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第140話 阿藤家の決断
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その日、家に帰った理恵は両親を探す。
「お父さん! お母さん!」
すると、その時家に居たのは母親だけだった。
「あらあら。どうしたの、理恵」
母親はのんびりとした様子で理恵の前に出てくる。その母親に、血相を変えて理恵は駆け寄った。
「お母さん、転校ってどういう事なの? 私、まったく聞いてないんだけど」
朝に担任の口から出て初めて知った理恵。そのせいでものすごく混乱しているし、仲のいい友だちとも離れ離れになるからと焦りを感じていた。
「理恵ったら、その話をどこで聞いたの?」
すると母親はものすごく落ち着いた感じで、理恵を問い質している。
「どこって、今朝学校でだけど……」
理恵が青ざめながら答えると、母親はどういうわけか頬に手を当てながらため息を吐いた。
「ちっ、話すなと言っておいたはずなのに、喋ったのね」
「お母さん?」
母親は不機嫌そうにぼそりと呟いたが、その声は理恵には届いていなかった。
「ごめんなさいね。急に決まった事なの。来週にはもう出る事になるわ」
「どこに? どこへ行くっていうの?」
すぐに表情を戻した母親は、とぼけたような表情をしながら淡々と話している。
「どこだったかしらね」
今にも泣きそうな顔をしている理恵を前にしながら、母親はじらすように考え込むような仕草を見せている。はぐらかそうとする母親を前に、理恵はじわりと涙を浮かべ始めていた。
(……あの人の命令だとはいっても、さすがに実の娘にこんな風にされてしまっては……ずいぶんと心が痛むわね)
母親は泣き始めた理恵を見て、心が痛んだ。
「ごめんなさいね、理恵。不安にさせてしまったようね。でも、私も知らされたのは昨夜なのよ。気持ちが落ち着くまで、……少し待ってちょうだい」
思い悩んだ母親は、正直に話して理恵に理解を求めた。だが、まだ13歳の少女にとって、それはなかなかに酷というものだった。
理恵は涙を浮かべたまま母親を睨むと、
「お母さんのバカ!」
そうとだけ叫んで自分の部屋へと走っていってしまった。そして、そのまま自室の中でベッドに倒れ込んで泣きじゃくったのだった。
一方、玄関前の廊下に残された母親は、ものすごくつらい表情をしていた。
「まったく、娘にあんな事を言われるなんて思ってもみなかったわ。玲央、いやレオン。あなたは一体何を考えているっていうのよ……」
しばらくの間、そのまま立ち尽くす母親だった。
その日、理恵はまったく部屋から出てこなかった。夕食だと言って呼んでもまったく反応はなかった。ここまでの反応はまったくされた事がない母親は、部屋の中まで入っていく気が起こらなかった。入ってしまえば今までの関係が完全に壊れてしまいそうで怖かったのだ。
父親であるレオンに相談しようにも、この日に限ってレオンは帰ってこなかった。メールを送ってみても反応はなしで、完全に困り果ててしまった。
(……これ以上、私たち親の事情に巻き込むわけにはいかないわね。あの子は真っすぐ素直に優しい子に育ってくれたもの。血生臭い話に付き合わせる必要はないわ)
母親は悩みに悩んだ結果、夫であるレオンの承諾なしに娘の理恵の身を案じた策を講じる事にした。自分たち両親が特異な状況に居る事がゆえの決断だった。
(あの子は私たちと違って弱い子なのよ。ここで友人たちと引き離すべきじゃないわ)
そう考えた母親は、電話の受話器を手に取ったのだった。
翌朝、母親は理恵の部屋の扉を叩く。
「理恵、起きてる?」
「……起きてる」
弱弱しいながらも部屋の中から返答があった。
「今日はお休みするって学校に連絡入れておいたわ。それと、ちょっとお話があるから出てきてちょうだい。お腹も空いているでしょう?」
母親がこう呼びかけると、扉はゆっくりとだが開いた。
姿を見せた理恵を見て、母親はぎょっとした。
いつもは明るく振る舞っている理恵だが、すっかり表情はなく、泣きじゃくったのか目は赤く腫れている。たったひと晩でこうも印象が変わってしまうのか、母親の衝撃は計り知れなかった。
この痛々しい理恵の姿に、母親はレオンが居なくて本当によかったとほっとしたのだった。
ただ、放っておくと階段を転げ落ちそうなので、しっかりとその体を支えながら母親と理恵は食堂へと向かった。
「理恵、あなたを転校させる事はやめさせるわ」
食卓に着いたところで母親はきっぱりとこう言い切った。その言葉に、理恵はびっくりした顔をしている。
「昨日の姿を見て思ったのよ。あなたには私たちより、同年代の友人の方が必要だって事がね。それで、昨夜知り合いに電話をさせてもらったわ」
理恵が食べる手を完全に止めている。
「向こうからは二つ返事で了承を貰えたわ。お父さんは決めたら頑として譲らないから、私と二人は海外に行くのは止められないわ。でも、せめて理恵だけでも理恵の望むようにしてあげたいのよ」
母親の声が少し震えていた。
「ごめんなさいね、こんな親で……」
泣きそうになる母親を見て、理恵も泣きそうになっていた。そして、しばらくの間、そのまま沈黙が続いたのだった。
今後、理恵は一体どうなってしまうのだろうか。
食事の後、夕方になるまで、理恵は再び部屋に閉じこもってしまったのだった。
「お父さん! お母さん!」
すると、その時家に居たのは母親だけだった。
「あらあら。どうしたの、理恵」
母親はのんびりとした様子で理恵の前に出てくる。その母親に、血相を変えて理恵は駆け寄った。
「お母さん、転校ってどういう事なの? 私、まったく聞いてないんだけど」
朝に担任の口から出て初めて知った理恵。そのせいでものすごく混乱しているし、仲のいい友だちとも離れ離れになるからと焦りを感じていた。
「理恵ったら、その話をどこで聞いたの?」
すると母親はものすごく落ち着いた感じで、理恵を問い質している。
「どこって、今朝学校でだけど……」
理恵が青ざめながら答えると、母親はどういうわけか頬に手を当てながらため息を吐いた。
「ちっ、話すなと言っておいたはずなのに、喋ったのね」
「お母さん?」
母親は不機嫌そうにぼそりと呟いたが、その声は理恵には届いていなかった。
「ごめんなさいね。急に決まった事なの。来週にはもう出る事になるわ」
「どこに? どこへ行くっていうの?」
すぐに表情を戻した母親は、とぼけたような表情をしながら淡々と話している。
「どこだったかしらね」
今にも泣きそうな顔をしている理恵を前にしながら、母親はじらすように考え込むような仕草を見せている。はぐらかそうとする母親を前に、理恵はじわりと涙を浮かべ始めていた。
(……あの人の命令だとはいっても、さすがに実の娘にこんな風にされてしまっては……ずいぶんと心が痛むわね)
母親は泣き始めた理恵を見て、心が痛んだ。
「ごめんなさいね、理恵。不安にさせてしまったようね。でも、私も知らされたのは昨夜なのよ。気持ちが落ち着くまで、……少し待ってちょうだい」
思い悩んだ母親は、正直に話して理恵に理解を求めた。だが、まだ13歳の少女にとって、それはなかなかに酷というものだった。
理恵は涙を浮かべたまま母親を睨むと、
「お母さんのバカ!」
そうとだけ叫んで自分の部屋へと走っていってしまった。そして、そのまま自室の中でベッドに倒れ込んで泣きじゃくったのだった。
一方、玄関前の廊下に残された母親は、ものすごくつらい表情をしていた。
「まったく、娘にあんな事を言われるなんて思ってもみなかったわ。玲央、いやレオン。あなたは一体何を考えているっていうのよ……」
しばらくの間、そのまま立ち尽くす母親だった。
その日、理恵はまったく部屋から出てこなかった。夕食だと言って呼んでもまったく反応はなかった。ここまでの反応はまったくされた事がない母親は、部屋の中まで入っていく気が起こらなかった。入ってしまえば今までの関係が完全に壊れてしまいそうで怖かったのだ。
父親であるレオンに相談しようにも、この日に限ってレオンは帰ってこなかった。メールを送ってみても反応はなしで、完全に困り果ててしまった。
(……これ以上、私たち親の事情に巻き込むわけにはいかないわね。あの子は真っすぐ素直に優しい子に育ってくれたもの。血生臭い話に付き合わせる必要はないわ)
母親は悩みに悩んだ結果、夫であるレオンの承諾なしに娘の理恵の身を案じた策を講じる事にした。自分たち両親が特異な状況に居る事がゆえの決断だった。
(あの子は私たちと違って弱い子なのよ。ここで友人たちと引き離すべきじゃないわ)
そう考えた母親は、電話の受話器を手に取ったのだった。
翌朝、母親は理恵の部屋の扉を叩く。
「理恵、起きてる?」
「……起きてる」
弱弱しいながらも部屋の中から返答があった。
「今日はお休みするって学校に連絡入れておいたわ。それと、ちょっとお話があるから出てきてちょうだい。お腹も空いているでしょう?」
母親がこう呼びかけると、扉はゆっくりとだが開いた。
姿を見せた理恵を見て、母親はぎょっとした。
いつもは明るく振る舞っている理恵だが、すっかり表情はなく、泣きじゃくったのか目は赤く腫れている。たったひと晩でこうも印象が変わってしまうのか、母親の衝撃は計り知れなかった。
この痛々しい理恵の姿に、母親はレオンが居なくて本当によかったとほっとしたのだった。
ただ、放っておくと階段を転げ落ちそうなので、しっかりとその体を支えながら母親と理恵は食堂へと向かった。
「理恵、あなたを転校させる事はやめさせるわ」
食卓に着いたところで母親はきっぱりとこう言い切った。その言葉に、理恵はびっくりした顔をしている。
「昨日の姿を見て思ったのよ。あなたには私たちより、同年代の友人の方が必要だって事がね。それで、昨夜知り合いに電話をさせてもらったわ」
理恵が食べる手を完全に止めている。
「向こうからは二つ返事で了承を貰えたわ。お父さんは決めたら頑として譲らないから、私と二人は海外に行くのは止められないわ。でも、せめて理恵だけでも理恵の望むようにしてあげたいのよ」
母親の声が少し震えていた。
「ごめんなさいね、こんな親で……」
泣きそうになる母親を見て、理恵も泣きそうになっていた。そして、しばらくの間、そのまま沈黙が続いたのだった。
今後、理恵は一体どうなってしまうのだろうか。
食事の後、夕方になるまで、理恵は再び部屋に閉じこもってしまったのだった。
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