598 / 731
新章 青色の智姫
第229話 本かじりの王女
しおりを挟む
夏合宿におけるアクアマリン子爵家の失態の原因を探るために、シアンは書庫に毎日のようにこもっている。
もちろん、今の子爵から寄こされた監視が見守る中である。
シアンとしては兄や他の兄弟も疑いたくないのだが、なにぶん夏合宿の時にあれだけ事件が起こるというのも謎だった。
それをいえば王都での学園祭もだが、あれは今は取り潰されたパープリア男爵家が巧みに立ち回っていたからだ。
アクアマリン子爵領の中では、アクアマリン子爵の監視の目をかいくぐらないと実行できない。それゆえに、あれだけ夏合宿の間に問題が起きていたのが不思議でならないのだ。
(お兄様はとてもまじめな方ですから、手を抜くとは思いませんしね。息子の方はあまり良い感じには思いませんでしたけれど)
シアンの前世は前領主であるマーリン・アクアマリンの妹だ。なので、マーリンの性格は把握済みである。
兄のマーリンは何をするにしてもしっかりと行うタイプだった。
そんなマーリンが領主を務めていた時代だというのに、サファイア湖で行われ夏合宿ではあれだけの事件が起きた。
特におかしいのは逆行前。
最初の魔物氾濫の事件など、本来ならお家ごと潰されてもおかしくない事件だったのだ。
その魔物氾濫は今は国王となったシルヴァノたちの手によって鎮められ、犠牲者は氾濫のきっかけを作ったアイリス・パープリアほか数名程度で幕を閉じた。
これだけの規模の事件だったというのに、アクアマリン家はお咎めなし。ただの偶発的な魔物氾濫として処理され、翌年以降も合宿はサファイア湖で行われた。
(あの事件は、逆行後にパープリア男爵の娘であるアイリス・パープリア、今のコーラル伯爵夫人によって引き起こされたことが判明したのですよね。しかも、それにもかかわらずアクアマリン子爵家は厳重注意のみだった。どう考えてもおかしな話です)
転生前のシアン・アクアマリン時代を思い出しながら、書庫の本を読み進めていく。
そのシアンの後ろでは、侍女であるスミレと監視役の使用人が睨み合っている。
「……なんでしょうか」
「なんでもございません。たまたま目が合っただけです」
「……そうですか」
この監視役、やたらとスミレのことをじっと見ている。さすがのスミレも、これだけ見られてしまえば気になってしまうというものだ。
さらにいえば、元々幻獣クロノアとしてあまり目立った行動を取っていなかったので、見つめられるという行為に慣れていないというのもある。
スミレはただただ不快なのだ。
「シアン様の監視なのでしょう。私よりもシアン様の動きを見ておいでになられた方がよいのでは?」
「誰がそんなことを仰ったのでしょうか。私は、アクアマリン子爵邸において不便がないか、お手伝いをするために遣わされたのです。そのためには侍女であるあなたを見ている方がよいでしょう?」
「……言ってくれますね」
言い分は分からなくはない。
お付きの使用人というのは、主人のことをよく見ている。使用人の動きは主の鏡ともいえるわけだ。だから、この使用人はスミレを食い入るように見ているというわけだ。
「私を見ていても無駄です。私はシアン様の不利益になるようなことは致しませんのでね」
「そうですか。分かりました」
ようやく使用人はシアンへと視線を移していた。
その顔の動きを確認したスミレは、やれやれという気持ちで再びシアンを見守っていた。
書庫にこもりっぱなしのシアンは、ずっと飽きずに本を読み続けていた。
「すごい集中力ですね。椅子から一度も離れないなんて見たことありませんよ」
「シアン様は意志の強い方ですからね。一度決めるとそれに向かって突き進まれる方なのです」
使用人に告げるスミレは、もう時間的に厳しいかと動きを見せる。
「シアン様、そろそろ日が暮れます。さすがに一日中座りっぱなしはどうかと存じますので、もう終わりにされてはいかがでしょうか」
「えっ、もうそんな時間ですか?!」
スミレに声を掛けられて、シアンはものすごく驚いていた。
書庫にかすかに差し込む日の光を見て、シアンは今が夕方ということに気が付いた。
「なんということなのかしら。私ってば、一日中書庫にいたのですね」
自分自身で驚くシアンである。
「はい、私たちもいつお声掛けしようかと迷っておりました」
辺りを見回すシアンに、スミレは淡々と状況を説明している。
監視役の使用人は、二人の様子を見て驚きを通り越して呆れてしまっていた。むしろ心配になるレベルだった。
そんな無茶苦茶な二人に最後までつき合った使用人も大概だが。
「シアン様、子爵様にお伝えして夕食の支度を始めます。お呼びするまで部屋でおくつろぎ下さい。ですが、これ以上椅子に座ってらっしゃるのは、体が心配になりますのでおやめ下さいね」
「分かりました。それではよろしくお願いします」
使用人が出ていくと、シアンは思いっきり背伸びをする。
「一日本を読んでいるなんて、さすがに無茶が過ぎましたね。でも、逆行前ではこのくらい当たり前でしたけれどね」
「その時と同じ体だと思わないで下さいませ。何かあっては、私も困りますので」
「だったら、せめてお昼の時に声を掛けて下さい、スミレ」
「承知致しました。気を付けます」
お小言を言うスミレに、しっかりと言い返すシアンだった。
「結局、今日のところは収穫はなしっと。何か見落としていないか、明日も書庫ですね」
「承知致しました。後ほど子爵様にもそのようにお伝え致します」
読書で一日を終えたシアンは、食事の用意ができるまでの間、客室に戻って体を十分にほぐして待ったのだった。
もちろん、今の子爵から寄こされた監視が見守る中である。
シアンとしては兄や他の兄弟も疑いたくないのだが、なにぶん夏合宿の時にあれだけ事件が起こるというのも謎だった。
それをいえば王都での学園祭もだが、あれは今は取り潰されたパープリア男爵家が巧みに立ち回っていたからだ。
アクアマリン子爵領の中では、アクアマリン子爵の監視の目をかいくぐらないと実行できない。それゆえに、あれだけ夏合宿の間に問題が起きていたのが不思議でならないのだ。
(お兄様はとてもまじめな方ですから、手を抜くとは思いませんしね。息子の方はあまり良い感じには思いませんでしたけれど)
シアンの前世は前領主であるマーリン・アクアマリンの妹だ。なので、マーリンの性格は把握済みである。
兄のマーリンは何をするにしてもしっかりと行うタイプだった。
そんなマーリンが領主を務めていた時代だというのに、サファイア湖で行われ夏合宿ではあれだけの事件が起きた。
特におかしいのは逆行前。
最初の魔物氾濫の事件など、本来ならお家ごと潰されてもおかしくない事件だったのだ。
その魔物氾濫は今は国王となったシルヴァノたちの手によって鎮められ、犠牲者は氾濫のきっかけを作ったアイリス・パープリアほか数名程度で幕を閉じた。
これだけの規模の事件だったというのに、アクアマリン家はお咎めなし。ただの偶発的な魔物氾濫として処理され、翌年以降も合宿はサファイア湖で行われた。
(あの事件は、逆行後にパープリア男爵の娘であるアイリス・パープリア、今のコーラル伯爵夫人によって引き起こされたことが判明したのですよね。しかも、それにもかかわらずアクアマリン子爵家は厳重注意のみだった。どう考えてもおかしな話です)
転生前のシアン・アクアマリン時代を思い出しながら、書庫の本を読み進めていく。
そのシアンの後ろでは、侍女であるスミレと監視役の使用人が睨み合っている。
「……なんでしょうか」
「なんでもございません。たまたま目が合っただけです」
「……そうですか」
この監視役、やたらとスミレのことをじっと見ている。さすがのスミレも、これだけ見られてしまえば気になってしまうというものだ。
さらにいえば、元々幻獣クロノアとしてあまり目立った行動を取っていなかったので、見つめられるという行為に慣れていないというのもある。
スミレはただただ不快なのだ。
「シアン様の監視なのでしょう。私よりもシアン様の動きを見ておいでになられた方がよいのでは?」
「誰がそんなことを仰ったのでしょうか。私は、アクアマリン子爵邸において不便がないか、お手伝いをするために遣わされたのです。そのためには侍女であるあなたを見ている方がよいでしょう?」
「……言ってくれますね」
言い分は分からなくはない。
お付きの使用人というのは、主人のことをよく見ている。使用人の動きは主の鏡ともいえるわけだ。だから、この使用人はスミレを食い入るように見ているというわけだ。
「私を見ていても無駄です。私はシアン様の不利益になるようなことは致しませんのでね」
「そうですか。分かりました」
ようやく使用人はシアンへと視線を移していた。
その顔の動きを確認したスミレは、やれやれという気持ちで再びシアンを見守っていた。
書庫にこもりっぱなしのシアンは、ずっと飽きずに本を読み続けていた。
「すごい集中力ですね。椅子から一度も離れないなんて見たことありませんよ」
「シアン様は意志の強い方ですからね。一度決めるとそれに向かって突き進まれる方なのです」
使用人に告げるスミレは、もう時間的に厳しいかと動きを見せる。
「シアン様、そろそろ日が暮れます。さすがに一日中座りっぱなしはどうかと存じますので、もう終わりにされてはいかがでしょうか」
「えっ、もうそんな時間ですか?!」
スミレに声を掛けられて、シアンはものすごく驚いていた。
書庫にかすかに差し込む日の光を見て、シアンは今が夕方ということに気が付いた。
「なんということなのかしら。私ってば、一日中書庫にいたのですね」
自分自身で驚くシアンである。
「はい、私たちもいつお声掛けしようかと迷っておりました」
辺りを見回すシアンに、スミレは淡々と状況を説明している。
監視役の使用人は、二人の様子を見て驚きを通り越して呆れてしまっていた。むしろ心配になるレベルだった。
そんな無茶苦茶な二人に最後までつき合った使用人も大概だが。
「シアン様、子爵様にお伝えして夕食の支度を始めます。お呼びするまで部屋でおくつろぎ下さい。ですが、これ以上椅子に座ってらっしゃるのは、体が心配になりますのでおやめ下さいね」
「分かりました。それではよろしくお願いします」
使用人が出ていくと、シアンは思いっきり背伸びをする。
「一日本を読んでいるなんて、さすがに無茶が過ぎましたね。でも、逆行前ではこのくらい当たり前でしたけれどね」
「その時と同じ体だと思わないで下さいませ。何かあっては、私も困りますので」
「だったら、せめてお昼の時に声を掛けて下さい、スミレ」
「承知致しました。気を付けます」
お小言を言うスミレに、しっかりと言い返すシアンだった。
「結局、今日のところは収穫はなしっと。何か見落としていないか、明日も書庫ですね」
「承知致しました。後ほど子爵様にもそのようにお伝え致します」
読書で一日を終えたシアンは、食事の用意ができるまでの間、客室に戻って体を十分にほぐして待ったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~
土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。
しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。
そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。
両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。
女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。
【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです
yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~
旧タイトルに、もどしました。
日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。
まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。
劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。
日々の衣食住にも困る。
幸せ?生まれてこのかた一度もない。
ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・
目覚めると、真っ白な世界。
目の前には神々しい人。
地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・
短編→長編に変更しました。
R4.6.20 完結しました。
長らくお読みいただき、ありがとうございました。
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅
あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり?
異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました!
完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる