少女の水平線

未羊

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第39話 平和の中の異質

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 ベニーとプルンとの間で絆が確立されている頃、港町で暮らすマーテルはというと、錬金術師の本分である研究に打ち込んでいた。
 ただ、ちょっと様子がおかしい感じではある。
 ベニーには灯台守となりたいのなら、港町の人たちと仲良くするして信頼を得るようにといわれたのだが、マーテルはほとんど街に姿を見せることはなかった。
 見かけたとしても、研究に使う材料や食事を手配するためくらいで、港町の人たちとの交流を行っているようにはとても思えなかった。
 ただ、港町にそれほど姿を見せることのないベニーは、そのことを知る由もなかったのだ。

 前回の訪問から六日くらいが経過すると、ベニーはたまった素材と薬を売りに港町を訪れる。

「こんにちは、今日も卸しに来ましたよ」

「お久しぶりです、ベニーさん。本当に毎回すみませんね。なにぶんこの辺りには薬師はベニーさんしかいませんから」

 ベニーに対して担当の女性は深々と頭を下げている。
 しかし、あまり仰々しい挨拶はベニーがよしとしなかった。自分の作ったものを買い取ってもらえているだけでも感謝なのである。
 これは、ベニーの祖父から受け継いだ考えで、ベニー自身もそのように考えている。
 自分は灯台守として、みんなの役に立てればいいのである。

「どうですか、港町の様子は」

 ベニーはしれっとストレートに状況の確認を行う。
 それというのも、マーテルの状況が気になっているからだ。
 話しぶりからするに、マーテルはおそらく灯台守に固執していると見ていたのだ。だから、祖父が生きていた頃からよく訪れているこの港町の住民と仲良くなることを条件に入れたのだ。
 今日はその確認も行っているというわけである。

「特に変わりはありません。いつも通り平和ですよ。特にベニーさんのお耳に入れるような情報はありませんね」

 受付の女性から、質問の答えとしてこんな言葉が返ってきた。
 特に変わりはないという言葉を聞いて、ベニーは安心した様子を見せている。
 だけど、欲しい答えはこれだけではなかった。

「マーテルさんの様子はどうでしょか」

 そう、課題を与えて放り込んだマーテルのことだった。
 マーテルと港町との間で、どのような変化が起きているのか。ベニーはそこが一番気になっているのである。
 ベニーからの追加の質問に、受付の女性は表情が一気に険しくなっていた。
 この表情に、ベニーはどうしても引っ掛かりを覚えてしまう。なので、詳しく事情を聞いてみることにした。

 商業ギルドでひと通り話を聞き終えたベニーは、町外れに足を運んでいた。
 そう、そこは課題を課したマーテルが住んでいる場所だ。
 担当の女性から話を聞いて改めて様子を確認することにしたのだが、マーテルの住む小屋を視界に入れた瞬間、ベニーに言い知れぬ寒気のような感覚が襲い掛かってきた。
 そのせいで、ベニーの足がぴたりと止まる。
 なぜだろうか、これ以上近付いてはいけない気がするのだ。

「プルン、今日はやめておきましょう。嫌な予感がするわ」

「ぴぃ」

 左肩に乗るプルンに声を掛けると、しょうがないなと少し元気のなさそうな返事があった。
 そんなわけで、本当はプルンの現状を伝えに行く予定だったのを急きょキャンセルして、ベニーはマーテルの住む小屋から離れていった。

(何なのかしら、この感覚は。前回はこんなことはなかったのに、どうして急に……)

 自分に襲い掛かる感覚に、ベニーは戸惑いを隠しきれなかった。
 結局この日は、オールさんのお店でいつものパンを購入して灯台に戻ることにしたのだった。

 灯台へと戻ったベニーは、すぐさま灯台の頂上へと登っていく。
 ちょうど空がかなり赤色に染まっていたので、導の灯をチェックするにはいい時間となっていた。

「今日も一日ありがとうございました。今夜も海と周辺の安全をお守りくださいませ」

 特に異常が見当たらなかったので、ベニーはそのまま祈りを捧げていた。
 一日の予定を終わらせたベニーは、夕食を前に疲れを取るためにお風呂に入る。

「ふわぁ~、一日動いた後のお風呂は格別だわ」

 湯船につかりながら、ベニーは大きな声でリラックスしているようだった。
 毎日同じような生活をしているとはいえ、時々他人にもある年頃の少女なのだ。身だしなみには気を遣うのである。
 魔物を浄化する力はきれいな心が必要。ずっと祖父から言われ続けていた言葉である。
 きれいな心を保つには、身だしなみにも気を遣うべきだろうということで、ベニーはかなりのきれい好きとして育っていっている。
 その結果が、このお風呂好きである。
 魔法があるとはいえど、毎日お湯を張って体を洗うというのはかなりの贅沢なのだ。

「それにしても、何だったのかしらね。マーテルさんの小屋の前に立つと、ものすごい寒気を感じたわ。一体中で何が起きているのかしら……」

 お風呂ですっきりしながらも、今日あったことを思い出すとつい気持ちが沈んでしまう。
 そのくらいに、マーテルの小屋で感じた異常というのは、確実に異質なものだったのだ。

「怖いけれど、次に行った時には中に入って確認をしてみましょうか」

「ぴぃっぴぃっ!」

「えっ、やめておけって? でもなぁ……」

 慌てたように叫ぶプルンの声に、ベニーは戸惑いを隠せない。
 しかし、寒気と同時に、このまま放っておいてはいけない感じも受け取っていたのだ。

「一応、騎士様に護衛を頼んでから行きましょうかね」

「ぴぃ」

 思い出せば思い出すほど、体の震えが止まらない。
 どうしてこう感じるか。ベニーはその謎を解き明かすべく、次回の訪問時には護衛をつけていくことに決めたのだった。
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