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第十章 乙女ゲーム最終年
第294話 お忍びケットシーは忍ばない
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「以上でございます」
街中のとある場所にて、行われる報告。この報告を行っているのは濃い紫の髪の女性だった。
「ありがとう、これなら心配なさそうですね」
報告を受けたのは、どうも侍女服を着た女性のようである。言葉遣いも丁寧だ。
「本当に心配症ですのね、主人は」
「それは仕方のない事ですよ。いくつになっても可愛い子なんですから」
少し意地悪そうに言っても、その主人と呼ばれた女性は優しそうな笑みを浮かべて笑うだけだった。
「とにかく、その時が来るまではしっかり頼むわ。私はあの子にいつも通りの事しかしてあげられないんだから」
「そうでしたね。それが制約でしたものね」
「そういう事です。周りの懸念を払拭する事は、本当に頼みましたよ」
「はい、仰せのままに」
そう言って、濃い紫の髪の女性は、侍女服の女性と別れた。
しばらく様子を見ながら街を歩いていると、大きな猫が目の前から歩いてきた。
(げっ、なんでここに居るのかしら)
どうやら知っている猫のようで、華麗にスルーして過ぎ去ろうとする。が、
「酷いねぇ。本当に君は冷酷だ。この可愛いボクを無視していくなど、言語道断だよ」
すれ違いざまに肩に手を置いて話し掛けてくる猫。相変わらず殴りたくなる言動である。
「……どうしてあなたがハウライトに居るんですか。この間、ヴィフレアに帰りましたよね、あなたは」
「細かい事はどうでもいいじゃないか。ボクは幻獣だよ? どこに居てもいいし、ここに居て何の不思議があるのかね?」
……正直気持ち悪いと、濃い紫の髪の女性は思った。この間も会ったが、いつ会っても正直食えない猫だと思う。
「まぁ、久しぶりに会ったんだ。少し話をしようじゃないか、クロノア」
ケットシーの手がクイクイと食堂の方を指している。クロノアは大きなため息とともに、その申し出を渋々受け入れた。
「はっはっはっ。いやぁ、この国に来ると魚が食べられるからね。嬉しくて仕方ないよ」
食堂で料理を食べるケットシーは、すごくご満悦のようである。ケットシーが住むモスグリネは内陸の国である上、魚が住む水域もヴィフレアの近くには無い。一方のアイヴォリーは港町シェリアを通じて、新鮮な魚がいつでも手に入る。こうやって好きな時に魚にありつけるのも、マゼンダ商会が生み出した冷凍保存などの保存技術のおかげである。
「うん、あの時戻りの子たちのおかげで、こんな美味しい魚にありつけるなんてね。ボクとしても、彼女たちに一枚噛まなきゃいかないと思わざるを得ないんだよ」
気持ちが悪いくらいにご機嫌なケットシー。目の前のクロノアは、対照的にとてもご機嫌斜めである。
「……とっとと本題に入ってくれない? 私だって暇じゃない。勘付いているでしょうけど、今の私には主人が居る。その命令はこなさなきゃいけないんだ」
「知っているよ。あのパープリアの一味の事だろ? ボクの方でも探りを入れているさ。モスグリネにもそういう一団は居るみたいだからね」
ケットシーはマリネを食べながら、クロノアの言葉に重ねるように話している。魚が好き以外の食べ物の要素は、幻獣であるケットシーには関係ない。ネギも味噌もチョコレートも平気なのである。
「しかし、君の今の主人というのは、相当の覚悟のようだね。君に頼った結果がどうなるか知らないわけじゃないだろう?」
ケットシーが話題を切り替えると、クロノアはキッときつい表情をしてケットシーを睨んだ。だが、ケットシーは怯まない。
「おお、怖いねえ。で、どうなんだい、君から見てさ」
さっきより切り込んでくる。クロノアは真面目なタイプなので、実にこういうのらりくらりとしたタイプは天敵のようなものなのだ。
クロノアは大きくため息を吐いた。
「主人は代償の事を承知の上だ。その覚悟があるからこそ、私もそれに従っている。そこにお前は関係ない。どうしてお前はそうも無神経に踏み込んでくれるんだ。異世界にはこんな言葉もあるんだぞ」
「ほう、どんな言葉かね」
ケットシーが食いついてくる。なので、クロノアは深呼吸をして、その言葉を放った。
「『好奇心は猫をも殺す』だ」
「おお、怖いねえ」
当のケットシーはまったくの笑顔のままだ。本当にクロノアとは反りの合わない相手なのだ。
しばらくクロノアは我慢して付き合っていたが、やはりどうにも合わなくなってしまった。
「すまないが、こうやっていつまでものんびりしていられない。主人のために私はもう動くとする」
「そうかい。引き留めて悪かったね。お詫びにここの代金は払っておくよ」
ケットシーは相変わらずの雰囲気である。
「ああ、そう思ったなら、もう私に構わないでくれ」
クロノアは振り返らずに手を振りながら食堂を出て行った。苦手ではあるが、幻獣としての仲間意識程度はあるがゆえの行動である。
「……本当にクロノアくんは素直じゃないねぇ」
ケットシーは見送りながら小さく呟いた。
「しかし、今回のクロノアくんの主人の覚悟は生半可じゃないね。対象の幸せを願いながら、自身の悲しい結末を受け入れている……か。それがどういう事かも分かっているだろうから、ボクが口出しする事じゃないけどね」
時渡りの代償を知るケットシーは、ふと虚ろに天井を見上げた。そして、ふっとひと呼吸すると食事の続きを再開したのだった。
街中のとある場所にて、行われる報告。この報告を行っているのは濃い紫の髪の女性だった。
「ありがとう、これなら心配なさそうですね」
報告を受けたのは、どうも侍女服を着た女性のようである。言葉遣いも丁寧だ。
「本当に心配症ですのね、主人は」
「それは仕方のない事ですよ。いくつになっても可愛い子なんですから」
少し意地悪そうに言っても、その主人と呼ばれた女性は優しそうな笑みを浮かべて笑うだけだった。
「とにかく、その時が来るまではしっかり頼むわ。私はあの子にいつも通りの事しかしてあげられないんだから」
「そうでしたね。それが制約でしたものね」
「そういう事です。周りの懸念を払拭する事は、本当に頼みましたよ」
「はい、仰せのままに」
そう言って、濃い紫の髪の女性は、侍女服の女性と別れた。
しばらく様子を見ながら街を歩いていると、大きな猫が目の前から歩いてきた。
(げっ、なんでここに居るのかしら)
どうやら知っている猫のようで、華麗にスルーして過ぎ去ろうとする。が、
「酷いねぇ。本当に君は冷酷だ。この可愛いボクを無視していくなど、言語道断だよ」
すれ違いざまに肩に手を置いて話し掛けてくる猫。相変わらず殴りたくなる言動である。
「……どうしてあなたがハウライトに居るんですか。この間、ヴィフレアに帰りましたよね、あなたは」
「細かい事はどうでもいいじゃないか。ボクは幻獣だよ? どこに居てもいいし、ここに居て何の不思議があるのかね?」
……正直気持ち悪いと、濃い紫の髪の女性は思った。この間も会ったが、いつ会っても正直食えない猫だと思う。
「まぁ、久しぶりに会ったんだ。少し話をしようじゃないか、クロノア」
ケットシーの手がクイクイと食堂の方を指している。クロノアは大きなため息とともに、その申し出を渋々受け入れた。
「はっはっはっ。いやぁ、この国に来ると魚が食べられるからね。嬉しくて仕方ないよ」
食堂で料理を食べるケットシーは、すごくご満悦のようである。ケットシーが住むモスグリネは内陸の国である上、魚が住む水域もヴィフレアの近くには無い。一方のアイヴォリーは港町シェリアを通じて、新鮮な魚がいつでも手に入る。こうやって好きな時に魚にありつけるのも、マゼンダ商会が生み出した冷凍保存などの保存技術のおかげである。
「うん、あの時戻りの子たちのおかげで、こんな美味しい魚にありつけるなんてね。ボクとしても、彼女たちに一枚噛まなきゃいかないと思わざるを得ないんだよ」
気持ちが悪いくらいにご機嫌なケットシー。目の前のクロノアは、対照的にとてもご機嫌斜めである。
「……とっとと本題に入ってくれない? 私だって暇じゃない。勘付いているでしょうけど、今の私には主人が居る。その命令はこなさなきゃいけないんだ」
「知っているよ。あのパープリアの一味の事だろ? ボクの方でも探りを入れているさ。モスグリネにもそういう一団は居るみたいだからね」
ケットシーはマリネを食べながら、クロノアの言葉に重ねるように話している。魚が好き以外の食べ物の要素は、幻獣であるケットシーには関係ない。ネギも味噌もチョコレートも平気なのである。
「しかし、君の今の主人というのは、相当の覚悟のようだね。君に頼った結果がどうなるか知らないわけじゃないだろう?」
ケットシーが話題を切り替えると、クロノアはキッときつい表情をしてケットシーを睨んだ。だが、ケットシーは怯まない。
「おお、怖いねえ。で、どうなんだい、君から見てさ」
さっきより切り込んでくる。クロノアは真面目なタイプなので、実にこういうのらりくらりとしたタイプは天敵のようなものなのだ。
クロノアは大きくため息を吐いた。
「主人は代償の事を承知の上だ。その覚悟があるからこそ、私もそれに従っている。そこにお前は関係ない。どうしてお前はそうも無神経に踏み込んでくれるんだ。異世界にはこんな言葉もあるんだぞ」
「ほう、どんな言葉かね」
ケットシーが食いついてくる。なので、クロノアは深呼吸をして、その言葉を放った。
「『好奇心は猫をも殺す』だ」
「おお、怖いねえ」
当のケットシーはまったくの笑顔のままだ。本当にクロノアとは反りの合わない相手なのだ。
しばらくクロノアは我慢して付き合っていたが、やはりどうにも合わなくなってしまった。
「すまないが、こうやっていつまでものんびりしていられない。主人のために私はもう動くとする」
「そうかい。引き留めて悪かったね。お詫びにここの代金は払っておくよ」
ケットシーは相変わらずの雰囲気である。
「ああ、そう思ったなら、もう私に構わないでくれ」
クロノアは振り返らずに手を振りながら食堂を出て行った。苦手ではあるが、幻獣としての仲間意識程度はあるがゆえの行動である。
「……本当にクロノアくんは素直じゃないねぇ」
ケットシーは見送りながら小さく呟いた。
「しかし、今回のクロノアくんの主人の覚悟は生半可じゃないね。対象の幸せを願いながら、自身の悲しい結末を受け入れている……か。それがどういう事かも分かっているだろうから、ボクが口出しする事じゃないけどね」
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