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新章 番外編集
番外編 青に満たされた時
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スミレ。
それは、運命に抗った一人の女性に付き添い続けた従者の名前だった。
その正体は、時の幻獣クロノア。時を統べる神獣のクロノスの娘である。
時渡りの秘法を発動させた一人の侍女に協力し、時に見守り、時に手を貸しながら、その女性の願いを叶えるために奔走してきた。
いつしかその女性に情が湧き、本来中立であるべき厳重の立場を逸脱してしまう。
女性を転生させ、新たな人生を歩ませることには成功したが、それが新たな問題を引き起こす。
役目を果たし、消え去るはずだった時渡りの秘法を暴走させてしまったのだ。
そのことを反省し、女性を助けるために尽力したクロノアは、苦労の果てに女性を本格的に救うことに成功したのだった。
―――
無事に結婚式を挙げ、改めたアイヴォリー王国の王太子妃となったシアンは女王教育を受けている。
半年ほど経ったある日のことだった。
「ふぅ、やはりスミレの入れた紅茶は格別ですね」
「お褒め頂き恐縮でございます、シアン様」
時渡りの秘法の暴走を鎮め、すべての呪縛から解き放たれた二人は、くつろぎのティータイムを過ごしている。
本来ならば女王教育はかなり厳しいものではあるのだが、シアンがかなり優秀だったせいか、かなり速いペースで消化できている。そのため、このような余裕が生まれているのである。
「ふふっ、このように祖国の地で暮らしていけているなんて、思ってもみませんでした」
「そうですね。そもそもは時渡りの秘法が役目を終えたところで、一緒に消え去るはずでしたからね」
「あら、一体誰のせいでこんなことになっているのかしらね」
「……私のせいでございます」
淡々と話すスミレに対し、シアンは意地悪を言ってみている。こんなことを言えるくらい、今のシアンには余裕があった。
「それにしても、ヒスイ様ってば、結局ムー王国に行かれてしまいましたね」
「そうでございますね。魔法一門の人間として、魔道具を極めるのだと、かなり意気込んでらっしゃいましたね」
「私がアイヴォリー王国の王太子妃になったから、自分の役目を終えたと思ったのでしょうね」
紅茶の入ったカップを置くと、シアンはため息をひとつつく。
「でも、それが望みだというのならば、私は引きとめはしません。散々わがままを叶えてきた私が引きとめては、罰が当たるというものでしょう?」
シアンはスミレを見ながら、恥ずかしそうにはにかんでいた。その表情にスミレは思わず笑ってしまう。
「本当でございますね。私もわがままをやらかしてきた身ゆえ、とやかく言えませんけれど」
「そういえばそうでしたね」
シアンも笑ってしまっていた。
「思えば、私たちの付き合いも長くなりましたね」
「そうでございますね。もう四十年くらいにはなりますかね」
「ええ、私がマゼンダ侯爵家の門を叩いた頃に戻りましたから、そのくらいでしょうかね」
どうやら時渡りの秘法で戻ったのは、ロゼリアとの出会いの時だったようである。
「ここまでの付き合いになるとは、思ってもみませんでしたね」
「それは私もですよ、スミレ。少なくともあなたは幻獣なのですから、ひとところに留まり続けるなんて考えられなかったでしょうからね」
「それは、間違いありませんね」
二人でしみじみしていると、扉が叩かれる。
「シアン様、授業を再開いたしますので、ご準備願います」
どうやら、女王教育の休憩時間が終わってしまったようだ。
「それでは、私は行ってまいりますので、スミレは他の方を手伝うなり、自由にしていて下さい」
「承知致しました。行ってらっしゃいませ、シアン様」
スミレが深々と頭を下げる中、シアンは女王教育を受けに部屋を出ていったのだった。
部屋に一人残ったスミレは窓の外から空を眺めている。
ふうっとため息をつくと、思いもしなかった声が聞こえてきた。
「おやおや、君がそんな風にため息をつくとは意外だねえ」
「うるさいですよ、ケットシー。私が感傷に浸っていた何が悪いのですか」
せっかくの気分を台無しにされたスミレは、振り返って突然現れた人物に愚痴をこぼしている。
「いやあ、君もずいぶんと人間に感化されちゃったなと、からかいに来たんだよ」
「帰って下さい。大体あなたはモスグリネの商業組合の会長でしょうが。何を勝手に抜けてきているのですか」
「はっはっはっ、優秀な右腕がいるから問題ないよ」
まったく動じないケットシーに、頭が痛くて仕方がない。まともに相手にするだけ無駄だと、スミレは諦めた。
「で、君はいつまでここにいるつもりだい」
「いつって……、シアン様が亡くなられるまでですよ。私は決めたのです。時渡りの秘法を使った人物を、最後まで見届けると」
「そうかいそうかい。君がそう決めたんならそれでいいよ。親父さんへはボクが話をつけておくから、気の済むまでいるといいよ」
「……何か企んでますか?」
「なにも? ただ面白いからさ」
訝しむスミレに対して、ケットシーはただ笑って答えるだけだった。
「それじゃ、ボクは帰るよ。君のその言葉が聞けて満足だ」
ケットシーは言葉通り、その場から姿を消してしまった。
「……何しに来たのですか、あの猫は」
呆れるスミレだが、その顔は確かに嬉しそうに笑っていた。
時の幻獣クロノア。
彼女はシアンの侍女スミレとして、献身的に仕え続けた。
そして、偉大なる侍女として、アイヴォリー王国の歴史に名を刻んだのである。
それは、運命に抗った一人の女性に付き添い続けた従者の名前だった。
その正体は、時の幻獣クロノア。時を統べる神獣のクロノスの娘である。
時渡りの秘法を発動させた一人の侍女に協力し、時に見守り、時に手を貸しながら、その女性の願いを叶えるために奔走してきた。
いつしかその女性に情が湧き、本来中立であるべき厳重の立場を逸脱してしまう。
女性を転生させ、新たな人生を歩ませることには成功したが、それが新たな問題を引き起こす。
役目を果たし、消え去るはずだった時渡りの秘法を暴走させてしまったのだ。
そのことを反省し、女性を助けるために尽力したクロノアは、苦労の果てに女性を本格的に救うことに成功したのだった。
―――
無事に結婚式を挙げ、改めたアイヴォリー王国の王太子妃となったシアンは女王教育を受けている。
半年ほど経ったある日のことだった。
「ふぅ、やはりスミレの入れた紅茶は格別ですね」
「お褒め頂き恐縮でございます、シアン様」
時渡りの秘法の暴走を鎮め、すべての呪縛から解き放たれた二人は、くつろぎのティータイムを過ごしている。
本来ならば女王教育はかなり厳しいものではあるのだが、シアンがかなり優秀だったせいか、かなり速いペースで消化できている。そのため、このような余裕が生まれているのである。
「ふふっ、このように祖国の地で暮らしていけているなんて、思ってもみませんでした」
「そうですね。そもそもは時渡りの秘法が役目を終えたところで、一緒に消え去るはずでしたからね」
「あら、一体誰のせいでこんなことになっているのかしらね」
「……私のせいでございます」
淡々と話すスミレに対し、シアンは意地悪を言ってみている。こんなことを言えるくらい、今のシアンには余裕があった。
「それにしても、ヒスイ様ってば、結局ムー王国に行かれてしまいましたね」
「そうでございますね。魔法一門の人間として、魔道具を極めるのだと、かなり意気込んでらっしゃいましたね」
「私がアイヴォリー王国の王太子妃になったから、自分の役目を終えたと思ったのでしょうね」
紅茶の入ったカップを置くと、シアンはため息をひとつつく。
「でも、それが望みだというのならば、私は引きとめはしません。散々わがままを叶えてきた私が引きとめては、罰が当たるというものでしょう?」
シアンはスミレを見ながら、恥ずかしそうにはにかんでいた。その表情にスミレは思わず笑ってしまう。
「本当でございますね。私もわがままをやらかしてきた身ゆえ、とやかく言えませんけれど」
「そういえばそうでしたね」
シアンも笑ってしまっていた。
「思えば、私たちの付き合いも長くなりましたね」
「そうでございますね。もう四十年くらいにはなりますかね」
「ええ、私がマゼンダ侯爵家の門を叩いた頃に戻りましたから、そのくらいでしょうかね」
どうやら時渡りの秘法で戻ったのは、ロゼリアとの出会いの時だったようである。
「ここまでの付き合いになるとは、思ってもみませんでしたね」
「それは私もですよ、スミレ。少なくともあなたは幻獣なのですから、ひとところに留まり続けるなんて考えられなかったでしょうからね」
「それは、間違いありませんね」
二人でしみじみしていると、扉が叩かれる。
「シアン様、授業を再開いたしますので、ご準備願います」
どうやら、女王教育の休憩時間が終わってしまったようだ。
「それでは、私は行ってまいりますので、スミレは他の方を手伝うなり、自由にしていて下さい」
「承知致しました。行ってらっしゃいませ、シアン様」
スミレが深々と頭を下げる中、シアンは女王教育を受けに部屋を出ていったのだった。
部屋に一人残ったスミレは窓の外から空を眺めている。
ふうっとため息をつくと、思いもしなかった声が聞こえてきた。
「おやおや、君がそんな風にため息をつくとは意外だねえ」
「うるさいですよ、ケットシー。私が感傷に浸っていた何が悪いのですか」
せっかくの気分を台無しにされたスミレは、振り返って突然現れた人物に愚痴をこぼしている。
「いやあ、君もずいぶんと人間に感化されちゃったなと、からかいに来たんだよ」
「帰って下さい。大体あなたはモスグリネの商業組合の会長でしょうが。何を勝手に抜けてきているのですか」
「はっはっはっ、優秀な右腕がいるから問題ないよ」
まったく動じないケットシーに、頭が痛くて仕方がない。まともに相手にするだけ無駄だと、スミレは諦めた。
「で、君はいつまでここにいるつもりだい」
「いつって……、シアン様が亡くなられるまでですよ。私は決めたのです。時渡りの秘法を使った人物を、最後まで見届けると」
「そうかいそうかい。君がそう決めたんならそれでいいよ。親父さんへはボクが話をつけておくから、気の済むまでいるといいよ」
「……何か企んでますか?」
「なにも? ただ面白いからさ」
訝しむスミレに対して、ケットシーはただ笑って答えるだけだった。
「それじゃ、ボクは帰るよ。君のその言葉が聞けて満足だ」
ケットシーは言葉通り、その場から姿を消してしまった。
「……何しに来たのですか、あの猫は」
呆れるスミレだが、その顔は確かに嬉しそうに笑っていた。
時の幻獣クロノア。
彼女はシアンの侍女スミレとして、献身的に仕え続けた。
そして、偉大なる侍女として、アイヴォリー王国の歴史に名を刻んだのである。
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