少女の水平線

未羊

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第60話 親子

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 マーテルの拘束から三日後、ベニーはペンソンと一緒に港町へと向かう。
 今回は馬に乗っての移動なので、いつもと比べてもかなり楽な移動だった。

「馬って初めて乗った気がします」

「ははっ、そうだったのですか? それは貴重な体験ができましたね」

 ベニーの反応に、ペンソンは笑っている。
 馬で港町へ移動している最中、昨日の到着が遅かったことで話せなかったマーテル事件の全容が話される。
 どうやらマーテルは、自分の錬金術を使って灯台守の能力を奪うつもりだったようだ。
 一族で継承される灯台守の力を魅力的に感じたからのようだ。
 なぜなら、導の灯を調節することで魔物を簡単に操れるからだ。マーテルの企みというのは灯台守になることで、魔物を操って周辺一帯を手中に収めるつもりだったようなのだ。
 だが、弟子入りするつもりだった先代灯台守は亡くなっており、幼いベニーも警戒して自分を追い出してしまった。
 そこにやってきたのがベニーの両親だ。すぐに魔力で気が付いたらしく、野心の強そうな父親に近付いて自分の計画に利用したというわけだった。

「なんて酷い人なのですか。自分の満足のために他人を危険にさらそうだなんて……」

 ベニーは眉間にしわを寄せて怒っている。

「ご両親とはあまり仲が良くないそうだが、一応無事な姿を確認しておくれ。君も願ったことなのだしね」

「はい、分かりました」

 ペンソンが話し掛けると、ベニーは素直に頷いている。

 いつものある期よりもかなり早い時間に港町に到着する。
 港町の中に馬を入れることはできるものの、騎乗することはできない決まりになっている。そのため、ベニーとペンソンは馬から降りて港町へと入っていく。
 現在ベニーの両親は傭兵ギルドの中にいるらしい。あそこならいろんな薬が揃っているし、暴れられたとしても屈強な傭兵たちがいるために安全というわけだ。
 こうした傭兵ギルドの一室で、ベニーと両親との再会の場が持たれた。
 両者の間では険悪な雰囲気が立ち込めていて、周りにいる人たちもそれをひしひしと感じ取っている。
 実の親子だというのに、この空気はいかがなものか。ベニーの隣に座るペンソンも強く思う程だった。

 ところが、この場の第一声で一気に雰囲気が変わった。

「ベニー、すまなかった」

 なんと父親が謝ってきたのだ。
 よく見ると、母親の方もばつが悪そうな表情をしている。一体何があったのだろうかと、ベニーは面食らってしまっていた。

「あんな態度を取ったというのに、悪い奴に騙された俺のことをお前が助けてくれたらしいな。お前がいなければ、俺は死んでいただろう。この通りだ、今までのことは許しておくれ」

 深々と頭を下げる父親の姿に、ベニーはあたふたと慌てふためいている。

「ええ、騎士団の人から聞きましたよ。お父様の手紙を持ってこの人を助けるために動いてくれたんですってね。あんなに酷いことを言ったのに、助けてくれるなんて思わなかったわ。ごめんなさいね、ベニー」

 母親も泣きながら謝っている。
 両親の今まで見たことがない姿に、ベニーはずっと驚かされてばかりだ。
 まったくもうどういう反応をしたらいいのか分からないようだった。
 しかし、両親が必死に頭を下げている様子を見ていると、これまでの態度を反省しているのは事実のようだ。
 とはいえ、今代の灯台守であるベニーと灯台守の地位を捨てて出ていった両親との間の溝というのは埋まることはなかった。

「そうだな。今まで親父とお前のことを無視し続けてきたんだ。今さら親の顔をするなというものだよな。だが、反省はしている。この通りだ、すまなかった」

 改めて反省の弁を述べて、父親は頭を深く下げている。
 さすがにここまでの謝罪の態度を示されてはベニーも許すしかなかった。

 和解が成立すると、ベニーはようやく両親の今を知ることができた。
 どうやら今は商人としてそこそこの成功を収めているらしい。

「そうだ。親父が死んでからというもの、行商人が来なくなったらしいな。その、よかったらだが、俺に任せてもらえないだろうか。罪滅ぼしというわけじゃないが、お前の生活を支えてやりたいんだ」

「お父さん……」

「おお……、俺のことを父親だと呼んでくれるのか。そうか……」

 ベニーがひと言喋っただけで、父親は言葉を詰まらせてしまった。母親は心配そうにその背中をさすっていた。

 灯台守という仕事を嫌がって出ていった父親と、灯台守を誇りとしている娘。
 交わることがないと思われ両者の交わる時が、再びここに訪れたのだった。
 しばらくの間はペンソンたちが様子を見守っていたのだが、やがて大丈夫だろうと判断したのか部屋から出ていった。
 こうして、ベニーと両親はようやく親子水入らずの時間を過ごしたのである。

 すっかり遅くなってしまい、ベニーは急いで戻るためにペンソンの駆る馬に同乗する。
 背中に捕まるベニーの目は、すっかり腫れ上がっている。
 灯台守として気丈に振る舞っているベニーも、家族の愛情というものに憧れていたのだろう。
 結局、最後には大泣きをしてしまい、今は泣き疲れて眠っているのだ。

「まったく、灯台守とはいってもやはり年頃の少女なのですな」

 ペンソンは微笑ましく呟きながら、夕刻に間に合うように馬を走らせたのだった。
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