148 / 731
第七章 一年次・後半
第146話 不穏な動き
しおりを挟む
「くそっ! なんだあのバカでかい狼はっ! 仕掛けておいた罠も潰されて、無駄打ちになったではないかっ!」
三十代半ばの貴族の男が喚いている。
「アイリスは役立たずな上に死におって……。ヴィオレスは楯突いて出ていきおった。まったく、我が子ながらクズだなっ!」
頭を抱えたり、部屋をうろうろしたりして騒いでいるのはパープリア男爵だった。
王子を殺そうとして策略を立てたにもかかわらず、ことごとく失敗。学園の行事に乗っかって事を運ぼうとしたのだが、そのすべてを阻まれて怒り心頭なのである。
それにしても、我が子をクズ呼ばわりとは、父親はろくでもない男のようだ。
「マゼンダとコーラルの小娘共がっ!!!」
その失敗の影に、ロゼリア、チェリシア、ペシエラの三人が居る事は、パープリア男爵は密偵の報告で把握していた。しかし、邪魔な三人を葬ろうにも、隙が無さすぎて実行できないでいた。なにせ近付く事すらできないのだから。
だからといって、その近辺にも工作を仕掛けようと試みた。しかし、そちらもうまくいかない。話術で巧みに騙そうとしても、どういうわけか看破されるわ論破されるわである。
こうなってくると、裏社会のボスたる男のプライドはズタズタであった。
パープリア男爵家は、何代か前の当主が武勲を上げた事により誕生した、比較的若い叩き上げの家柄である。しかし、その時の当主も含め、野心の高い血脈でもあった。
男爵位を得た男も、本来はアイヴォリー王国を滅ぼすつもりだったはずの傭兵崩れである。それなのに何を間違ったか、偶然が重なって当時の王国を救う事になり、男爵位を得たというわけだ。
なので、外聞では忠誠を誓っているように見せかけて、その実は国家転覆を諦めていない、というわけである。
「伝手を使っていろいろと魔法装具も手に入れたが、まったく、使う奴がカスだと意味がないな……」
パープリアは男爵は爪を噛んでいる。相当にイラついている事が分かる。
「まったく、偶然知ったとはいえ、これでは何のために神獣使いの血筋を引き入れたのかも分からぬ。あやつもまったく邪魔せぬとはいえ協力もせぬし、何を考えておるのだ……」
パープリア男爵はイライラを募らせている。
証拠は何も残してはいないし、自分が疑われる可能性は無いだろうが、次の策略を巡らせるには時間が必要だ。パープリア男爵は腕組みをし、椅子に深くもたれ掛かって考え込んだ。
その時不意に、部屋の扉が叩かれる。
「誰だ」
「旦那様、わたくしめにございます」
「インディか、入れ」
「失礼致します」
扉が開き、初老で執事姿の男が入ってきた。
この男はインディ。パープリア男爵家に仕える執事で、男爵の腹心でもある。彼の家系も男爵と同じ傭兵崩れで、しかもアイヴォリー王国を滅ぼそうとした同士であった。
「旦那様、お耳に入れておきたい事がございます。よろしいでしょうか?」
インディはあえて断りを入れる。よっぽどの事なのだろう。
「なんだ、言ってみろ」
男爵は間髪入れずに発言を許可する。
「実は、アイリスお嬢様が生きていらっしゃるようなのです」
「なんだと?!」
インディの言葉に、男爵は立ち上がって叫んだ。
だが、インディは落ち着いて言葉を続ける。
「確定とは言えませぬが、眼鏡を掛けた桃色の髪の学生がアイリスと呼ばれているようです」
「同名の他人ではないのか?」
「わたくしも疑いましたが、背丈はほぼ同じですし、顔立ちもよく似ています。なにより、そのアイリスという学生は、あのコーラル家の令嬢の侍女らしいのです」
人違いとばっさり切ろうとした男爵だったが、コーラル家の令嬢の侍女と聞いた瞬間に、眉を動かして反応する。
「……確かに怪しいな。方法は問わん、裏を取れ」
「はっ、畏まりました」
男爵がひと睨みすると、インディは静かに部屋を出ていった。
インディが部屋を出ていってしばらく、男爵は再び椅子に深く腰掛ける。
「……コーラルの娘共と行動を共にしているとか、役立たずが裏切ったか?」
男爵は呟く。
「欺いた上で裏切ったというのなら……、次の標的は決まりだな」
パープリア男爵の口が、不気味に弧を描く。そして、静かで狂気を含んだ笑みが、部屋の中にこだまするのであった。
三十代半ばの貴族の男が喚いている。
「アイリスは役立たずな上に死におって……。ヴィオレスは楯突いて出ていきおった。まったく、我が子ながらクズだなっ!」
頭を抱えたり、部屋をうろうろしたりして騒いでいるのはパープリア男爵だった。
王子を殺そうとして策略を立てたにもかかわらず、ことごとく失敗。学園の行事に乗っかって事を運ぼうとしたのだが、そのすべてを阻まれて怒り心頭なのである。
それにしても、我が子をクズ呼ばわりとは、父親はろくでもない男のようだ。
「マゼンダとコーラルの小娘共がっ!!!」
その失敗の影に、ロゼリア、チェリシア、ペシエラの三人が居る事は、パープリア男爵は密偵の報告で把握していた。しかし、邪魔な三人を葬ろうにも、隙が無さすぎて実行できないでいた。なにせ近付く事すらできないのだから。
だからといって、その近辺にも工作を仕掛けようと試みた。しかし、そちらもうまくいかない。話術で巧みに騙そうとしても、どういうわけか看破されるわ論破されるわである。
こうなってくると、裏社会のボスたる男のプライドはズタズタであった。
パープリア男爵家は、何代か前の当主が武勲を上げた事により誕生した、比較的若い叩き上げの家柄である。しかし、その時の当主も含め、野心の高い血脈でもあった。
男爵位を得た男も、本来はアイヴォリー王国を滅ぼすつもりだったはずの傭兵崩れである。それなのに何を間違ったか、偶然が重なって当時の王国を救う事になり、男爵位を得たというわけだ。
なので、外聞では忠誠を誓っているように見せかけて、その実は国家転覆を諦めていない、というわけである。
「伝手を使っていろいろと魔法装具も手に入れたが、まったく、使う奴がカスだと意味がないな……」
パープリアは男爵は爪を噛んでいる。相当にイラついている事が分かる。
「まったく、偶然知ったとはいえ、これでは何のために神獣使いの血筋を引き入れたのかも分からぬ。あやつもまったく邪魔せぬとはいえ協力もせぬし、何を考えておるのだ……」
パープリア男爵はイライラを募らせている。
証拠は何も残してはいないし、自分が疑われる可能性は無いだろうが、次の策略を巡らせるには時間が必要だ。パープリア男爵は腕組みをし、椅子に深くもたれ掛かって考え込んだ。
その時不意に、部屋の扉が叩かれる。
「誰だ」
「旦那様、わたくしめにございます」
「インディか、入れ」
「失礼致します」
扉が開き、初老で執事姿の男が入ってきた。
この男はインディ。パープリア男爵家に仕える執事で、男爵の腹心でもある。彼の家系も男爵と同じ傭兵崩れで、しかもアイヴォリー王国を滅ぼそうとした同士であった。
「旦那様、お耳に入れておきたい事がございます。よろしいでしょうか?」
インディはあえて断りを入れる。よっぽどの事なのだろう。
「なんだ、言ってみろ」
男爵は間髪入れずに発言を許可する。
「実は、アイリスお嬢様が生きていらっしゃるようなのです」
「なんだと?!」
インディの言葉に、男爵は立ち上がって叫んだ。
だが、インディは落ち着いて言葉を続ける。
「確定とは言えませぬが、眼鏡を掛けた桃色の髪の学生がアイリスと呼ばれているようです」
「同名の他人ではないのか?」
「わたくしも疑いましたが、背丈はほぼ同じですし、顔立ちもよく似ています。なにより、そのアイリスという学生は、あのコーラル家の令嬢の侍女らしいのです」
人違いとばっさり切ろうとした男爵だったが、コーラル家の令嬢の侍女と聞いた瞬間に、眉を動かして反応する。
「……確かに怪しいな。方法は問わん、裏を取れ」
「はっ、畏まりました」
男爵がひと睨みすると、インディは静かに部屋を出ていった。
インディが部屋を出ていってしばらく、男爵は再び椅子に深く腰掛ける。
「……コーラルの娘共と行動を共にしているとか、役立たずが裏切ったか?」
男爵は呟く。
「欺いた上で裏切ったというのなら……、次の標的は決まりだな」
パープリア男爵の口が、不気味に弧を描く。そして、静かで狂気を含んだ笑みが、部屋の中にこだまするのであった。
2
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~
土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。
しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。
そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。
両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。
女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。
【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです
yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~
旧タイトルに、もどしました。
日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。
まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。
劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。
日々の衣食住にも困る。
幸せ?生まれてこのかた一度もない。
ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・
目覚めると、真っ白な世界。
目の前には神々しい人。
地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・
短編→長編に変更しました。
R4.6.20 完結しました。
長らくお読みいただき、ありがとうございました。
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅
あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり?
異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました!
完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる