180 / 182
第180話 感傷的には終われない
しおりを挟む
迎えた3月31日。栞はとても感慨深くなっていた。なにせ、この日で一年間偽ってきた中学生という身分から解放されるのだから。
本音を言うと、真面目な栞からすれば早く終わってほしかった状況だった。
ところが、実際に迎えてみたこの日は当初の気持ちとは真逆のものだった。
(さて、そろそろ行かなきゃいけないわね。服装これでよかったかしらね)
この時の栞は、薄いピンクのフォーマルな服装を着用していた。
それはなぜか……。
栞が向かった先は、駅近くにある結婚式場だった。そう、何を隠そう千夏の結婚式なのである。
飛田先生のプロポーズからたったのひと月半。よくも準備ができたものである。ちゃんと手順も踏んで、正式に双方の両親からも認められたそうな。意外とやり手だった模様。
ちなみに結婚の費用は校長先生と鳥子たちバーディア一家から出してくれたらしい。お詫びという事なのだろう。
会場には親族とちょっとした関係者のみが集まっていた。実にこじんまりした結婚式なのだ。
とはいえ、関係者ということで市役所の職員がいたり警部がいたりと、なかなかに物々しい面々である。
なかなかに緊張した様子の千夏と飛田先生だったけれど、つつがなく結婚式は終了したのだった。
(これで千夏は寿退社か。いや、会社じゃないから寿退職の方がいいかしらね)
なんて事をぼんやり思う栞だった。
「栞ちゃん、寂しいの?」
式が終わったところで、参列していた真彩が話し掛けてきた。
「まぁねえ。千夏は幼馴染みだからね。先越されちゃったかなって思っちゃうわね」
「ふむふむぅ、なるほど……」
栞がしんみりと答えると、真彩はちょっと考え込んだようだった。
「まあちゃん?」
「えっとね、私も同じような状況になったらどうなっちゃうのかって、ちょっと考えちゃったの」
てへっと小さく舌を出しながら笑う真彩である。なんとも子どもっぽい年相応の思考と仕草だった。
「まぁ先の事なんて分からないんだから、それはその時に考えたらいいんじゃないのかしらね」
そんな真彩に、栞は大人の余裕で答えたのだった。
「確かに、そうかも知れないね」
真彩も笑顔で頷いていた。
「それにしても、今日の栞ちゃんの服装ってちょっと大人びてるかな」
今さらながらに、栞の格好にツッコミを入れる真彩である。
「あのね。私はまあちゃんよりも10歳年上なのよ? 大人びてるんじゃなくて大人なの」
眉を曲げて呆れて言う栞である。
栞自身は23歳のつもりだが、真彩からすれば同級生のイメージしかないので仕方がない。
「あっ、ごめん。そうだったよね」
口を押さえて慌てて謝る真彩である。
「あーあ、明日からはまた市役所の職員かぁ。うるっさい市民を相手にしなきゃと思うと憂鬱だわね」
「うん、そうだね。栞ちゃんともお別れかぁ」
感傷に浸るように呟く栞と真彩である。
「なによ。同じ市内に住んでるんだから、その気になれば会えるでしょうに。今生の別れみたいに言わないの。連絡先だって交換してるのよ?」
「あっ、うん。そうだね」
あっけらかんという栞に、やっぱりどこか寂しそうな表情をする真彩である。そのくらいには、この1年間の付き合いが濃かったという事なのだろう。
「ふふっ、可愛い子ね」
「ちょっと福江。何か怖いこと考えてないわよね?」
「別に? ただね、私たちの中で千夏が一番最初に結婚したのが悔しいかなって思うだけよ」
面倒くさそうな顔をする栞に、福江は正直な気持ちを吐露していた。付き合いの長い三人だからこそといったところだ。
「福江だって、その気になればいつでも結婚できるでしょうに」
「まぁそうかもね。ただ興味がないわね」
皮肉っぽく栞が言えば、福江はあっけらかんと即答していた。早すぎである。
「今の仕事が楽しいから、結婚したいっていう気が起きないだけよ。子ども服をデザインしているとはいえ、それとこれはまったくの別だからね」
福江はにこやかに話していた。
「それに、私にはいいモデルが居るからね」
「ちょっと、福江……。目が怖いんだけど」
思わずドン引きの栞だった。
「真彩、帰るよ」
そこへ水崎警部がやって来た。
結婚式は既に終わっているわけだし、確かにいつまでも居座るのもおかしな話だった。
そんなわけで、水崎警部の言葉をきっかけに、私たちは解散して帰路に着く事にしたのだった。
「高石くん」
「はい」
水崎警部が声を掛けてくる。
「本当にこの1年間、娘ともども世話になったね。本当にありがとう」
「いえ、こちらこそありがとうございました。まあちゃんのおかげで、あの場違いな中で1年間平気に過ごせましたからね」
「ふっ、そう言ってもらえるとありがたい。娘のわがままを聞き入れたかいがあるというものだ」
水崎警部は、栞に対して軽く頭を下げていた。そして、真彩と勝を連れて去っていった。
「すごいわね、栞。警部さんとも知り合いだったのね」
「あれ、福江って水崎警部のこと知ってたの?」
「そりゃもう、うちでよく買い物してくれてたからね。話もした事はあるし、その中で知ったのよ」
そんな話をしているさなか、福江は突然ポンと手を叩いていた。
「話をしていたらいいアイディアが浮かんだわ。千夏の子どもに着せるためにもすぐにデザイン始めなきゃ」
「ちょっと、何年先の話よ……」
「栞、あんたも付き合いなさい。あとで家まで送ってあげるから」
「あー、はいはい。付き合えばいいんでしょ、付き合えば」
そんなこんなで、せっかくの結婚式でめでたかった気分が吹き飛んでいく栞なのであった。
本音を言うと、真面目な栞からすれば早く終わってほしかった状況だった。
ところが、実際に迎えてみたこの日は当初の気持ちとは真逆のものだった。
(さて、そろそろ行かなきゃいけないわね。服装これでよかったかしらね)
この時の栞は、薄いピンクのフォーマルな服装を着用していた。
それはなぜか……。
栞が向かった先は、駅近くにある結婚式場だった。そう、何を隠そう千夏の結婚式なのである。
飛田先生のプロポーズからたったのひと月半。よくも準備ができたものである。ちゃんと手順も踏んで、正式に双方の両親からも認められたそうな。意外とやり手だった模様。
ちなみに結婚の費用は校長先生と鳥子たちバーディア一家から出してくれたらしい。お詫びという事なのだろう。
会場には親族とちょっとした関係者のみが集まっていた。実にこじんまりした結婚式なのだ。
とはいえ、関係者ということで市役所の職員がいたり警部がいたりと、なかなかに物々しい面々である。
なかなかに緊張した様子の千夏と飛田先生だったけれど、つつがなく結婚式は終了したのだった。
(これで千夏は寿退社か。いや、会社じゃないから寿退職の方がいいかしらね)
なんて事をぼんやり思う栞だった。
「栞ちゃん、寂しいの?」
式が終わったところで、参列していた真彩が話し掛けてきた。
「まぁねえ。千夏は幼馴染みだからね。先越されちゃったかなって思っちゃうわね」
「ふむふむぅ、なるほど……」
栞がしんみりと答えると、真彩はちょっと考え込んだようだった。
「まあちゃん?」
「えっとね、私も同じような状況になったらどうなっちゃうのかって、ちょっと考えちゃったの」
てへっと小さく舌を出しながら笑う真彩である。なんとも子どもっぽい年相応の思考と仕草だった。
「まぁ先の事なんて分からないんだから、それはその時に考えたらいいんじゃないのかしらね」
そんな真彩に、栞は大人の余裕で答えたのだった。
「確かに、そうかも知れないね」
真彩も笑顔で頷いていた。
「それにしても、今日の栞ちゃんの服装ってちょっと大人びてるかな」
今さらながらに、栞の格好にツッコミを入れる真彩である。
「あのね。私はまあちゃんよりも10歳年上なのよ? 大人びてるんじゃなくて大人なの」
眉を曲げて呆れて言う栞である。
栞自身は23歳のつもりだが、真彩からすれば同級生のイメージしかないので仕方がない。
「あっ、ごめん。そうだったよね」
口を押さえて慌てて謝る真彩である。
「あーあ、明日からはまた市役所の職員かぁ。うるっさい市民を相手にしなきゃと思うと憂鬱だわね」
「うん、そうだね。栞ちゃんともお別れかぁ」
感傷に浸るように呟く栞と真彩である。
「なによ。同じ市内に住んでるんだから、その気になれば会えるでしょうに。今生の別れみたいに言わないの。連絡先だって交換してるのよ?」
「あっ、うん。そうだね」
あっけらかんという栞に、やっぱりどこか寂しそうな表情をする真彩である。そのくらいには、この1年間の付き合いが濃かったという事なのだろう。
「ふふっ、可愛い子ね」
「ちょっと福江。何か怖いこと考えてないわよね?」
「別に? ただね、私たちの中で千夏が一番最初に結婚したのが悔しいかなって思うだけよ」
面倒くさそうな顔をする栞に、福江は正直な気持ちを吐露していた。付き合いの長い三人だからこそといったところだ。
「福江だって、その気になればいつでも結婚できるでしょうに」
「まぁそうかもね。ただ興味がないわね」
皮肉っぽく栞が言えば、福江はあっけらかんと即答していた。早すぎである。
「今の仕事が楽しいから、結婚したいっていう気が起きないだけよ。子ども服をデザインしているとはいえ、それとこれはまったくの別だからね」
福江はにこやかに話していた。
「それに、私にはいいモデルが居るからね」
「ちょっと、福江……。目が怖いんだけど」
思わずドン引きの栞だった。
「真彩、帰るよ」
そこへ水崎警部がやって来た。
結婚式は既に終わっているわけだし、確かにいつまでも居座るのもおかしな話だった。
そんなわけで、水崎警部の言葉をきっかけに、私たちは解散して帰路に着く事にしたのだった。
「高石くん」
「はい」
水崎警部が声を掛けてくる。
「本当にこの1年間、娘ともども世話になったね。本当にありがとう」
「いえ、こちらこそありがとうございました。まあちゃんのおかげで、あの場違いな中で1年間平気に過ごせましたからね」
「ふっ、そう言ってもらえるとありがたい。娘のわがままを聞き入れたかいがあるというものだ」
水崎警部は、栞に対して軽く頭を下げていた。そして、真彩と勝を連れて去っていった。
「すごいわね、栞。警部さんとも知り合いだったのね」
「あれ、福江って水崎警部のこと知ってたの?」
「そりゃもう、うちでよく買い物してくれてたからね。話もした事はあるし、その中で知ったのよ」
そんな話をしているさなか、福江は突然ポンと手を叩いていた。
「話をしていたらいいアイディアが浮かんだわ。千夏の子どもに着せるためにもすぐにデザイン始めなきゃ」
「ちょっと、何年先の話よ……」
「栞、あんたも付き合いなさい。あとで家まで送ってあげるから」
「あー、はいはい。付き合えばいいんでしょ、付き合えば」
そんなこんなで、せっかくの結婚式でめでたかった気分が吹き飛んでいく栞なのであった。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる