追放魔族のまったり生活

未羊

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第69話 家族の心

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 お兄ちゃんと馬車の中で待機していると、馬車の扉が開いて女性二人が姿を見せた。一人は大人、一人は子ども。見た印象から親子かなと思った。

「おかえりなさい、あなた」

「あ、ああ、ただいま。悪い、様子を見に行くのを忘れてしまっていたな」

「パパ、お帰り」

「ああ、ただいま」

 少女はお兄ちゃんにぴょんと飛びついていた。
 会話の内容からするに、お兄ちゃんの奥さんと娘さんのようだった。
 って、お兄ちゃんっていつの間に……?
 私がついじっと見てしまうと、お兄ちゃんがじろりと私の方を睨んできた。

「アイラ、紹介するよ。俺の妻のセティスと娘のコリンだ」

「セティスです。……って、アイラさんですね。懐かしいですね」

「えっ、私を知っているんですか」

 思わず驚いてしまう。
 私は必死に思い出そうとしている。
 セティス……セティス……。う~ん、どこかで聞いたことがあるような。

「何か変な角はついてますけど、あの時の姿そのままなので思い出せました。ほら、町の宿屋の近くのパン屋ですよ」

「パン屋?」

 私はもう一度思い出そうとする。
 確かに、町の宿屋の近くにはパン屋があった。今はその場所にはパン屋はないけれどね。

「はっ! 私の一個年下だったパン屋の娘さん?」

 急に思い出した。そうよ、パン屋の娘さんのセティスちゃんだわ。
 あのセティスちゃんが、お兄ちゃんのお嫁さんだなんて驚きだわ。

「そう、その娘さんですよ。でも、死んだって聞いたのに、どうして……」

「あ、うん……。いろいろあって魔族として生き返ったのよ。今はここの隣国の森の中で、この子と暮らしてるわ」

「にゃうう」

 話をしながら、私はティコの頭を撫でている。

「可愛いけど、この姿って見たことがある気が……」

「まあ、そうよね。町を最初に壊滅させた魔物だからね、ティコの種族は」

「やっぱり、マンティコアなのね」

 セティスちゃんの言葉に、私は目を逸らす。

「ママ?」

「気にしないで、ちょっと昔を思い出しただけだから」

 少し気まずい雰囲気になって黙り込んでしまう私たち。セティスちゃんの娘さんはどうしたらいいのかと困っているようだ。
 そこへ、兵士がやって来る。

「準備ができましたので、出発します」

「分かった。出してくれ」

「はっ」

 兵士が扉を閉めてしばらくすると、馬車ががたりと動き出す。
 不思議なことに、マンティコアがいるというのに馬もよく平然としているものだ。
 マンティコアにかかれば、馬も一飲みとまではいかなくても致命傷を負う。そのくらいに強力な魔物なのだ。
 多分、私に懐いたことで、ティコからはマンティコアの持つ荒々しい雰囲気が消えたのかもしれない。

「ねえ、お姉さん」

「うん、なにかな。えっと、コリンちゃんだっけ」

「うん、コリンだよ」

 名前を呼ぶと、コリンちゃんがすごく笑顔を見せてくる。見た感じはセティスちゃんに似た感じかな。お兄ちゃんと似たところが一つもないわ。
 私がじっとコリンちゃんを見ていると、お兄ちゃんの視線が感じられた、なにかしらね。

「お兄ちゃん、どうしたのよ」

「別に」

 お兄ちゃんはそういうと、ふいっと顔をよそに向けてしまった。一体何なのかしら。

「ふふっ、ごめんなさいね。娘に構ってもらえなくて拗ねてるのよ」

「妹に嫉妬してるの?」

 セティスちゃんの言葉に、私はばっと顔を上げてお兄ちゃんを見る。お兄ちゃんは黙ったまま馬車の外へと視線を向けていた。

「呆れたわぁ……」

 さすがに私は言葉にならなかった。
 その後は、今のお兄ちゃんたちの家に戻るまでの間、適当に話をして過ごしたのだった。

 お城から馬車で一日ちょっと、ようやく目的地に着いたようだ。

「ここが今のセティスちゃんたちの住む場所?」

「ええ。ここでパンを焼いてるんですよ。私の両親ほどのものはまだ焼けませんけれどね」

「あ、だったら、私も手伝ってもいいかな。宿屋に卸してもらってたあのパン、私も好きだったから」

「ええ、いいですよ。コリンもする?」

「うん!」

 お兄ちゃんたちの暮らす村までやって来た私は、早速村の見学ではなく、セティスちゃんとコリンちゃんと一緒にパンを焼いて過ごしたのだった。

 翌日、私は兵士たちに伝えて家に戻ることにした。

「陛下にははっきりお断りをしたことをお伝えください。私はもう、一人でのんびり過ごすと決めたんですから」

「しかし……」

 食い下がってくる兵士たちを前に、私はティコを元の大きさに戻す。

「ひっ!」

 兵士たちはびびって腰を抜かしていた。

「おお、ティコちゃん、大きい」

「がるん」

 コリンちゃんの声に、ティコは嬉しそうに鳴いていた。

「うんうん、よしよし」

 私が撫でると、ティコは私に頬をこすりつけてくる。
 さすがにあの時の襲撃の被害者であるセティスちゃんは怖がってるわね。しょうがないわ。

「また気が向いたら来るわね。ティコの速さなら、一日でも来れるから」

「え、ええ。楽しみにしていますよ、アイラ」

 驚きのためか、ちょっと心がこもっていない返事だった。思わず私は笑ってしまう。
 ティコの顔を撫でながら、私はお兄ちゃんたち一家をじっと眺めていた。

「お前たち」

「はい!」

「妹に何かあったら、俺も今後は依頼を聞かないかもしれないからな。家族には誰にも手出しはさせない」

「はっ、陛下に伝えておきます!」

 お兄ちゃんの睨みで、兵士たちは慌てて帰っていった。

「お兄ちゃん、あんなこと言って大丈夫なの?」

「いいんだよ。どうせ俺もそんなに戦えたもんじゃないし、依頼を断る口実は作りたかったからな。自分の体のことは自分が一番分かっているさ」

「お兄ちゃん……」

「そんなにしんみりするなよ。俺には家族がいるんだからな。お前も元気でいてもらわないと、心配でたまらないぜ」

「そうだね、分かったわ」

 私とお兄ちゃんは笑顔でしばらく見つめ合っていた。
 セティスちゃんとコリンちゃんとも挨拶をした私は、ティコの背中に乗る。

「それじゃ、また会いましょうね」

 そう告げた私は、ふわりと空に舞い上がったのだった。
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