して部室を後にしたのだった。
「高石さん、放課後、少々よろしいですか?」
その際、調部長に栞は呼び止められた。
「はい、よろしいですが、何でしょうか」
栞に声を掛けた調部長の顔は、たまに見せる神妙な面持ちとなっていた。その雰囲気に、栞は調部長からの誘いをすんなりと受け入れざるを得なかったのだった。
「いえ、警部の子どもとして、悪い人は許せません」
ダンっと手をついて、勢いよく立ち上がってそう宣言する真彩である。その勢いのせいで、座っていた椅子が後ろに倒れて大きな音を立てる。だが、その音にかき消すくらいに、栞たちのショックの方が大きかった。音にびびったのは勝と軽部副部長くらいである。
「ま、まーちゃん?!」
「確かに私は13歳で役に立たないかも知れません。でも、秘密を共有するものとして、ここで退くわけにはいかないんです。確かに危ないかも知れませんが、そんな私にもできる事はあると思います」
真彩の言葉に、退くという気持ちはまったくなかった。呆気に取られていた調部長だったが、両肘を机について、ぎろりと真彩を睨んだ。
「真彩さん」
「は、はいっ!」
調部長のトーンが低い。調部長に凄まれた真彩は、体を震わせながら返事をする。
「……その覚悟、見せてもらってもよろしいですか?」
きらりと調部長の目が光る。まるで獲物を狙う肉食獣のような視線に、真彩は少し耐えられなさそうな感じだった。
「お姉ちゃん?」
詩音の声に、調部長ははっとする。そして、真彩の方を改めてみると、真彩の表情が青ざめていた。
「……申し訳ありません。少々気が入ってしまったようですね」
調部長はすぐに謝罪していた。今の表情、まさにギャングであるバーディア一家の現首領の娘というにふさわしい睨みであった。その表情には、栞だって飲まれかかったくらいである。
「ですが、それだけの覚悟があるというのなら、私からも依頼を出させて頂きましょう」
調部長がこう言うと、部室の中の空気がさらに一変した。そんな中でも、軽部副部長は椅子に座り直してスマホを弄っている。どこまで図太いのだろうか、彼の神経は……。本当に護衛であるカルディの弟ってだけで、日本に来ている気すらしてくる態度である。
それはそれとして、調部長の言葉に真彩はがちがちに固まっている。ギャングの首領改め、世界を股に掛ける貿易商の娘である調部長の雰囲気はそれだけ重いのである。
「依頼というのはですね、真彩さんのお友だちとのやり取りを報告頂くだけでよろしいのですよ」
「ほへっ?」
調部長の言葉に、真彩がすごく気の抜けた声を出す。
「これは詩音、あなたにもしてもらいますよ。いいですか?」
「は、はい、お姉ちゃん」
調部長は詩音にも同じ事を言い渡す。これには真彩は首をしきりに傾げていたが、栞はこの目的がすぐに分かった。
(なるほど、理恵ちゃんのお父さんの事ね。調部長は確か、レオン・アトゥールって呼んでいたっけか。彼の動向を調べるために、理恵ちゃんとわっけーとのやり取りを報告させるってわけね)
そう、最近接触した理恵の父親の事だ。ただ、この事に関しては真彩も詩音も知らない。だからこそ、何気ない会話で情報を引き出そうというわけである。
とにかく事情を知らない真彩は、少し悩んでいた。だが、しばらくして、
「分かりました。何かのお役に立つのでしょうから、そうさせて頂きます」
引き受けるという結論を出していた。
「そう……、頼みましたよ」
調部長もこの返事に満足したようで、ようやく醸し出していた重苦しいオーラが緩和したのだった。
安心した真彩は、ようやくさっきこかした椅子を元に戻し、その椅子に座って落ち着いたのである。ただ、その表情はちょっと何か疑念を持っていそうな表情をしていた。まあ、友だちとの会話を報告するようになんていう依頼なのだ。そのくらい疑ってもしょうがないだろう。
しかし、その一方で栞は安心していた。理恵とわっけーとのやり取りくらいであれば、真彩が危険な事に巻き込まれる心配はまずはあり得ないだろうと思われるからだ。
ただ、想像以上に敵の動きが見えない。どこにその関係者が潜んでいるのか分からないのだ。
第一、この草利中学校には出所不明、真偽不明の噂がまだたくさんあるのだ。解決できた案件も給食費だけとかいう、調査員としては悲惨な結果が転がっている。いくら3年間の期間があるとはいっても、半年でこの成果では課長からいろいろ言われそうな雰囲気すらあった。
だけれども、バーディア一家や四方津組という危険な集団が出てきた事で、正直言ってそれどころじゃない栞である。レオン・アトゥールのやばさを身近で感じたために、なおさらそんな状況に陥っているのである。
栞の気持ちは正直言って、調査よりもレオン・アトゥールを止める事に向いてしまっている。レオン・アトゥールという人物の危険性を知ってしまった事が一番の原因だ。例の隠しカメラの映像で、彼がこの学校で何かしている事も知っている。彼を止める事ができたなら、もしかしたらこの中学校の噂もかなり片が付くのではないのか、栞はそう考えるようになっていた。
こうなってくると、本当に非力な子どもである真彩や詩音には無茶はさせられない。だからこそ、真彩が調部長の提案を受け入れてくれた事で栞は大いに安心したのである。
話を終えた栞たちは、昼休みも終わるという事で、解散して部室を後にしたのだった。
「高石さん、放課後、少々よろしいですか?」
その際、調部長に栞は呼び止められた。
「はい、よろしいですが、何でしょうか」
栞に声を掛けた調部長の顔は、たまに見せる神妙な面持ちとなっていた。その雰囲気に、栞は調部長からの誘いをすんなりと受け入れざるを得なかったのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる