逆行令嬢と転生ヒロイン

未羊

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新章 青色の智姫

第92話 国王夫妻とケットシー

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「さてさて、シルヴァノくんとペシエラくんはいるかい?」
 ケットシーがシルヴァノの執務室に乗り込んでくる。
「なんだ、ケットシーか。今日は何の用かな」
「なんだとはつれないねぇ」
 シルヴァノの反応に、眉をひそめるケットシー。相変わらず目は糸目である。
「まったく、せっかくオニオール家の情報を持ってきたというのに……。だったら、ボクは帰らせてもらうよ」
「ちょっと待て」
 ケットシーが残念そうにぽつりと呟くと、シルヴァノは立ち上がって呼び止める。同時に侍従にペシエラを迎えに行くように言伝た。

「なんでしょうか、陛下」
 しばらくするとペシエラを連れて侍従が戻ってくる。
「あら、またあなたですの、ケットシー」
「うん、またボクなんだよ、ペシエラくん」
 左手を背中に回し、右手をひらひらと左右に振るケットシー。
「聞きましたわよ。重要な話があるそうですわね」
「うむ。デーモンハートに汚染された哀れなアトランティスの子孫の話さ」
 ケットシーの様子に、シルヴァノとペシエラは顔を見合わせている。そして、応接用のテーブルを取り囲んで座る。
 しばらくは紅茶を飲んで沈黙が続いた。
「それで、どのような情報が得られたのかしら。神出鬼没な商人であるあなたなら、わたくしたちよりも詳しい情報を持っていそうですもの」
「それはそうだね」
 熱々の紅茶を平然と飲み干したケットシーは、いつものにこやかな笑顔をペシエラに向けている。
「オニオール家はモスグリネとアイヴォリーの国境を挟んで隣り合った領地を持っているんだ。ボクはモスグリネ王国の民ではあるけど、おかげで同時に調べられるのはいい事だよ」
 紅茶を自分で淹れ直しながら、ケットシーは優雅に話している。
「ボクの場合は、元々が精霊の森に住んでいた猫だからね。幻獣はもちろん、精霊や妖精たちを使役できる。僕たちはその気になればその存在を認知させられなくできるから、こっそり調べるには実にうってつけなんだよ」
 顔を上げたケットシーは、いつも以上に不気味な笑いを浮かべている。
 そのケットシーの顔を見た瞬間、ペシエラは悟ってしまった。
「まぁ便利なのはいいですけれど、あまり深追いはよろしくないと思いますわよ」
「そうだねぇ。デーモンハートが関わっているとなると、ボクですら危ういからね。ほら、ライという実例もいることだしね」
「ライは分かりやすいですわね」
 ペシエラとケットシーが噂をするものだから、その頃のライは盛大なくしゃみをしていた。
 それはそれとして、そのくらいにデーモンハートは危険な代物なのである。
「宝珠のことも気になりますしね。まったく、そんなものがどこから湧いてくるのかしら」
「ボクも気になるね」
「ああ、私もだ」
 うーんと唸り出す三人。
「まぁ、懸念点は片隅にでも置いておくとして、オニオール家の調査結果だね。ちょっと長くなるけどいいかい?」
「構わない。聞きながらでも仕事はできるしな」
「私も問題ありませんわよ。第一、来年からはわたくしたちの子どもも学園に通いますのよ?」
「まぁそうだね。不安要素は排除しておきたいよね。それじゃ、始めるよ」
 もう一度紅茶を口に含んで落ち着いたケットシーは、ここまで調べ上げてきたオニオール家の情報をシルヴァノとペシエラに話し始める。
「……とまぁ、今回の事件も主動をしているのはモスグリネ王国のオニオール男爵家だね。アイヴォリー王国のオニオール子爵家の当主は、どちらかといえば穏健派だよ」
「同じ系譜を持つ一族でも違ってきますのね」
 ケットシーの話を聞き終わったペシエラは、率直にそのように感じた。
「確かに不思議に思うところだね。ちなみにこれは、二つに分かれることになった当時の兄弟の性格がそのまま受け継がれているんだ。感情の激しい兄がモスグリネへ、穏やかな弟がアイヴォリーに残ったそうだよ」
「ふむ、それは興味深いね」
 相槌を打って話を聞くシルヴァノである。
「残念ながら、現段階ではデーモンハートや宝珠の入手経路を特定することはできなかったよ。ただ、両方ともが両国の国の南端部に位置しているんだ。ここに一つ鍵がありそうだね」
「南の隣国……。トパゼリアですか」
「うん。でも、この仮説にも問題はある。かつての彼らの拠点だった現在のカイスの村まで、かなりの距離があるということだよ」
「移動の問題ですか」
 ペシエラがすぐに反応すると、ケットシーはこくりと頷く。
「そこは、度々あった戦乱の混乱に乗じて移動したのかもしれませんね。今でこそ平和ですが、モスグリネ王国ともそれなりに戦争の経験はあるのですからね」
「ふむ、その辺はボクにはわからないね。幻獣とはいっても若輩者ゆえかな」
 アイヴォリーの歴史を語るシルヴァノ。だが、その歴史はケットシーの知るところではなかったようだ。
「さて、話はこのくらいで大丈夫かな」
「ええ、十分でしたわよ」
「それじゃ、あとはマゼンダ商会に寄って帰るとするよ。元々の目的は定期的な取引の話だからね」
 すくりとケットシーは立ち上がる。
「また何か分かったら頼む。私たちの方でも調べてはいるが、目立たぬように調べるのは限界があるからね」
 シルヴァノに言われたケットシーは、黙ったまま手をひらひらと振りながら王城を後にしたのだった。
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