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第十章 乙女ゲーム最終年
第307話 小さな誤算
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決勝トーナメントが行われている頃、チェリシアはカーマイルと一緒にマゼンダ商会の出店で商売に勤しんでいた。決勝トーナメントに出てくる学生は強い人ばかりなので、チェリシアはペシエラが無事か気になって仕方なかった。カーマイルもそれは察しているようで、写真撮影以外は休んでいろとチェリシアに強く言っていた。できる男は気遣いもできるのだ。
そんな時に、ロゼリアからチャットフォンに連絡が入る。
「もしもし?」
前世の癖でつい言ってしまう四文字である。
『チェリシア、そっちの状況はどう?』
ロゼリアは華麗にスルーして、出店の状況を確認してきた。
「うん、売れ行きはまあまあ、写真撮影はさすがに落ち着いてきたから暇よ。カーマイル様に奥に引っ込めさせられちゃったわ」
チェリシアは状況を説明しながらため息を吐いている。ドクターストップを掛けられたような状態だから、少し不満があるのだろう。
『そう、さすがお兄様ね。それよりだけど、ペシエラはオフライト様に勝利して初戦突破よ。次の相手はペイル殿下だから気は抜けないけれど』
「そっか。ペイル殿下との対戦かぁ。オフライト様で消耗しているのなら、厳しいでしょうね」
『ペシエラも覚悟しているみたいよ。本人が努力しているのは知っているし、過去勝っているとはいえ、油断はできないわ』
「うんうん。心配でそっちに行きたいけれど、私の分も観戦してきてね、ロゼリア」
『ええ。アイリスとライの二人は例の撮影魔法を使っているから、後で見せてもらえばいいわよ』
「うん、そうする」
そう言って、チェリシアはロゼリアとの会話を終了させた。
ふぅっとひとつ深呼吸をしたロゼリアは、ちょうど記念撮影の注文が入った事で表へ出て行った。
その撮影が終わると、チェリシアに一人の女性が近付いてきた。その女性にチェリシアは見覚えがあった。
「あ……れ? 確かカイスの村に居た、スミレさんですよね?」
濃い紫の髪をした女性など、そう多くはないのですぐに思い出したチェリシアは、驚いた反応をしている。
「よく覚えておいでですね。今日はカイスの村の特産を売りに来たついでに、学園祭が行われていると聞いてお伺いした次第です、チェリシアお嬢様」
事情を説明しながら、頭を下げて挨拶をするスミレ。
「あれ? その特産品は?」
「オーカー商会の方に寄って、全部押し付けてきました。今は何も持っておりません」
スミレは村人の割に落ち着いていて、チェリシアに対して淡々と対応している。わき目に見ていたカーマイルが疑いの眼差しを向けている。
「そうなんだ。それにしてもわざわざここまで来たのですね」
「はい、領主様のされる事には興味がございますからね。元気そうで何よりです」
簡単に言葉を交わすと、
「それでは、せっかく王都に来たのですから、もう少し見学していきます。失礼します」
頭を下げてくるりと振り返って、あっという間に見えなくなってしまった。
「うーん、元気そうね」
「あれは誰だ?」
しれっと見送るチェリシアに、カーマイルが声を掛けてきた。
「カーマイル様。あの人はカイスの村でお世話になったスミレさんです」
チェリシアが素直に答えると、カーマイルが難しい顔をする。
「村人なのか?」
「はい、そうですけれど?」
確認するような質問に、チェリシアはこてんと首を傾げる。
「だとしたらおかしいな」
「どうしてです?」
「一介の村人がここまで一人で来たというのか? 大体カイスから馬車で二十日掛かる場所だぞ?」
「あっ!」
カーマイルの言葉に、声を上げて驚く。チェリシアはすっかり忘れていたのだ。王都とカイスの村の位置関係を。
確かにスミレには同行者がいるような雰囲気はなかった。だが、普通の村人がわざわざこんな離れた場所に姿を見せに来るだろうか。スミレの言う通り行商だとしても、不可解な点が多い。後でオーカー商会からも証言を取る必要がありそうだ。
「む、シアンはどうした」
チェリシアが考え事をしていると、後ろからカーマイルの声が聞こえてきた。
「お花摘みだと言われておりました。カーマイル様には後で報告すると、慌てていました」
「そうか。まぁ仕方ないな」
どうやらお手洗いに行ったらしい。シアンほどのできた侍女が急とは珍しいものである。
しかし、シアンが戻ってきたのは、一時間は経った頃だった。
「申し訳ございません。混んでいた上にスミレが迷っていたようなので、出入り口まで送り届けて参りました」
「そうか。まぁいい、その分、午後もしっかり働いてくれ」
「畏まりました」
カーマイルは怪しんでいたが、商談に来る人物も居て忙しそうにしていたので、この場での追及はなかった。
ちなみにチェリシアも、この時のシアンの事は少し怪しいと思った。だが、それよりもペシエラの試合の方が気になっていたので、そっちに気を取られてしまってすっかり忘れてしまった。
「ふぅ、完全にしくじったわね。カーマイル様がいらっしゃるとは……」
学園から外に出たスミレは、変装を解く。ところどころに歯車の意匠をあしらったショートマントの少女クロノアが姿を現した。
「私一人でカイスから来た事を完全に怪しんでいたわね。次は気を付けなければ」
そう言いながら、クロノアは王都の雑踏の中へと姿をかき消していった。
そんな時に、ロゼリアからチャットフォンに連絡が入る。
「もしもし?」
前世の癖でつい言ってしまう四文字である。
『チェリシア、そっちの状況はどう?』
ロゼリアは華麗にスルーして、出店の状況を確認してきた。
「うん、売れ行きはまあまあ、写真撮影はさすがに落ち着いてきたから暇よ。カーマイル様に奥に引っ込めさせられちゃったわ」
チェリシアは状況を説明しながらため息を吐いている。ドクターストップを掛けられたような状態だから、少し不満があるのだろう。
『そう、さすがお兄様ね。それよりだけど、ペシエラはオフライト様に勝利して初戦突破よ。次の相手はペイル殿下だから気は抜けないけれど』
「そっか。ペイル殿下との対戦かぁ。オフライト様で消耗しているのなら、厳しいでしょうね」
『ペシエラも覚悟しているみたいよ。本人が努力しているのは知っているし、過去勝っているとはいえ、油断はできないわ』
「うんうん。心配でそっちに行きたいけれど、私の分も観戦してきてね、ロゼリア」
『ええ。アイリスとライの二人は例の撮影魔法を使っているから、後で見せてもらえばいいわよ』
「うん、そうする」
そう言って、チェリシアはロゼリアとの会話を終了させた。
ふぅっとひとつ深呼吸をしたロゼリアは、ちょうど記念撮影の注文が入った事で表へ出て行った。
その撮影が終わると、チェリシアに一人の女性が近付いてきた。その女性にチェリシアは見覚えがあった。
「あ……れ? 確かカイスの村に居た、スミレさんですよね?」
濃い紫の髪をした女性など、そう多くはないのですぐに思い出したチェリシアは、驚いた反応をしている。
「よく覚えておいでですね。今日はカイスの村の特産を売りに来たついでに、学園祭が行われていると聞いてお伺いした次第です、チェリシアお嬢様」
事情を説明しながら、頭を下げて挨拶をするスミレ。
「あれ? その特産品は?」
「オーカー商会の方に寄って、全部押し付けてきました。今は何も持っておりません」
スミレは村人の割に落ち着いていて、チェリシアに対して淡々と対応している。わき目に見ていたカーマイルが疑いの眼差しを向けている。
「そうなんだ。それにしてもわざわざここまで来たのですね」
「はい、領主様のされる事には興味がございますからね。元気そうで何よりです」
簡単に言葉を交わすと、
「それでは、せっかく王都に来たのですから、もう少し見学していきます。失礼します」
頭を下げてくるりと振り返って、あっという間に見えなくなってしまった。
「うーん、元気そうね」
「あれは誰だ?」
しれっと見送るチェリシアに、カーマイルが声を掛けてきた。
「カーマイル様。あの人はカイスの村でお世話になったスミレさんです」
チェリシアが素直に答えると、カーマイルが難しい顔をする。
「村人なのか?」
「はい、そうですけれど?」
確認するような質問に、チェリシアはこてんと首を傾げる。
「だとしたらおかしいな」
「どうしてです?」
「一介の村人がここまで一人で来たというのか? 大体カイスから馬車で二十日掛かる場所だぞ?」
「あっ!」
カーマイルの言葉に、声を上げて驚く。チェリシアはすっかり忘れていたのだ。王都とカイスの村の位置関係を。
確かにスミレには同行者がいるような雰囲気はなかった。だが、普通の村人がわざわざこんな離れた場所に姿を見せに来るだろうか。スミレの言う通り行商だとしても、不可解な点が多い。後でオーカー商会からも証言を取る必要がありそうだ。
「む、シアンはどうした」
チェリシアが考え事をしていると、後ろからカーマイルの声が聞こえてきた。
「お花摘みだと言われておりました。カーマイル様には後で報告すると、慌てていました」
「そうか。まぁ仕方ないな」
どうやらお手洗いに行ったらしい。シアンほどのできた侍女が急とは珍しいものである。
しかし、シアンが戻ってきたのは、一時間は経った頃だった。
「申し訳ございません。混んでいた上にスミレが迷っていたようなので、出入り口まで送り届けて参りました」
「そうか。まぁいい、その分、午後もしっかり働いてくれ」
「畏まりました」
カーマイルは怪しんでいたが、商談に来る人物も居て忙しそうにしていたので、この場での追及はなかった。
ちなみにチェリシアも、この時のシアンの事は少し怪しいと思った。だが、それよりもペシエラの試合の方が気になっていたので、そっちに気を取られてしまってすっかり忘れてしまった。
「ふぅ、完全にしくじったわね。カーマイル様がいらっしゃるとは……」
学園から外に出たスミレは、変装を解く。ところどころに歯車の意匠をあしらったショートマントの少女クロノアが姿を現した。
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そう言いながら、クロノアは王都の雑踏の中へと姿をかき消していった。
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