逆行令嬢と転生ヒロイン

未羊

文字の大きさ
731 / 731
新章 番外編集

番外編 青に満たされた時

しおりを挟む
 スミレ。
 それは、運命に抗った一人の女性に付き添い続けた従者の名前だった。
 その正体は、時の幻獣クロノア。時を統べる神獣のクロノスの娘である。
 時渡りの秘法を発動させた一人の侍女に協力し、時に見守り、時に手を貸しながら、その女性の願いを叶えるために奔走してきた。
 いつしかその女性に情が湧き、本来中立であるべき厳重の立場を逸脱してしまう。
 女性を転生させ、新たな人生を歩ませることには成功したが、それが新たな問題を引き起こす。
 役目を果たし、消え去るはずだった時渡りの秘法を暴走させてしまったのだ。
 そのことを反省し、女性を助けるために尽力したクロノアは、苦労の果てに女性を本格的に救うことに成功したのだった。

 ―――

 無事に結婚式を挙げ、改めたアイヴォリー王国の王太子妃となったシアンは女王教育を受けている。
 半年ほど経ったある日のことだった。
「ふぅ、やはりスミレの入れた紅茶は格別ですね」
「お褒め頂き恐縮でございます、シアン様」
 時渡りの秘法の暴走を鎮め、すべての呪縛から解き放たれた二人は、くつろぎのティータイムを過ごしている。
 本来ならば女王教育はかなり厳しいものではあるのだが、シアンがかなり優秀だったせいか、かなり速いペースで消化できている。そのため、このような余裕が生まれているのである。
「ふふっ、このように祖国の地で暮らしていけているなんて、思ってもみませんでした」
「そうですね。そもそもは時渡りの秘法が役目を終えたところで、一緒に消え去るはずでしたからね」
「あら、一体誰のせいでこんなことになっているのかしらね」
「……私のせいでございます」
 淡々と話すスミレに対し、シアンは意地悪を言ってみている。こんなことを言えるくらい、今のシアンには余裕があった。
「それにしても、ヒスイ様ってば、結局ムー王国に行かれてしまいましたね」
「そうでございますね。魔法一門の人間として、魔道具を極めるのだと、かなり意気込んでらっしゃいましたね」
「私がアイヴォリー王国の王太子妃になったから、自分の役目を終えたと思ったのでしょうね」
 紅茶の入ったカップを置くと、シアンはため息をひとつつく。
「でも、それが望みだというのならば、私は引きとめはしません。散々わがままを叶えてきた私が引きとめては、罰が当たるというものでしょう?」
 シアンはスミレを見ながら、恥ずかしそうにはにかんでいた。その表情にスミレは思わず笑ってしまう。
「本当でございますね。私もわがままをやらかしてきた身ゆえ、とやかく言えませんけれど」
「そういえばそうでしたね」
 シアンも笑ってしまっていた。
「思えば、私たちの付き合いも長くなりましたね」
「そうでございますね。もう四十年くらいにはなりますかね」
「ええ、私がマゼンダ侯爵家の門を叩いた頃に戻りましたから、そのくらいでしょうかね」
 どうやら時渡りの秘法で戻ったのは、ロゼリアとの出会いの時だったようである。
「ここまでの付き合いになるとは、思ってもみませんでしたね」
「それは私もですよ、スミレ。少なくともあなたは幻獣なのですから、ひとところに留まり続けるなんて考えられなかったでしょうからね」
「それは、間違いありませんね」
 二人でしみじみしていると、扉が叩かれる。
「シアン様、授業を再開いたしますので、ご準備願います」
 どうやら、女王教育の休憩時間が終わってしまったようだ。
「それでは、私は行ってまいりますので、スミレは他の方を手伝うなり、自由にしていて下さい」
「承知致しました。行ってらっしゃいませ、シアン様」
 スミレが深々と頭を下げる中、シアンは女王教育を受けに部屋を出ていったのだった。

 部屋に一人残ったスミレは窓の外から空を眺めている。
 ふうっとため息をつくと、思いもしなかった声が聞こえてきた。
「おやおや、君がそんな風にため息をつくとは意外だねえ」
「うるさいですよ、ケットシー。私が感傷に浸っていた何が悪いのですか」
 せっかくの気分を台無しにされたスミレは、振り返って突然現れた人物に愚痴をこぼしている。
「いやあ、君もずいぶんと人間に感化されちゃったなと、からかいに来たんだよ」
「帰って下さい。大体あなたはモスグリネの商業組合の会長でしょうが。何を勝手に抜けてきているのですか」
「はっはっはっ、優秀な右腕がいるから問題ないよ」
 まったく動じないケットシーに、頭が痛くて仕方がない。まともに相手にするだけ無駄だと、スミレは諦めた。
「で、君はいつまでここにいるつもりだい」
「いつって……、シアン様が亡くなられるまでですよ。私は決めたのです。時渡りの秘法を使った人物を、最後まで見届けると」
「そうかいそうかい。君がそう決めたんならそれでいいよ。親父さんへはボクが話をつけておくから、気の済むまでいるといいよ」
「……何か企んでますか?」
「なにも? ただ面白いからさ」
 訝しむスミレに対して、ケットシーはただ笑って答えるだけだった。
「それじゃ、ボクは帰るよ。君のその言葉が聞けて満足だ」
 ケットシーは言葉通り、その場から姿を消してしまった。
「……何しに来たのですか、あの猫は」
 呆れるスミレだが、その顔は確かに嬉しそうに笑っていた。

 時の幻獣クロノア。
 彼女はシアンの侍女スミレとして、献身的に仕え続けた。
 そして、偉大なる侍女として、アイヴォリー王国の歴史に名を刻んだのである。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

転生してチートを手に入れました!!生まれた時から精霊王に囲まれてます…やだ

如月花恋
ファンタジー
…目の前がめっちゃ明るくなったと思ったら今度は…真っ白? 「え~…大丈夫?」 …大丈夫じゃないです というかあなた誰? 「神。ごめんね~?合コンしてたら死んじゃってた~」 …合…コン 私の死因…神様の合コン… …かない 「てことで…好きな所に転生していいよ!!」 好きな所…転生 じゃ異世界で 「異世界ってそんな子供みたいな…」 子供だし 小2 「まっいっか。分かった。知り合いのところ送るね」 よろです 魔法使えるところがいいな 「更に注文!?」 …神様のせいで死んだのに… 「あぁ!!分かりました!!」 やたね 「君…結構策士だな」 そう? 作戦とかは楽しいけど… 「う~ん…だったらあそこでも大丈夫かな。ちょうど人が足りないって言ってたし」 …あそこ? 「…うん。君ならやれるよ。頑張って」 …んな他人事みたいな… 「あ。爵位は結構高めだからね」 しゃくい…? 「じゃ!!」 え? ちょ…しゃくいの説明ぃぃぃぃ!!

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

こちらの異世界で頑張ります

kotaro
ファンタジー
原 雪は、初出勤で事故にあい死亡する。神様に第二の人生を授かり幼女の姿で 魔の森に降り立つ 其処で獣魔となるフェンリルと出合い後の保護者となる冒険者と出合う。 様々の事が起こり解決していく

転生先ではゆっくりと生きたい

ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。 事故で死んだ明彦が出会ったのは…… 転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた 小説家になろうでも連載中です。 なろうの方が話数が多いです。 https://ncode.syosetu.com/n8964gh/

処理中です...