181 / 182
第181話 輝く黒歴史
しおりを挟む
「314番の番号札をお持ちの方、4番の窓口までお越し下さい」
今日も録音された音声が窓口案内をしている。
栞はこの日も市役所の窓口で業務をこなしていた。
1年ぶりという事もあってか、さすがの栞も少々不安があったようだ。しかし、意外と業務というものは覚えているようで、簡単なおさらいをするだけで問題なくこなせるようになっていた。
お昼を迎えて、今日も職員用の食堂で昼食を取る栞。この日の栞は白身フライ定食を食べていた。
「まったく、1年ぶりだからどうなるかと思ったけど、どうにかなるものよね」
食事を食べようとしている栞に声を掛けてくる人物がいた。
「千夏、あんた結局仕事辞めてないのね」
そう、年度末で結婚したはずの千夏だった。結婚を機に仕事を辞める人も多い中、千夏は勤務の継続を希望したのである。
「だって、私は栞と違って裏方の仕事だもの。窓口よりは気楽だからね、裏方は」
「はあ、好き勝手言ってなさいよ。飛田先生に嫌われても知らないからね」
「ちょっと、そこでそういう事言うのかしら?」
栞がにししと笑いながらちょっと憎まれ口を叩くと、千夏は本気で怒っているようだった。
「おお、怖い怖い」
しかし、栞はさらりと流すかのように反応して、白身フライに醤油をかけて食べていた。
そして、一口食べてほろりとこぼす。
「はあ、いいわねぇ、お相手が見つかってさ」
栞はため息をついていた。
これまでずっと勉強や運動に打ち込んできたせいもあってか、恋愛というものに恐ろしいほどに縁がなかったからだ。結婚した千夏の事は、正直羨ましくて仕方がない栞である。
「大丈夫よ、栞だってきっと縁があるってば」
「中学生をやってても、寄ってきたのは女子ばかりだったんだけど?!」
適当な事を言う千夏に、栞は真顔で迫っていた。
「はははっ、いいじゃないの。性別はともかくとして人から好かれるっていうのはある種才能なんだから」
「はあ……、千夏と話をするのがばからしくなってくるわね……」
「ちょっと、栞ってば拗ね過ぎよ」
お箸を開いたり閉じたりしながら不機嫌顔をする栞に、千夏はツッコミを入れていた。
「ようやく元の生活に戻れたんだから、恋愛くらいしたいわね」
「できるといいわよね。ただ、栞の相手をするとなると男の方も苦労しそうだわ」
「ちょっと、それどういう意味よ」
「中学生のふりをしてた時の自分の行動を思い出してよ」
「ぐっ……」
千夏に指摘されると、さすがに反論のできない栞だった。そのくらいにめちゃくちゃをしてきたのだから当然だろう。普通の人間は銃撃されないし、銃弾を躱せないのだから。
「くぅ、気長に待つしかないかしらね」
「そうそう、応援はするから気楽にしましょ」
栞と千夏はさっさと食事を平らげると、午後の業務へと戻っていった。
「おつかれさまー」
「おつかれ」
窓口の営業時間が終わり、同僚たちが次々と上がっていく。
「あれ、高石さんはまだ残っていくの?」
「ええ、自分の受けた相談の処理がまだ残っていますからね」
「そうなのね。相変わらず真面目なんだから」
同僚はくすくすと笑いながら、栞に手を振って帰宅のために更衣室へと向かっていった。
(さて、さっさと終わらせて帰りますかね)
その時、ふと視線を感じた栞は入口の方を見る。すると、そこには見た事のある姿が見えたのだった。
それに気が付いた栞は、さっさと処理を終わらせたのだった。
「まったく、こんな時間に何やってるのよ」
外に出てきた栞は、駐車場に居た面々に声を掛けている。
「いやあ、しおりんの仕事している姿が見たくなっただけなのだ」
「私と理恵ちゃんはわっけーに巻き込まれただけだよ」
「うん、わっけーって強引だもの」
そう、真彩にわっけーに理恵の仲良し三人衆だった。
元の生活に戻ってから一週間ほどは経つものの、この三人や新聞部の面々との交流は続いているのである。
「まったく、明日も学校でしょうに。こんな遅くまで出歩いてると、ご両親から怒られるわよ」
「はははっ、しおりんも怒られろなのだ」
「私は今年で24なんだけど?!」
苦言を呈する栞にわっけーが茶々を入れるものだから、栞は真面目に反論していた。それに対して笑うわっけーたち。同級生でなくなっても、この関係性は崩れていないようだった。
駐車場で喋っていてもいろいろと迷惑なので、車に三人を乗せた栞は以前鳥子と入った駅前商店街の喫茶店へと向かった。
一人だけ大人に戻ったとはいっても、栞たちの間に漂う空気というのはまるで変わらなかった。そのせいで、ついつい話が弾んでしまうのだった。
「っと、そろそろ帰らなくちゃいけないわね。私はいいとしても、さすがにみんなはダメでしょうからね」
「ええ~。もっと話していたかったな」
「ダメよ、お父さんに怒られたら嫌でしょ?」
「むぅ~……」
栞の言い分に、真彩も仕方なしに従うしかなかった。
みんなを家に送って帰路に就く栞。みんなと話したせいか、去年一年間をついつい懐かしみながら思い出してしまった。
そもそもは市役所側からの無茶振りだった。
背が小さくて子どもにしか見えないからということで押し付けられた業務だった。
しかし、いざ引き受けてみたら、思わぬ団体まで絡んでくる大掛かりな事件だった。
(はあ、本当に濃い1年だったわね……)
しみじみと微笑む栞。
結局生活環境は元に戻ったものの、人間関係は大きく広がった。
黒歴史のような1年ではあったものの、きっと栞たちの中ではこれからも輝き続けるのだろう。
――おしまいにしようかと思いましたが、もう1回だけ続きます。
今日も録音された音声が窓口案内をしている。
栞はこの日も市役所の窓口で業務をこなしていた。
1年ぶりという事もあってか、さすがの栞も少々不安があったようだ。しかし、意外と業務というものは覚えているようで、簡単なおさらいをするだけで問題なくこなせるようになっていた。
お昼を迎えて、今日も職員用の食堂で昼食を取る栞。この日の栞は白身フライ定食を食べていた。
「まったく、1年ぶりだからどうなるかと思ったけど、どうにかなるものよね」
食事を食べようとしている栞に声を掛けてくる人物がいた。
「千夏、あんた結局仕事辞めてないのね」
そう、年度末で結婚したはずの千夏だった。結婚を機に仕事を辞める人も多い中、千夏は勤務の継続を希望したのである。
「だって、私は栞と違って裏方の仕事だもの。窓口よりは気楽だからね、裏方は」
「はあ、好き勝手言ってなさいよ。飛田先生に嫌われても知らないからね」
「ちょっと、そこでそういう事言うのかしら?」
栞がにししと笑いながらちょっと憎まれ口を叩くと、千夏は本気で怒っているようだった。
「おお、怖い怖い」
しかし、栞はさらりと流すかのように反応して、白身フライに醤油をかけて食べていた。
そして、一口食べてほろりとこぼす。
「はあ、いいわねぇ、お相手が見つかってさ」
栞はため息をついていた。
これまでずっと勉強や運動に打ち込んできたせいもあってか、恋愛というものに恐ろしいほどに縁がなかったからだ。結婚した千夏の事は、正直羨ましくて仕方がない栞である。
「大丈夫よ、栞だってきっと縁があるってば」
「中学生をやってても、寄ってきたのは女子ばかりだったんだけど?!」
適当な事を言う千夏に、栞は真顔で迫っていた。
「はははっ、いいじゃないの。性別はともかくとして人から好かれるっていうのはある種才能なんだから」
「はあ……、千夏と話をするのがばからしくなってくるわね……」
「ちょっと、栞ってば拗ね過ぎよ」
お箸を開いたり閉じたりしながら不機嫌顔をする栞に、千夏はツッコミを入れていた。
「ようやく元の生活に戻れたんだから、恋愛くらいしたいわね」
「できるといいわよね。ただ、栞の相手をするとなると男の方も苦労しそうだわ」
「ちょっと、それどういう意味よ」
「中学生のふりをしてた時の自分の行動を思い出してよ」
「ぐっ……」
千夏に指摘されると、さすがに反論のできない栞だった。そのくらいにめちゃくちゃをしてきたのだから当然だろう。普通の人間は銃撃されないし、銃弾を躱せないのだから。
「くぅ、気長に待つしかないかしらね」
「そうそう、応援はするから気楽にしましょ」
栞と千夏はさっさと食事を平らげると、午後の業務へと戻っていった。
「おつかれさまー」
「おつかれ」
窓口の営業時間が終わり、同僚たちが次々と上がっていく。
「あれ、高石さんはまだ残っていくの?」
「ええ、自分の受けた相談の処理がまだ残っていますからね」
「そうなのね。相変わらず真面目なんだから」
同僚はくすくすと笑いながら、栞に手を振って帰宅のために更衣室へと向かっていった。
(さて、さっさと終わらせて帰りますかね)
その時、ふと視線を感じた栞は入口の方を見る。すると、そこには見た事のある姿が見えたのだった。
それに気が付いた栞は、さっさと処理を終わらせたのだった。
「まったく、こんな時間に何やってるのよ」
外に出てきた栞は、駐車場に居た面々に声を掛けている。
「いやあ、しおりんの仕事している姿が見たくなっただけなのだ」
「私と理恵ちゃんはわっけーに巻き込まれただけだよ」
「うん、わっけーって強引だもの」
そう、真彩にわっけーに理恵の仲良し三人衆だった。
元の生活に戻ってから一週間ほどは経つものの、この三人や新聞部の面々との交流は続いているのである。
「まったく、明日も学校でしょうに。こんな遅くまで出歩いてると、ご両親から怒られるわよ」
「はははっ、しおりんも怒られろなのだ」
「私は今年で24なんだけど?!」
苦言を呈する栞にわっけーが茶々を入れるものだから、栞は真面目に反論していた。それに対して笑うわっけーたち。同級生でなくなっても、この関係性は崩れていないようだった。
駐車場で喋っていてもいろいろと迷惑なので、車に三人を乗せた栞は以前鳥子と入った駅前商店街の喫茶店へと向かった。
一人だけ大人に戻ったとはいっても、栞たちの間に漂う空気というのはまるで変わらなかった。そのせいで、ついつい話が弾んでしまうのだった。
「っと、そろそろ帰らなくちゃいけないわね。私はいいとしても、さすがにみんなはダメでしょうからね」
「ええ~。もっと話していたかったな」
「ダメよ、お父さんに怒られたら嫌でしょ?」
「むぅ~……」
栞の言い分に、真彩も仕方なしに従うしかなかった。
みんなを家に送って帰路に就く栞。みんなと話したせいか、去年一年間をついつい懐かしみながら思い出してしまった。
そもそもは市役所側からの無茶振りだった。
背が小さくて子どもにしか見えないからということで押し付けられた業務だった。
しかし、いざ引き受けてみたら、思わぬ団体まで絡んでくる大掛かりな事件だった。
(はあ、本当に濃い1年だったわね……)
しみじみと微笑む栞。
結局生活環境は元に戻ったものの、人間関係は大きく広がった。
黒歴史のような1年ではあったものの、きっと栞たちの中ではこれからも輝き続けるのだろう。
――おしまいにしようかと思いましたが、もう1回だけ続きます。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる