少女の水平線

未羊

文字の大きさ
33 / 61

第33話 嵐の後

しおりを挟む
 翌日も雨が強く降り続いている。しかも、風が強くなってきていた。
 ベニーがその風の音で目を覚ましたくらいである。

「な、なんなのよ。この風の強さは!」

 あまりにも吹きすさぶ風の音に、ベニーは驚きを隠しきれなかった。
 雨に打たれることも気にしないでバルコニーから外を確認する。
 そこで見たのは、見たことないくらいにうねりを見せる海の様子だった。
 これほどまでに海が荒れていては、魔物が出てこないとしても船は安全な航行が見込めなくなってしまう。
 ベニーはすぐさま灯台守としてその事態を防ぐため、導の灯へと向かっていく。
 灯台の頂上では、今日も煌々と導の灯が輝いている。どうやら灯に問題があるというわけではなさそうだった。
 だけど、この大荒れの天気を放っておけるベニーではなかった。

(お願いします。この荒れた天気をどうか鎮めて下さい。海を行き交うみなさんがどうか無事でありますように)

 ベニーは本気で祈っている。
 灯台守として、海の安全を守る者として、どうしてもこの天気を放っておくことはできなかったのだ。

「ぴぃ!」

 プルンもベニーに同調して大きな声で鳴いている。
 ベニーとプルンの祈りが通じたのか、導の灯が少し強めに光る。
 光った直後辺りから、外から聞こえてくる風が吹きすさぶ音が少し静かになったようだった。

「ありがとうございます。どうか今日も、海の安全をお守り下さい」

 ベニーはもう一度強く祈ると、いつもの生活を始めるべく地上の食堂へと向かって階段を駆け下りていった。

 波も風も少し弱まってきたとはいえ、まだまだ油断のできるような状況ではなかった。
 導の灯の力は強いとはいえ、ベニーがまだ未熟なゆえであろう。
 ちなみに、昔の灯台守であれば、軽く祈るだけでもあっという間に鎮めてしまったらしい。ベニーは祖父からそのような話を聞かされていた。
 少し弱める程度しかできなかったため、駆け下りていくベニーの表情はすぐれなかったというわけだ。
 偉大な先祖を持つがゆえの悩みといえよう。

 海の平和と安全を守るのは灯台守の役目。

 祖父からもよく聞かされていた言葉だ。
 普段はここまで荒れることがなかったので、漠然と願うだけだった状況だ。
 ところが、今回の一件でベニーの意識はずいぶんと変わったようだ。
 自分の力が及ばないこともあるということを、むざむざと見せつけられてしまった。

「ぴぃ……」

 ベニーの肩では、プルンが心配そうに鳴いている。
 その声に気が付いたベニーは、ハッと顔を上げてプルンの方を見る。

「大丈夫よ、プルン。私は大丈夫だから」

 ベニーはかみしめるようにプルンどころか自分にも言い聞かせるように喋っている。
 灯台の外では、ベニーの不安をかき立てるような風雨が吹き荒れ続けていた。

 翌朝、夕方にも強く祈ったおかげか、ようやく外の風雨が治まっていた。
 久々に顔を出した日の光に、ベニーの気持ちもどうにか明るくなりそうだった。

 起きて着替えたベニーは、導の灯の前に跪く。

「嵐を鎮めて下さり、感謝致します。今日もまた、海と周辺の安全を照らして下さい」

「ぴぃ」

 真剣に祈りを捧げると、ベニーは外の様子を見るために外へと向かって駆け出した。
 灯台の入口から外に出ると、なんとも酷い状態だった。
 森のあちこちで木が折れたらしく、灯台の庭先にも吹き飛んできた枝がたくさん転がっていたのだ。
 祖父が生きていた頃も含めて、ここまでひどい状態になったのは初めて見るようだ。

「これはひどいわね。今日は片付けだけで一日が終わっちゃうわ」

「ぴ、ぴぃ……」

 驚愕の表情を浮かべるベニーを気遣って、プルンはベニーの首筋に寄り添っている。

「心配してくれてありがとう。でも、これで薪はたくさん確保できそうね。頑張って片付けるから、プルンは落ちないように気を付けてて」

「ぴぃ!」

 ベニーはあちこちに転がっている枝をひとつずつ拾っては、折って束ねていった。
 これをしばらく天日干しにして水分を飛ばせば、立派な薪の完成である。
 薪があると生活魔法で起こした火が強力になる。ベニーの生活ではあまり役に立たないものの、客人が来た時になどに役に立つのである。
 なので、備蓄のために数を確保しておこうとベニーは必死に木の枝を拾い集めた。
 かなりの数だったので、作業は夕方までかかってしまった。それでも、森の方を見るとまだまだ散らかっている。
 昨日まで吹き荒れた嵐が相当のものだったことがよく分かる状況だった。
 その作業の最中に海の方も確認してみたベニーだったが、幸いなことに海の方ではこれといった異常を認めることはなかった。
 さすがに海での事故があったとなると、灯台守としての資質を問われかねなかったので、ベニーは胸を撫で下ろしたものだ。

 しかし、昨日とおとといの二日間吹き荒れた嵐は、ベニーが体験する初めてのできごとだった。
 なぜこんなことが起きたのか、ベニーはつい考え込んでしまう。
 思い当たる節があるとすればマーテルのことくらいではある。これに関しては、ベニーは灯台守として淡々と対応したに過ぎない。ここまでのことが起こる原因とは考えられなかった。
 何にしても、この嵐はベニーの心に大きな爪痕を残していったことには違いなさそうだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです

yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~ 旧タイトルに、もどしました。 日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。 まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。 劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。 日々の衣食住にも困る。 幸せ?生まれてこのかた一度もない。 ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・ 目覚めると、真っ白な世界。 目の前には神々しい人。 地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・ 短編→長編に変更しました。 R4.6.20 完結しました。 長らくお読みいただき、ありがとうございました。

処理中です...