異世界転生者のTSスローライフ

未羊

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第一章 大陸編

第239話 転生者、最大の危機

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 ヒョウムが取った作戦。それは自分自身を魔法の起点として起こす爆発魔法だった。
 しかも、その禁断ともいえる魔法を二重掛けという念の入れよう。純魔族に魔王の座が戻らぬのであるなら、純魔族ごと消え去ろうというなんとも歪んだ考えから来るものだった。
 この魔法の厄介なところは、魔法の発動者が死ぬとその場で発動するという点。しかも、その気になれば術者自身が起爆させることもできる。
 俺みたいな情の厚い連中には効果抜群の魔法だった。

「おらおら、どうした。魔王ともあろう者が防戦一方か? ははっ、実にいい人形だな」

「くそっ!」

 下手に攻撃を仕掛ければ、こいつの思うつぼだ。俺とデザストレは、ヒョウムの攻撃をいなすことしかできなかった。

「デザストレ!」

「なんだ?」

 ここで一か八かの作戦に出る。
 デザストレを集落に向かわせて、俺が時間を稼ぐ間に純魔族を退避させる。頃合いを見て、相打ち覚悟でヒョウムを討ち取るというものだ。

「お前、それじゃお前が……!」

「俺一人の犠牲で済むならそれでいいんだよ。今の俺にとってはどんな魔族も家族同然だ。みんなを守らなきゃいけないんだよ!」

「くっ……。絶対勝ち逃げなど許さぬからな!」

 俺の声を聞いたデザストレが、ドラゴンの姿になって飛び立とうとする。
 だが、このままでは目立ってしまう。どうにかヒョウムの注意を逸らさないとな。

「舞え!」

 俺はその場で風魔法を発動させる。
 土埃を発生させて、ヒョウムの視界を遮るためだ。
 瞬間移動は、さっき使ってしまったためにしばらく使えないとか言いやがるからな。こうやってごまかすしかねえんだよ。

「目くらましのつもりか? はああっ!」

「ぐっ!」

 俺の起こした魔法の風を、ヒョウムは突風を起こして晴れ渡らせようとする。
 でもな、その方向に払ってくれるなら好都合だ。デザストレを追尾するように土埃が舞うからな。
 だが、しばらくは俺からも視線を逸らしてもらうぜ。デザストレの存在を意識から消せるようにな。

「はあっ!」

 ライネスやヴォルフたちと暇を見つけて行っていた体術の成果、ここで見せてやろうじゃないか。

「くっ、肉弾戦か。魔王のくせに予想外の行動を取ってくれるな」

「お前こそ、純魔族の長としてのプライドはねえのかよ。キリエなんて魔王軍の参謀だぞ? 父親として胸を十分張れるだろうが」

「ほざけ、小娘が!」

 前世で見た格闘漫画ばりの肉弾戦かよ。
 まったく、こんな拳での殴り合いを異世界でやるとは思ってもみなかったぜ。
 互いの拳を拳で防いだり、避けて躱したり、俺もよくこれだけ動けるもんだな。獣人の身体能力っていうやつだろうか。
 魔王の力、獣人の能力、転生者チートと組み合わされば、大抵の相手は敵わない。気が付けば俺が徐々にヒョウムを追い詰めていた。

「ぐっ、なんだこの力は……。この俺がまったく歯が立たないとは」

「これでも俺は魔王だぞ。そう簡単に力の差をひっくり返せると思うな!」

 はい、本当はいろんな力の合わせ技なんだよ。
 悪いな、純魔族の長。最初から純粋な力比べでお前には勝ち目はなかったんだ。
 ところがだ。ここで奴はついに最終手段に打って出てきた。

「もはやこれまで!」

 おい、時代劇の悪役のセリフかよ。
 このセリフとともに、ヒョウムは俺めがけて突進を仕掛けてきた。
 ここは魔王として受け止めてやりたいところだが、獣人としての勘がひしひしと悪い予感を感じ取っている。

(ここは躱す一択だな!)

 闘牛士のようにギリギリまで引き付けて、俺はヒョウムの突進をすんでのところで躱す。
 ……躱したはずだった。

「うげっ、なんだこれは」

「ふはははっ! 捕まえたぞ!」

 ヒョウムは高笑いをすると、俺に引っ付けた魔力の綱を引っ張っている。

「くっ、命綱ってわけか」

「その通りよ。貴様の命を奪うための命綱だ!」

 どうにかしようとしていろいろ試してみるが、まったくもってちぎれねえ。

「無駄だ。俺の執念を魔力で具現化したものだからな。お前を決して離すことはないぞ、わーっはっはっはっ!」

「嫌だなぁ、そういう告白はよ。もっと雰囲気のある方がいいぜ」

「ほざけ!」

 ヒョウムが魔力の綱を引っ張って、俺を近くに引き寄せようとする。
 おそらく近くまで寄れば、ヒョウムは俺に羽交い絞めになって魔法を発動させるだろう。
 まったく、自爆魔法をゼロ距離で食らうわけにはいかない。さすがの俺でもただじゃすまないだろうな。
 必死に抵抗を試みるが、引っ張る力が強くなっていっている。心に強さが比例するのかよ。

「さあ、俺と一緒に死ぬがいい、汚らわしい魔王よ!」

「どっちが汚らわしいんだよ、この野郎!」

 いくら抵抗しても、俺はじわじわとヒョウムに引き寄せられていく。
 くそっ、このままじゃいけない。そう思った時だった。

「みゃああっ!!」

 猫の鳴き声が響き渡る。

「ぶべっ!」

 それと同時に、ヒョウムはその肉球に踏みつぶされていた。

「まったく、私の近くで厄介な魔力を放つんじゃないのにゃ!」

「え、エイミー?」

「そうにゃ。調和のエイミー様の登場にゃ!」

 俺のピンチに颯爽と現れたのは、東方帝国の皇帝の補佐を務めるエイミーだった。
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