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第二章『西の都へ』
ミーアとマスター
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ミーアはマスターに抱えられたまま、とある建物にまで連れてこられた。そこでミーアの鼻がひくつく。
「ルナル様の……匂い?」
かすかに鼻を突いた匂いに、ミーアは首を傾げている。
建物の前で地面に降ろされたミーアは、そのままマスターに連れられて建物の中へと入っていく。
「おう、奥のカウンターの席に座ってくれ」
背中をバンと叩かれたミーアは、あまりの痛さに背中をさすりながらやむなくマスターの言葉に従う。
「とりあえず、しばらくくつろいでいてくれ」
マスターはそう言って、カウンターの中でいろいろ動いている。しばらくすると、マスターがミーアに声を掛ける。
「君はルナルのところのミーアって子だろう?」
「にゃにゃ?!」
マスターから名前を呼ばれて驚くミーア。それもそうだろう。マスターとミーアはこの時が初対面だ、知っている方がおかしい。ミーアは一気に警戒を強める。
「あいつからは猫人のメイドが三人居るって話は聞いていたし、特に末の子のミーアって子は落ち着きがなくて大変だとか言ってたからな。あのドジっぷりを見てそうじゃないかと思った」
ドジとか言われて、シャーっと威嚇するミーア。
「おっと、そんなに強く睨まないでくれ。っと自己紹介が遅れたな。俺の名前は『マスター』ってんだ。ルナルとはちょっとした仲でな、それでいろいろ知ってるってだけだ」
マスターはそう言いながら、ミーアの前に冷たい飲み物を差し出した。
飲み物が目の前に置かれた時、ミーアは鼻をひくつかせる。変なものが入っていないかと警戒しているのである。ところが、そのミーアの警戒はすぐに解けた。この男は分かっていると。
実は猫人というのは、その多くが熱いものを苦手としているのだ。ミーアだって例外じゃない。
黙って冷たいミルクを差し出された事で、ミーアの警戒はすっかり解けてしまった。
「どうもありがとにゃ」
ミーアはそう言ってひと口含む。そして、カッと目を見開いた。ただのミルクと思いきや、いや、匂いで多少分かってはいたものの、実際に味わってみて驚かされたのである。ミーアの好みにドンピシャなのだ。
「どうやら、口に合ったみたいだな」
マスターがにかっと笑う。
「す、すごいのにゃ! 初見の相手の好みを見抜くなんて、普通出来る事じゃないのにゃ!」
「はっはっはっ、俺も結構長い間酒場の切り盛りをしているからな。それなりに相手の好みを見抜けるようになってきたんだ」
ミーアが感心していると、マスターは両手を腰に当てながら大声で笑っている。
「それにしても……」
ミーアが何かにふと気が付いて、周りを見回している。
「ここは本当に酒場なのかにゃ? 隅々まで掃除されててとてもきれいにゃ。こんな酒場なんて聞いた事ないにゃ」
「まあな。きれいにしておかねえとうるさいのが居るからな。塵の一つでも残ってると烈火のごとく怒りやがるからな。おかげでこの有り様ってわけよ」
ミーアの言葉に気さくに返してくるマスターに、ミーアの警戒は徐々に解けていく。この後はしばらくの間、話し込んでいた。
そして、そろそろいいかと、マスターは本題を切り出した。
「そういえば、ミーアはルナルに会いに来たんだよな?」
「そうにゃ」
マスターが問えば、ミーアは即答している。
「だったら、明日まで待ってくれ。ちょうど今は出ちまってるが、連絡があって明日に戻ってくるらしいんだ」
「ほ、本当かにゃ?!」
「ああ、少々面倒な依頼を引き受けててな。どうやら無事に終わったらしい」
「そうにゃのか……」
ルナルが戻ってくると聞いて、これで会えるとミーアは安心したようである。
「それにしても、あなたはルナル様について詳しいですのにゃ」
安心したついでというか、ミーアは率直な疑問をマスターにぶつけてみた。
「まあな。俺はこのハンターギルド『アルファガド』のギルドマスターでもあるんだ。あらゆる情報を掴んでないと、個性豊かなハンターたちを制御できないからな」
マスターはそう答えているのだが、次の瞬間、とんでもない爆弾発言をしてきた。
「ここだけの話だがな、俺はルナルの正体も知っている」
「にゃ、にゃんですとーっ!!」
ミーアは驚きで大声を上げ、マスターを睨み付けながら椅子から飛び降りて構えた。
「おいおい、そう構えなさんな。俺はルナルの正体を知った上でここに引き込んだんだからな」
マスターは顎を触りながら説明している。だが、ミーアの警戒は解けなかった。
「いやまぁ、知り合ったのは偶然なんだがな。そのついでにいろいろ話を聞いていたら、だったらハンターはどうだと勧めたわけなんだよ」
マスターは思い出しながら、しみじみと話している。
「まったく、出会った時は驚いたし、焦ったもんだ。今ではトップクラスのハンターであるルナルが、行き倒れていたんだからな。さすがに死なせるわけにはいけないから、必死に介抱したんだがな」
そして、自分用に用意した飲み物をグイッと飲み干した。
「普段から明るく気さくに振舞っているが、あいつも相当に溜め込んでたんだろうなぁ。まさか酔った勢いであんな事を言い出すなんてな」
「あんな事?」
マスターの言葉に、ミーアが反応する。そして、マスターはちょいちょいとミーアを手招きして近くに来させる。
「さすがにこいつは他人に聞かれるわけにはいかねえ。耳を貸せ」
「はいにゃ」
マスターが言うと、ミーアは耳をマスターに近付ける。
「2か月前の魔王の宣言は覚えているか?」
「ああ、あの世界を滅ぼすとか言ったやつですかにゃ」
「そうだ。あの時はちょうどソルトと俺の二人しか居なかったんだが、ルナルは珍しく酒をかなり飲んでたんだ」
「ふむふむ」
マスターの話を静かに聞くミーア。
「まったく、急に立ち上がったかと思うとあれだもんな。すぐにルナルが酔い潰れたから事なきを得た感じだが、あの場をどうにかごまかすのは大変だったぞ」
「ふむふむ。ならばマスターさんはルナル様が魔王という事をご存じなのにゃ?」
「ああ、最初からな。だから、助けたんだよ」
そこまで聞いたミーアは、ストンと椅子に座り込んだ。
「わざわざ出てきたくらいだ。ルナルには積もる話もあるんだろう。今日は泊めてやるから、明日、ルナルが帰ってきてからでもゆっくり話をするといい」
「分かったにゃ」
マスターの言葉に、ミーアは素直に頷いていた。
「にしても、どうせ黙って出てきたんだろうなぁ」
「か、書き置きはしてきたにゃ!」
マスターの言い分にミーアは顔を真っ赤にしている。
「そんな事言って、城に戻るつもりはないんだろう?」
「うぐっ!」
ミーアは図星だったのか、体を硬直させている。その姿を見たマスターはやっぱりかとため息を吐く。
「ルナルも城に戻る予定はないしな。それだったら、いっその事、うちで働いてみるってのはどうだ?」
「ほへっ?」
マスターからの意外な提案に、ミーアは目を丸くして固まったのだった。
「ルナル様の……匂い?」
かすかに鼻を突いた匂いに、ミーアは首を傾げている。
建物の前で地面に降ろされたミーアは、そのままマスターに連れられて建物の中へと入っていく。
「おう、奥のカウンターの席に座ってくれ」
背中をバンと叩かれたミーアは、あまりの痛さに背中をさすりながらやむなくマスターの言葉に従う。
「とりあえず、しばらくくつろいでいてくれ」
マスターはそう言って、カウンターの中でいろいろ動いている。しばらくすると、マスターがミーアに声を掛ける。
「君はルナルのところのミーアって子だろう?」
「にゃにゃ?!」
マスターから名前を呼ばれて驚くミーア。それもそうだろう。マスターとミーアはこの時が初対面だ、知っている方がおかしい。ミーアは一気に警戒を強める。
「あいつからは猫人のメイドが三人居るって話は聞いていたし、特に末の子のミーアって子は落ち着きがなくて大変だとか言ってたからな。あのドジっぷりを見てそうじゃないかと思った」
ドジとか言われて、シャーっと威嚇するミーア。
「おっと、そんなに強く睨まないでくれ。っと自己紹介が遅れたな。俺の名前は『マスター』ってんだ。ルナルとはちょっとした仲でな、それでいろいろ知ってるってだけだ」
マスターはそう言いながら、ミーアの前に冷たい飲み物を差し出した。
飲み物が目の前に置かれた時、ミーアは鼻をひくつかせる。変なものが入っていないかと警戒しているのである。ところが、そのミーアの警戒はすぐに解けた。この男は分かっていると。
実は猫人というのは、その多くが熱いものを苦手としているのだ。ミーアだって例外じゃない。
黙って冷たいミルクを差し出された事で、ミーアの警戒はすっかり解けてしまった。
「どうもありがとにゃ」
ミーアはそう言ってひと口含む。そして、カッと目を見開いた。ただのミルクと思いきや、いや、匂いで多少分かってはいたものの、実際に味わってみて驚かされたのである。ミーアの好みにドンピシャなのだ。
「どうやら、口に合ったみたいだな」
マスターがにかっと笑う。
「す、すごいのにゃ! 初見の相手の好みを見抜くなんて、普通出来る事じゃないのにゃ!」
「はっはっはっ、俺も結構長い間酒場の切り盛りをしているからな。それなりに相手の好みを見抜けるようになってきたんだ」
ミーアが感心していると、マスターは両手を腰に当てながら大声で笑っている。
「それにしても……」
ミーアが何かにふと気が付いて、周りを見回している。
「ここは本当に酒場なのかにゃ? 隅々まで掃除されててとてもきれいにゃ。こんな酒場なんて聞いた事ないにゃ」
「まあな。きれいにしておかねえとうるさいのが居るからな。塵の一つでも残ってると烈火のごとく怒りやがるからな。おかげでこの有り様ってわけよ」
ミーアの言葉に気さくに返してくるマスターに、ミーアの警戒は徐々に解けていく。この後はしばらくの間、話し込んでいた。
そして、そろそろいいかと、マスターは本題を切り出した。
「そういえば、ミーアはルナルに会いに来たんだよな?」
「そうにゃ」
マスターが問えば、ミーアは即答している。
「だったら、明日まで待ってくれ。ちょうど今は出ちまってるが、連絡があって明日に戻ってくるらしいんだ」
「ほ、本当かにゃ?!」
「ああ、少々面倒な依頼を引き受けててな。どうやら無事に終わったらしい」
「そうにゃのか……」
ルナルが戻ってくると聞いて、これで会えるとミーアは安心したようである。
「それにしても、あなたはルナル様について詳しいですのにゃ」
安心したついでというか、ミーアは率直な疑問をマスターにぶつけてみた。
「まあな。俺はこのハンターギルド『アルファガド』のギルドマスターでもあるんだ。あらゆる情報を掴んでないと、個性豊かなハンターたちを制御できないからな」
マスターはそう答えているのだが、次の瞬間、とんでもない爆弾発言をしてきた。
「ここだけの話だがな、俺はルナルの正体も知っている」
「にゃ、にゃんですとーっ!!」
ミーアは驚きで大声を上げ、マスターを睨み付けながら椅子から飛び降りて構えた。
「おいおい、そう構えなさんな。俺はルナルの正体を知った上でここに引き込んだんだからな」
マスターは顎を触りながら説明している。だが、ミーアの警戒は解けなかった。
「いやまぁ、知り合ったのは偶然なんだがな。そのついでにいろいろ話を聞いていたら、だったらハンターはどうだと勧めたわけなんだよ」
マスターは思い出しながら、しみじみと話している。
「まったく、出会った時は驚いたし、焦ったもんだ。今ではトップクラスのハンターであるルナルが、行き倒れていたんだからな。さすがに死なせるわけにはいけないから、必死に介抱したんだがな」
そして、自分用に用意した飲み物をグイッと飲み干した。
「普段から明るく気さくに振舞っているが、あいつも相当に溜め込んでたんだろうなぁ。まさか酔った勢いであんな事を言い出すなんてな」
「あんな事?」
マスターの言葉に、ミーアが反応する。そして、マスターはちょいちょいとミーアを手招きして近くに来させる。
「さすがにこいつは他人に聞かれるわけにはいかねえ。耳を貸せ」
「はいにゃ」
マスターが言うと、ミーアは耳をマスターに近付ける。
「2か月前の魔王の宣言は覚えているか?」
「ああ、あの世界を滅ぼすとか言ったやつですかにゃ」
「そうだ。あの時はちょうどソルトと俺の二人しか居なかったんだが、ルナルは珍しく酒をかなり飲んでたんだ」
「ふむふむ」
マスターの話を静かに聞くミーア。
「まったく、急に立ち上がったかと思うとあれだもんな。すぐにルナルが酔い潰れたから事なきを得た感じだが、あの場をどうにかごまかすのは大変だったぞ」
「ふむふむ。ならばマスターさんはルナル様が魔王という事をご存じなのにゃ?」
「ああ、最初からな。だから、助けたんだよ」
そこまで聞いたミーアは、ストンと椅子に座り込んだ。
「わざわざ出てきたくらいだ。ルナルには積もる話もあるんだろう。今日は泊めてやるから、明日、ルナルが帰ってきてからでもゆっくり話をするといい」
「分かったにゃ」
マスターの言葉に、ミーアは素直に頷いていた。
「にしても、どうせ黙って出てきたんだろうなぁ」
「か、書き置きはしてきたにゃ!」
マスターの言い分にミーアは顔を真っ赤にしている。
「そんな事言って、城に戻るつもりはないんだろう?」
「うぐっ!」
ミーアは図星だったのか、体を硬直させている。その姿を見たマスターはやっぱりかとため息を吐く。
「ルナルも城に戻る予定はないしな。それだったら、いっその事、うちで働いてみるってのはどうだ?」
「ほへっ?」
マスターからの意外な提案に、ミーアは目を丸くして固まったのだった。
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