マジカル☆パステル

未羊

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第84話 聖獣の存在意義

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 翌日、部活を終えた千春と美空の前に雪路が現れた。
「ごきげんよう、お二人さん。本日はわたくしにお付き合い頂きますわよ」
 雪路がこう言うと、運転手が消臭剤をばかすかと二人に噴きかける。車の中に汗臭さを染みつかせないためなのだが、かなりやりすぎだった。
「ごほっごほっ、何だよこれ」
「運動直後なんですから、臭いますのよ。制汗剤と消臭剤を施させて頂きましたわ」
 むせ返る二人に雪路はしっかりと言い放つと、イエーロに目配せをして二人を車に押し込んだ。
「さて、今から杏さんと楓さんの家に出向きますわよ。出して下さいませ」
「はっ、畏まりました。お嬢様」
 雪路が車に乗り込むと、運転手は扉を閉めて車を発進させたのだった。訳も分からず拉致られた二人だったが、車の中で飲み物を出されると、おとなしくそれを飲んでいた。
 そうやってやって来た色鮮寺。事前に連絡をしていた事もあって、門前には杏と楓の二人が出迎えてくれていた。
「おう、全員揃ってるな」
「ワイス、ご苦労様。チェリーとグローリも居るわね」
 サングラスを掛けた羊が、堂々と現れる。その後ろにはチェリーとグローリが息を切らせながらついて来ていた。一番暑そうな姿のワイスがなんで平然としているのだろうか。
「な、何なんだよ、ワイス」
「お前ら、なに家でくつろごうとしてんだよ。聖獣としての自覚はねえのか?」
「うっ、そ、それは……」
 文句を言おうとしたチェリーたちは、逆にワイスに責められて言葉に詰まっていた。
「はぁ、お前らがそんなんだから、千春と美空に迷惑掛けんだよ。今日はお前らのそのたるんだ気も叩き直すつもりだからな。とりあえず寺に入んな」
 ワイスに言われてすごすごと寺に入っていくチェリーとグローリ。その姿を見た杏は苦笑いをして、楓は厳しい目を向けていた。
「今日は住職は檀家さん回りをしているから、あたしたちしか居ないわ」
「夕方までは帰ってこないから、とりあえずあたいらが話するには都合がいいわよ」
 飲み物を用意しながら、杏と楓は事情を説明していた。
「そいつぁ、確かに都合がいいな。とりあえず今日集まってもらったのは、パステル王国の事についての再確認だ。俺っちたち聖獣なら、誰もが忘れられない一件だな。そこのイエーロも覚えがあるだろう」
「まあねえ。あの時の私は、ダクネース様のためってずいぶんと楽しませてもらったわ。それにしたって、歯ごたえなさすぎって感じだったわねぇ」
 イエーロは当時の事を思い出しながらそう語った。
「まぁそいつは仕方ねえ。当時はお祭りもあって浮かれてたからな。そこへの強襲、見事だったとしか言いようがねぇ」
「そうね。結局まともに応戦できたのは女王様だけだったもの。あたいらも役立たずだったわね」
「そうね。あたしたちの力はパートナーが居てこそだものね」
 イエーロの言葉にワイス、楓、杏がそれぞれに振り返っていた。
「ここで何も発言しないあたり、お前たちには自覚が足りねえってこったぞ、チェリー、グローリ。そんなだからパステルピンクとパステルシアンの力が発揮できねえんだ」
「どういう事だよ、ワイス」
「そうよ、私たちだって分かってるわよ」
 ワイスに突っ込まれて反論するチェリーとグローリ。この様子を見ていたイエーロはなんとなく事情を察した。
「なるほどねぇ。このピンクと水色のは、あなたたち三人に比べて子どもってわけねぇ。パートナーが居なきゃ力を発揮できないけれど、パートナーを見つけて気が緩んでるってところかしら~?」
「なっ! ボクたちはそんな事ないぞ!」
 イエーロに言われて反論するチェリー。
「だが、現にお前らのパートナーの力は俺っちたちに比べて弱い。このままでいて相方を死なせる事になったらどうするつもりだ?」
 ワイスがチェリーとグローリに顔を近付けて言う。サングラスがきらりと光る。
「ちょっとワイス」
 加熱する論争に、雪路が口を挟む。
「なんだよ、雪路」
「あなた、わたくしにパステル王国の話をほとんどしていませんわよね? ちょうどいいですから、詳しく聞かせてくれません?」
「ああ、分かった。今日はそもそもそれも目的で集まったんだからな。パシモとメルプもいいよな?」
「別に問題ないわよ」
 ワイスが確認すると、杏も楓も首を縦に振っていた。
「長くなるとあれだからな、分かりやすく手短に話させてもらうぜ」
 というわけで、ワイスはパステル王国の成り立ちからモノトーン襲撃による滅亡までをだいぶ端折ってはいたものの、千春、美空、雪路、イエーロに話した。
「ってわけなんだ。そりゃもう、色にあふれたきれいな世界だったぜ」
「……そんな事があったのね」
「チェリーから滅ぼされた時の事は少し聞いてたが、改めて聞くとずいぶんひどいもんだな」
 千春はイエーロを見る。するとイエーロは反省しているのか、黙ったまま視線だけを逸らしていた。
「正直、モノトーンを倒したからといって、女王様が復活して王国が蘇るとは限らねえ。それでも、俺っちたちみたいな悲劇を減らせるのなら、モノトーンを倒すに越した事はねえんだ」
「ええ、だからこそあたいは、内部からの崩壊を狙ったんだ。結果は知っての通りだけどね」
 楓は膝の上の拳を強く握り込んだ。
「事情は分かりましたわ。ですが、このイエーロさんはどうするのかしら」
 雪路が言うと、全員の視線がイエーロに集中する。
「わ、私はもうモノトーンには戻らないわよぉ。信用できないのは分かるんだけど、そんな目で見ないでちょうだい~」
 イエーロはとても焦って反応していた。
「まぁそういうわけだ。モノトーンのこれ以上の侵略を止めるためにも、チェリーとグローリももっと必死になってくれ。こればかりは一致団結しねえと厳しいからな」
「うん、分かったよ」
 最後にワイスが締めたところで、この日の話は終わりとなったのだった。
 はたして聖獣とパートナーたちは、モノトーンのこれ以上の暴挙を止める事ができるのだろうか。この時点ではまだまだ分からなかった。
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