逆行令嬢と転生ヒロイン

未羊

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新章 青色の智姫

第229話 本かじりの王女

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 夏合宿におけるアクアマリン子爵家の失態の原因を探るために、シアンは書庫に毎日のようにこもっている。
 もちろん、今の子爵から寄こされた監視が見守る中である。
 シアンとしては兄や他の兄弟も疑いたくないのだが、なにぶん夏合宿の時にあれだけ事件が起こるというのも謎だった。
 それをいえば王都での学園祭もだが、あれは今は取り潰されたパープリア男爵家が巧みに立ち回っていたからだ。
 アクアマリン子爵領の中では、アクアマリン子爵の監視の目をかいくぐらないと実行できない。それゆえに、あれだけ夏合宿の間に問題が起きていたのが不思議でならないのだ。
(お兄様はとてもまじめな方ですから、手を抜くとは思いませんしね。息子の方はあまり良い感じには思いませんでしたけれど)
 シアンの前世は前領主であるマーリン・アクアマリンの妹だ。なので、マーリンの性格は把握済みである。
 兄のマーリンは何をするにしてもしっかりと行うタイプだった。
 そんなマーリンが領主を務めていた時代だというのに、サファイア湖で行われ夏合宿ではあれだけの事件が起きた。
 特におかしいのは逆行前。
 最初の魔物氾濫の事件など、本来ならお家ごと潰されてもおかしくない事件だったのだ。
 その魔物氾濫は今は国王となったシルヴァノたちの手によって鎮められ、犠牲者は氾濫のきっかけを作ったアイリス・パープリアほか数名程度で幕を閉じた。
 これだけの規模の事件だったというのに、アクアマリン家はお咎めなし。ただの偶発的な魔物氾濫として処理され、翌年以降も合宿はサファイア湖で行われた。
(あの事件は、逆行後にパープリア男爵の娘であるアイリス・パープリア、今のコーラル伯爵夫人によって引き起こされたことが判明したのですよね。しかも、それにもかかわらずアクアマリン子爵家は厳重注意のみだった。どう考えてもおかしな話です)
 転生前のシアン・アクアマリン時代を思い出しながら、書庫の本を読み進めていく。

 そのシアンの後ろでは、侍女であるスミレと監視役の使用人が睨み合っている。
「……なんでしょうか」
「なんでもございません。たまたま目が合っただけです」
「……そうですか」
 この監視役、やたらとスミレのことをじっと見ている。さすがのスミレも、これだけ見られてしまえば気になってしまうというものだ。
 さらにいえば、元々幻獣クロノアとしてあまり目立った行動を取っていなかったので、見つめられるという行為に慣れていないというのもある。
 スミレはただただ不快なのだ。
「シアン様の監視なのでしょう。私よりもシアン様の動きを見ておいでになられた方がよいのでは?」
「誰がそんなことを仰ったのでしょうか。私は、アクアマリン子爵邸において不便がないか、お手伝いをするために遣わされたのです。そのためには侍女であるあなたを見ている方がよいでしょう?」
「……言ってくれますね」
 言い分は分からなくはない。
 お付きの使用人というのは、主人のことをよく見ている。使用人の動きは主の鏡ともいえるわけだ。だから、この使用人はスミレを食い入るように見ているというわけだ。
「私を見ていても無駄です。私はシアン様の不利益になるようなことは致しませんのでね」
「そうですか。分かりました」
 ようやく使用人はシアンへと視線を移していた。
 その顔の動きを確認したスミレは、やれやれという気持ちで再びシアンを見守っていた。

 書庫にこもりっぱなしのシアンは、ずっと飽きずに本を読み続けていた。
「すごい集中力ですね。椅子から一度も離れないなんて見たことありませんよ」
「シアン様は意志の強い方ですからね。一度決めるとそれに向かって突き進まれる方なのです」
 使用人に告げるスミレは、もう時間的に厳しいかと動きを見せる。
「シアン様、そろそろ日が暮れます。さすがに一日中座りっぱなしはどうかと存じますので、もう終わりにされてはいかがでしょうか」
「えっ、もうそんな時間ですか?!」
 スミレに声を掛けられて、シアンはものすごく驚いていた。
 書庫にかすかに差し込む日の光を見て、シアンは今が夕方ということに気が付いた。
「なんということなのかしら。私ってば、一日中書庫にいたのですね」
 自分自身で驚くシアンである。
「はい、私たちもいつお声掛けしようかと迷っておりました」
 辺りを見回すシアンに、スミレは淡々と状況を説明している。
 監視役の使用人は、二人の様子を見て驚きを通り越して呆れてしまっていた。むしろ心配になるレベルだった。
 そんな無茶苦茶な二人に最後までつき合った使用人も大概だが。
「シアン様、子爵様にお伝えして夕食の支度を始めます。お呼びするまで部屋でおくつろぎ下さい。ですが、これ以上椅子に座ってらっしゃるのは、体が心配になりますのでおやめ下さいね」
「分かりました。それではよろしくお願いします」
 使用人が出ていくと、シアンは思いっきり背伸びをする。
「一日本を読んでいるなんて、さすがに無茶が過ぎましたね。でも、逆行前ではこのくらい当たり前でしたけれどね」
「その時と同じ体だと思わないで下さいませ。何かあっては、私も困りますので」
「だったら、せめてお昼の時に声を掛けて下さい、スミレ」
「承知致しました。気を付けます」
 お小言を言うスミレに、しっかりと言い返すシアンだった。
「結局、今日のところは収穫はなしっと。何か見落としていないか、明日も書庫ですね」
「承知致しました。後ほど子爵様にもそのようにお伝え致します」
 読書で一日を終えたシアンは、食事の用意ができるまでの間、客室に戻って体を十分にほぐして待ったのだった。
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