少女の水平線

未羊

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第51話 胸騒ぎの日

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 両親がやって来た翌日、ベニーは警戒したまま灯台で過ごしていた。
 ところが、何も起こらずに夜を迎える。
 灯にいつもの祈りを捧げた後、不思議に思いながら夕食の支度をしている。

「プルン、怪しい気配はなかったかな?」

「ぴぃぴぃ」

「そっか。じゃ、大丈夫だったのね」

「ぴぃ」

 ベニーは料理をしながら、プルンと完全に会話をしていた。
 言葉は通じていないはずなのだが、完全に意思疎通ができるようにはなっているようだ。よっぽどプルンと波長が合ったようである。
 とりあえず両親が押し掛けてこなかったことに安心しながら、その日のベニーは心を落ち着けてゆっくり休んだのだった。

 翌朝、思わず勢いよくベニーは目を覚ます。
 胸を押さえながら、顔面が蒼白になっている。何か怖い夢でも見たかのようである。

「はあ、はあ……。なに、この不安感」

 呼吸が乱れていて、大きく肩で呼吸をしている。

「ぴぃ……」

 プルンが心配そうにベニーに寄り添う。まるで慰めるかのように体をすり寄せている。

「プルン、ありがとう」

 ベニーはプルンの体を撫でて心を落ち着かせる。
 さっきまで胸を締め付けていた苦しみは消えて、ベニーの顔色はすっかり良くなっていた。

「ぴぃ、ぴぃ」

 ベッドの上で、プルンが嬉しそうに左右に飛び跳ねている。
 その可愛らしい動きに、ベニーは笑みをこぼしてしまう。

「とにかく、この不安がどこからくるのか分からないけれど、港町な気がするわ。今日は向かいましょうか、プルン」

「ぴ、ぴぃ~……」

 ところが、ベニーの提案に嫌そうな声で反応している。
 プルンはどうも気配というものを察知するらしいということが、ここまで観察していてベニーには分かっていた。
 そのプルンがこれだけ嫌がっているのだ。おそらく港町に向かってはいけないと訴えているのだろう。
 しかし、嫌な予感が止まらないベニーは、プルンの忠告には従えなかった。

「ごめんね、プルン。多分行かなきゃ、私は後悔すると思うの。これだけ嫌な予感がしてるんだもの。問題は私だけではないと思うのよね」

「ぴぃ、ぴぃ~」

 それでも必死に止めようとしているようだ。でも、もうベニーの決心は固かった。
 プルンも分かってくれたようで、もう止めようとはしてこなかった。
 朝の導の灯の確認と朝食を済ませたベニーは、閉じこもって作っておいた薬と魔物の素材を持って、いつものように港町へと向かっていった。

 途中で魔物に襲われることも覚悟したものの、騎士団によってきっちり討伐されていたのか、無事に港町に到着する。
 不思議なことに、港町に近付くにつれて胸騒ぎが大きくなっている。
 これはベニーだけのことではなかった。プルンも同じように不安を感じているようだ。
 なにせ、ベニーの肩の上での震えが増しているのだから。安心していられるはずの場所で震えているのだから、その不安が相当に大きいことに他ならない。
 港町の入口に立ったベニーは、そっとプルンの体を撫でていた。

 数回深呼吸をしたベニーは、意を決して港町の入口へと向かう。
 近付くや否や、ベニーは門番から声を掛けられてしまう。

「あっ、ベニーちゃん、大変だよ」

「どうなさったんですか、門番さん」

 あまりの慌てっぷりに、ベニーはついびっくりしてしまう。
 門番からは、すぐさま傭兵ギルドへと向かうように告げられたので、ベニーは傭兵ギルドへと向かっていく。
 港町の傭兵ギルドは、商業ギルドから建物ひとつを挟んだ位置に建っている。
 傭兵ギルドの中に入ったベニーは、そこにいた人物に思わず驚いてしまう。

「お、お母さん……」

 そこで見たのは、暴言を吐きまくっていた両親の片割れだった。
 だけど、ベニーが視線を向けてみると、母親の様子がおかしかった。

「昨日、街の入口付近で一人でいるのを保護したんです。ですが、何かに酷く怯えたようにその場にうずくまって震えていたので、念のために我ら傭兵ギルドで身柄を預かっているというわけです」

 ギルドの職員がベニーに説明してくれた。
 どうやらギルドの職員は、この女性がベニーの母親だと知っているようだ。
 それもどうだろう。まだベニーが幼かった頃に、祖父や夫とともにこの港町を訪れていたからだ。
 大人になった後だと、そこまで容姿に変化が訪れなくなってくる。それがゆえに、十年近く経ってもすぐさまベニーの母親だと特定できたのだ。

「お母さんは、一体どうしたんですか?」

 怖いとはいっても一応相手は肉親だ。
 ベニーは震える心を落ち着かせながら、傭兵ギルドの職員に状況の詳細を聞くことにした。
 ところが、ベニーのその問い掛けに対して、はっきりとした答えは返ってこなかった。
 ただ、町の入口付近で怯えながら一人でいたということ以外、詳しい状況はまったく分からなかったのだ。
 酷いことを言ってくるとはいえ、ベニーにとっては肉親だ。ここまで弱った姿を見せられてしまえば、お人好しといわれようとも心配になってしまうのである。

「お父さんは……、お父さんはいませんでしたか? 一緒にいたはずなのですが」

「それが、宿泊していた形跡はあるのですが、捜索してみてもその姿を発見できなかったのです。この女性が震えているのは、おそらくそのことが関係しているのでしょうが。この状態ではとても……」

 ギルドの職員はベニーの母親に目を向けた後、数回首を横に振っていた。

 胸騒ぎがしてやって来た港町でベニーが見たものは、普段の偉そうな母親の姿ではなかった。
 職員の話によれば、父親の姿が忽然と消えてしまっているのだという。
 あんな人たちでもつい気になってしまうベニーなのである。
 心配にはなるものの、ベニーには灯台守としての責務がある。
 母親のことを職員に任せたベニーは、いつもの通りの行動を済ませると、心配そうに何度も振り返りながら灯台へと戻ったのだった。
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