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第68話 夕食の攻防
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迎えた夕食の席。
私たちは予想外にも国王と距離の近い位置に座らされた。いや、平民なんですけどね、私たち。
「魔族を打ち倒した英雄と、その親類の魔物使いだ。私たち王族と近い場所でも問題はあるまい」
「は、はあ。お、おそれ多いです……」
緊張のあまり、私はまともな返事ができなかった。
私の気の抜けた答えに、国王は私の膝の上のティコをじっと見ている。
「あの猛獣マンティコアとは思えないくらいおとなしいな。どうやって手懐けた?」
「実は、解毒ポーションを作るのにマンティコアの血が必要でして、それで採取していたのがこの子の血だったんですね。採取を終えて傷を治してあげると、このように懐いてしまったんです」
「なんと?!」
理由を聞くと、国王もお兄ちゃんもものすごい顔で驚いている。
言っている私が信じられないのだから、こういう反応になっちゃうのかしら。
「最初はもちろん怖かったですよ。私が死んだ原因でしたから。でも、今だとこの子は可愛くて仕方ないんです。まるで猫を飼っている気分なんですよ」
私が撫でてやると、ティコは全力で甘えてきた。その可愛さに、私はすっかり魅せられてしまっていた。
「ああ、ティコってば可愛いわ」
「……君の妹はああいう感じなのかね」
「可愛いものが好きっていうのは、昔もですよ」
全部聞こえてるわよ。
でも、ティコは可愛いし頭もいいから、どうしても構いたくなっちゃう。
「あの、魔物の餌はこちらでよろしいでしょうか」
「あ、はい。床で大丈夫です。ほら、ティコ。お肉だよ」
「にゃうん」
椅子を引いてもらった私は、ティコに餌を見せる。どう見ても生肉だけど、魔物なら普段はよく食べているもの。
念のため鑑定をしてみるけど、特に問題はないものだった。
「なんともイメージが変わってくる光景だな」
国王はあごをずっとさすっていた。
「それはそれとして、どうして君はここまでやって来たんだね。魔族に魔物となれば、攻撃されても致し方ない存在なのだぞ?」
「それはですね……」
国王に問われて、私はちらりとお兄ちゃんを見る。
急に見られたものだから、何か嫌そうな表情をしていたので、私は正直に話すことにした。
「実はですね、お兄ちゃんってすごく方向音痴なんです。私のところまでやって来たのはいいものの、帰れそうな気がしなかったので送り届けに来たんです」
「お、おい」
「お兄ちゃんは黙ってて!」
「あ、はい……」
私が大声で睨みつけると、お兄ちゃんはおとなしくなっていた。
ともかく、お兄ちゃんがオークたちのところへやって来てからの話を全部してあげた。正直、話をしているこっちが恥ずかしい。
「おやおや、国を救ってくれた救世主に、思わぬ欠点があったのだな。いやはや、少々安心したというものよ」
「は、はあ……。お恥ずかしいかぎりです」
国王に対して、顔が真っ赤になっているお兄ちゃん。ちょっとしたお返しができて、私はちょっと満足げにしていた。
「それで、明日はお兄ちゃんを今住んでいる場所まで送りたいんですけれど、場所は分かりますでしょうか」
「そのくらいなら簡単だ。それよりもだ、ちょっといいかな?」
「は、はい。なんでしょうか」
お兄ちゃんを家まで送れると安心したのも束の間、国王が私に何かを聞きたがっているようだった。
「魔物使いとして我が国に住むつもりはないかね?」
「それは……」
やっぱりかと、私は表情を曇らせる。
せっかくのお誘いなのだけれども、私の心は既に決まっている。
一度目を閉じると、はっきりと国王を見て答えを返す。
「お言葉ではございますが、今の私は隣国の国内の住民でございます。それと、別の魔族の下でこき使われてきましたので、できれば一人でのんびりと暮らしたいと考えています」
「ふむ……」
「今の私は錬金術が使えますし、必要でしたらポーションを納品するくらいの仕事でご勘弁を願いたいですね」
「そうか、それは残念だな」
お抱え魔物使いになる気なんてないとはっきり言うと、国王はしゅんと落ち込んでいた。
ところが、それに代わって反応してきたのは、国王の妻、つまりは王妃だった。
「ちょっと待って下さい。錬金術にポーションですって?!」
「え、ええ。そうですけれど」
「どうしたのだ、王妃よ」
「陛下、錬金術が使える子を手放すなんてもったいないです。保護しましょう」
「いや、錬金術が何かは分からんが、さっきこの子が言っておったであろう。この子は今隣国の庇護下にある。無理に独断で引き抜こうとすると、隣国との間で揉め事になるぞ」
「でしたら、隣国にすぐさま使いでも出せばいいのです。このような逸材、そうそう出会えるものではないですよ!」
王妃はかなり熱を上げているようだ。
それにしても、反応を見る限り、錬金術に造詣があるように思える。
しかし、国王が必死に説得したことで、王妃はやむなくここでの勧誘は引き下がってくれた。
すごく怖かったわ。
翌朝、王家が用意してくれた馬車で、私たちはいよいよお兄ちゃんが今住んでいる場所に向かうことになった。
ティコは目立つし、往来で人を怖がらせてはいけないということで、普通の猫に擬態して私の膝の上で抱かれている。
お兄ちゃんは今、一体どんな場所でどんな生活をしているのだろうか。
出発の準備が着々と進められていた。
私たちは予想外にも国王と距離の近い位置に座らされた。いや、平民なんですけどね、私たち。
「魔族を打ち倒した英雄と、その親類の魔物使いだ。私たち王族と近い場所でも問題はあるまい」
「は、はあ。お、おそれ多いです……」
緊張のあまり、私はまともな返事ができなかった。
私の気の抜けた答えに、国王は私の膝の上のティコをじっと見ている。
「あの猛獣マンティコアとは思えないくらいおとなしいな。どうやって手懐けた?」
「実は、解毒ポーションを作るのにマンティコアの血が必要でして、それで採取していたのがこの子の血だったんですね。採取を終えて傷を治してあげると、このように懐いてしまったんです」
「なんと?!」
理由を聞くと、国王もお兄ちゃんもものすごい顔で驚いている。
言っている私が信じられないのだから、こういう反応になっちゃうのかしら。
「最初はもちろん怖かったですよ。私が死んだ原因でしたから。でも、今だとこの子は可愛くて仕方ないんです。まるで猫を飼っている気分なんですよ」
私が撫でてやると、ティコは全力で甘えてきた。その可愛さに、私はすっかり魅せられてしまっていた。
「ああ、ティコってば可愛いわ」
「……君の妹はああいう感じなのかね」
「可愛いものが好きっていうのは、昔もですよ」
全部聞こえてるわよ。
でも、ティコは可愛いし頭もいいから、どうしても構いたくなっちゃう。
「あの、魔物の餌はこちらでよろしいでしょうか」
「あ、はい。床で大丈夫です。ほら、ティコ。お肉だよ」
「にゃうん」
椅子を引いてもらった私は、ティコに餌を見せる。どう見ても生肉だけど、魔物なら普段はよく食べているもの。
念のため鑑定をしてみるけど、特に問題はないものだった。
「なんともイメージが変わってくる光景だな」
国王はあごをずっとさすっていた。
「それはそれとして、どうして君はここまでやって来たんだね。魔族に魔物となれば、攻撃されても致し方ない存在なのだぞ?」
「それはですね……」
国王に問われて、私はちらりとお兄ちゃんを見る。
急に見られたものだから、何か嫌そうな表情をしていたので、私は正直に話すことにした。
「実はですね、お兄ちゃんってすごく方向音痴なんです。私のところまでやって来たのはいいものの、帰れそうな気がしなかったので送り届けに来たんです」
「お、おい」
「お兄ちゃんは黙ってて!」
「あ、はい……」
私が大声で睨みつけると、お兄ちゃんはおとなしくなっていた。
ともかく、お兄ちゃんがオークたちのところへやって来てからの話を全部してあげた。正直、話をしているこっちが恥ずかしい。
「おやおや、国を救ってくれた救世主に、思わぬ欠点があったのだな。いやはや、少々安心したというものよ」
「は、はあ……。お恥ずかしいかぎりです」
国王に対して、顔が真っ赤になっているお兄ちゃん。ちょっとしたお返しができて、私はちょっと満足げにしていた。
「それで、明日はお兄ちゃんを今住んでいる場所まで送りたいんですけれど、場所は分かりますでしょうか」
「そのくらいなら簡単だ。それよりもだ、ちょっといいかな?」
「は、はい。なんでしょうか」
お兄ちゃんを家まで送れると安心したのも束の間、国王が私に何かを聞きたがっているようだった。
「魔物使いとして我が国に住むつもりはないかね?」
「それは……」
やっぱりかと、私は表情を曇らせる。
せっかくのお誘いなのだけれども、私の心は既に決まっている。
一度目を閉じると、はっきりと国王を見て答えを返す。
「お言葉ではございますが、今の私は隣国の国内の住民でございます。それと、別の魔族の下でこき使われてきましたので、できれば一人でのんびりと暮らしたいと考えています」
「ふむ……」
「今の私は錬金術が使えますし、必要でしたらポーションを納品するくらいの仕事でご勘弁を願いたいですね」
「そうか、それは残念だな」
お抱え魔物使いになる気なんてないとはっきり言うと、国王はしゅんと落ち込んでいた。
ところが、それに代わって反応してきたのは、国王の妻、つまりは王妃だった。
「ちょっと待って下さい。錬金術にポーションですって?!」
「え、ええ。そうですけれど」
「どうしたのだ、王妃よ」
「陛下、錬金術が使える子を手放すなんてもったいないです。保護しましょう」
「いや、錬金術が何かは分からんが、さっきこの子が言っておったであろう。この子は今隣国の庇護下にある。無理に独断で引き抜こうとすると、隣国との間で揉め事になるぞ」
「でしたら、隣国にすぐさま使いでも出せばいいのです。このような逸材、そうそう出会えるものではないですよ!」
王妃はかなり熱を上げているようだ。
それにしても、反応を見る限り、錬金術に造詣があるように思える。
しかし、国王が必死に説得したことで、王妃はやむなくここでの勧誘は引き下がってくれた。
すごく怖かったわ。
翌朝、王家が用意してくれた馬車で、私たちはいよいよお兄ちゃんが今住んでいる場所に向かうことになった。
ティコは目立つし、往来で人を怖がらせてはいけないということで、普通の猫に擬態して私の膝の上で抱かれている。
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出発の準備が着々と進められていた。
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