ひみつ探偵しおりちゃん

未羊

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第141話 理恵は行かせない!

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 翌日、通常なら学校の時間だが、真昼間に母親は理恵を連れてとある場所に向かった。どこに連れて行かれるのか理恵は不安でたまらなかったのだが、たどり着いた場所を見てその目を丸くしていた。
「ここって、わっけーの家……」
 そう、同級生で幼馴染みであるわっけーの家、脇田家だった。
 理恵の母親はにこりと笑って呼び鈴を鳴らす。
『はい、どちら様ですか』
 呼び鈴から応答がある。わっけーの母親である。
「昨夜連絡した恵子ちゃんの友人の理恵の母親です」
『あらあら、すぐに出迎えるから待っててちょうだい』
 用件を伝えると、そう返答があった。なので、理恵と母親はしばらく門の前で待つ事にした。
「お待たせ。ささっ、中に入ってちょうだい」
 しばらくするとわっけーの母親が出てきて、理恵と母親を家の中に招き入れた。もう11月という時期なので、外はだいぶ寒くなってきていたからだ。
 とりあえず居間に通しておいて、わっけーの母親は温かい飲み物を用意する。
「恵子から聞いたけど、ずいぶん急な話だったようね」
 わっけーの母親は、話を切り出した。
「ええ、私が夫から聞かされたのも、一昨日の夜だったのよ。あの人、急に思い立つ事も多いんだけど、さすがに今回の事は驚かざるを得なかったわ」
 理恵の母親は経緯を話している。
「それで、今回の引っ越しの理由は?」
「分からないわ。あの人、理由はほとんど説明しないから」
 わっけーの母親が理由を尋ねると、理恵の母親は首を横に振りながら答えた。
「なるほどね。それで、理恵ちゃんの目がこれだけ腫れてるってわけなのね。相当泣いたのが容易に想像できるわね」
 わっけーの母親は正直呆れていた。
「で、娘がこんな状態だからうちに預かってもらおう、そういうわけなのね」
「その通りよ」
 わっけーの母親はすべてを察した。さすがはあのわっけーの母親なので、理解力は大したものである。
「まあ、子どもたちが幼少時からの付き合いですものね。それは全然構わないわ」
 わっけーの母親が迷惑そうにしていないので、理恵の母親はひとまず安堵している。
「でもね、問題はそれがいつまで続くかよ。数か月で済むのか、それこそ独り立ちまで面倒を見るのか、そこが問題だわ。うちだってそこまで余裕があるかと言われたら、ないとしか言えないもの」
 わっけーの母親の言い分ももっともである。
 わっけーの家だって、そんなに裕福なわけではない。ただでさえ、わっけー一人だけでも育てるのは大変だ。そこに同い年の子どもが一人加わるので、普通に考えれば相当な負担増である。こういう文句が出てくるのも至極当然というわけなのだ。
「……ごめんなさい。私にもいつまでとははっきりした事が言えないわ。でも、私はこの子、理恵の事を考えると、今はこれしかできないの。……本当にごめんなさい」
「お母さん……」
 理恵の母親が頭を下げて頼み込む姿に、理恵も心が痛かった。
「お母さん、私……、わがまま言ってごめんなさい。もういいから、お母さん!」
 理恵は母親の苦しむ姿を見たかったわけではなかった。あまりに心が痛むために、自分の気持ちを押し殺してまで母親の行動を止めようとしていた。
 その時だった。
「はーっはっはっはっ! 心配ご無用だぞ、りぃ!」
 どこからともなくわっけーが出現した。
「わ、わっけー?!」
 予想もしなかったわっけーの登場に、理恵は驚いている。
「しおりんから昨日連絡があって、今日くらいに来るんじゃないかと思って学校を早引けしてきたのだ。わーっはっはっはっ!」
 わっけーの言葉にぽかんとする理恵やその母親である。
「ママ、昨日しおりんからの話を伝えた時に言ったはずなのだ。りぃの事は受け入れてほしいって。まったく、ママは現実主義が過ぎるのだ」
「でもねえ、うちの生活の余裕がない理由はあなたよ、恵子」
 自分の母親に説教するはずが、思わぬ反撃にドキリとするわっけーである。
「ははは、それはどうにかするのだ」
 笑っているわっけーだが、その視線は徐々に母親がから逸れていっていた。どうやら間違いなく事実のようである。
「だ、だけど、親友が困っているというのに見捨てる事はできないのだ。多少だったら我慢するのだ、ママ、頼むからりぃを見捨てないでくれなのだ」
「そうは言われてもねえ……」
 必死に頼み込むわっけーに、わっけーの母親は再び悩み始めた。
 そこへすかさずわっけーの追撃。瞳を潤ませて泣き落とし作戦に入ったのだ。これは卑怯すぎるというものだ。
「りぃが居なくなったら、あたしは寂しいのぞ。ううん、あたしだけじゃない、まぁもしおりんも悲しむのだ。ママ、お願いなのだ」
 滅多に見る事のないわっけーの姿に、わっけーの母親はさすがにたじたじである。散々わがままは聞いてきたのだが、さすがにこのレベルのわがままは見た事がなかった。
「はあ……、仕方ないわね。分かったわ、理恵ちゃんはうちで預かってあげるわよ」
「本当なのか?! やったな、りぃ!」
「えっ、あっ、うん……」
 わっけーの母親の結論を受けて、わっけーは理恵に抱きついていた。その喜びように、理恵はただただ困惑するのみだった。
「ありがとうございます。今回ばかりは私もさすがに夫に反発せざるを得ませんでしたので、これで安心できます」
 そう言って頭を下げる理恵の母親。だが、その母親に対してわっけーは一言だけ言っておいた。
「りぃまま、りぃぱぱには気を付けるのだ。りぃを連れて行けないと分かったら、何をするのか分からないと思うのだ」
 耳元でささやかれた言葉に、理恵の母親は一瞬ドキッとした。だが、すぐに落ち着きを取り戻す。
「忠告ありがとう。私はそんなへまは踏まないわよ」
 理恵の母親の言葉を聞いて、わっけーは理恵の母親と拳を突き合わせたのだった。
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