スライム姉妹の受難

未羊

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第一部 スライム姉妹、登場

番外編2 眷属、ショークアに行く3

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「朝のあれ、何だったんですかね」
「知らん。ただ、捕まってた連中が盗賊だった事くらいしか分からんよ。言ってる事も意味不明すぎるしな」
 3日目の道中、隊員たちはそんな話をしている。
 まさか宿に泊まっている間に、荷物が盗賊に狙われるとは思っていなかった。しかし、その盗賊たちはよく分からない状態で拘束されていた。首から下ががっちり土で固められており、掴まえて連れていくにもひと苦労だった。ちなみに荷物は全部無事だった。何一つ減ってはいない。どこの誰だか知らないが、荷物を守ってくれた事に感謝である。
 ちなみに、荷物を守った当の本人たちは、今日も無表情で馬車の中に座っていた。
 さて、キャンディとガムがなぜ盗賊に対応できたのかというと、それはミミックスライムに備わる特有の能力のおかげである。他人に擬態して騙したり身を守ったりするスライムであり、そういうには敏感なのである。しかし、それはとは別物であるがために、この二人は人間の感情が分からないのである。実に複雑な話だ。
 しかしながら、あれだけ鬱陶しがっていたグースに質問をするようになったあたり、二人にも少し変化が見られ始めた。ゼリアから言われた事を、少しずつ実践し始めたのである。
 現状、キャンディとガムに対して積極的に関わってくるのは、このグースただ一人なのである。となれば、必然として二人の方もグースと接さざるを得ないというわけだ。地味に二人は不本意であるのか、機嫌が悪そうだった。
「この人間、苦手……」
「ゼリア様の命令、我慢……」
 二人は何かぼそぼそと呟いた。
「うん? 何か言ったかい?」
 グースに何か聞こえたのか、こう声を掛けられると、
「何でもない」
「何も言ってない」
 ぶすっとした不機嫌な顔で返していた。この反応には、さすがにグースは苦笑いをするしかなかった。

 翌日、朝の内に国境を超える。国境には頑強な塀が長々と建てられており、地平線の向こうまで続いていた。街道部分には関所が設けられており、ビボーナとショークアの兵士が数名ずつ検問にあたっていた。ここでは通行証、それと積み荷や人員の確認が行われる。長いと数十分は費やす事になる面倒な作業である。
「よし、次!」
 順番に確認が行われている。冒険者であるなら、ほぼギルド証の確認だけなので非常に早い。だが、これが商人だと積み荷のチェックが入る。なので、検問に費やす時間のほとんどは商人のせいなのである。たまに積み荷に変な物を紛れ込ませるから、念入りになってしまうのだ。
「よし、次!」
 いよいよキャンディやガムの居る隊商の順番となった。というわけで、隊商の隊長が、通行証を見せる。すると兵士たちが驚いた顔をして、通行証を調べ始めた。
「なに?」
「ああ、ビボーナ王国の国章入りの通行証だからな。真贋のチェックをしているんだろう」
「真贋?」
「本物か偽物かって事さ」
「そっか」
 キャンディとガムの疑問に、グースはさらさらと答えていた。淡々としていたが、三人の間にぎすぎすとした空気は無くなってきていた。キャンディとガムは、グースに慣れてきたのだろうか。
 さて、程なくして一行に通行許可の判断が下りた。王家の発行した正式な通行証と判断され、人員と積み荷に信頼が置けると判断されたようだ。こうして隊商は無事にショークア王国の地へと歩み入れていく。
 国境の関所を超えた先にも街道がきちんと整備されており、ショークアもビボーナとの取引を真剣に考えていた事が窺えた。まぁ、自国の使節団を送り込んできた事からも、その辺りの整備はちゃんとしていたのだろう。
「正直、獣道も想像していたのだが、比較的まっすぐで平らな道が整備されているな。森も切り開いた跡が見えるし、この分なら宿場町も整えてありそうだ」
 隊長は見た感じの感想を話している。おおよその隊員も同じような感想を持ったようで、結構な人数が頷いていた。頷いていない隊員も居るが、ショークアに対する懐疑的な立場からの事だろう。ここでは特に気にする事ではなさそうだった。
 そんな中、キャンディとガムが何かに反応して顔を上げる。
「どうした?」
 明らかにおかしな様子に、グースがすぐに反応する。
「ん、魔物」
「右方向、数は3」
「この強さならきっとウルフ」
 キャンディとガムが淡々と話す。ミミックスライムの防衛本能が、魔物の襲来を感知したようだ。
 これを聞いたグースは、
「お前ら、魔物が近付いてるらしい。右方向からウルフが3匹!」
「なんだと?!」
 仲間に大声で伝える。すると、隊商は騒がしくなった。
「おう、魔物なら任せておけ」
 その中でも護衛に当たっている兵士は落ち着いていた。
「ん、茂みから飛び出てくる」
 キャンディのこの声と同時に、茂みががさがさと揺れる。
「そうか。でも、ここは護衛たちに任せておこう」
「なぜ?」
「君らは子どもだ。こういうのは大人の役目だからな」
「ん、分かった」
 せっかくの餌だというのに、二人はグースの言い分におとなしく従った。ゼリアから魔物とバレてはいけないとさんざん言われていたからである。
 結局キャンディとガムは、そのままグースと一緒に馬車でおとなしくしていた。二人の感知した魔物は確かにウルフで、数は3体だった。落ち着いていた護衛が無事に返り討ちにして、とりあえずの危険は去ったようである。
「グース!」
 隊長が怒鳴り込んできた。
「なぜ、魔物の襲撃が分かった」
「この子たちが教えてくれたんですよ」
 グースはキャンディとガムを見ながら素直に答えた。
「ん、魔物の感知は得意」
「生き残るため、身に付けた」
 キャンディもガムも無表情で淡々と答える。これに対して、隊長は信じられないという顔をしていた。それもそうだろう。キャンディとガムの姿はどう見ても10歳かそこらの子どもなのだから。
 だが、隊長は旅の安全を最優先してそこには目をつぶる。
「すまない、ショークアに着くまでの間だけ、その能力を頼っていいかい?」
「ん、構わない」
「ショークアに無事に着く、これが一番」
 恥を忍んだ隊長のお願いを、二人とも快く承諾した。
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