上 下
4 / 56

第4話 聴くらしい

しおりを挟む
 翌日になり、英気を養ったのでまたあの世界へと旅立つことにした。昨日あれからご飯も食べて、それから色々とやってみたんだけど、どうにもテレポートが発動しなかった。うんともすんとも言わないもんだからびっくりしちまって、俺の体は早々にイカれちまったのかって。
 ただ、一日たってなんだか体の底から気力みたいなのが湧いてくるような、そんな気がしてきて、今ならまたテレポートできるようなそんな自信が湧く。
 もしかしてだけど一日二回しか使えない、とかそんな制限があったりするんじゃなかろうか。もし一往復分しか使えないんだったら今後はもっと考えなきゃなぁ。

「どうしたんですか? 何か考え事でも?」

「ちょっとね、まあ気にしないでくれ。それじゃ今日もお仕事頑張りますか!」

 そう言って俺は、再び異世界へと旅立った。
 
 
 ◆ ◆ ◆
 
 
 昨日と同じ草原に到着。朝の日差しが眩しいぜ。
 やっぱりテレポート直後は体がだるくて仕方がないが、今日は対策してあるんだ。
 うちの研究員御用達の栄養ドリンク。これさえあれば、三徹分の疲れも一気に吹き飛ぶ優れもの!

 うん! まずい! ……正直ひでぇ。
 しかしながら本当に体が軽くなった、すげえ。……いやおかしいだろ、なんかやばいもんでも入ってるんじゃないのこれ?

    そんなゾっとしそうな考えも早々に切り上げて、再びあの城へと向かう。



 スーツのステルス機能も全開にして、城へと潜り込むと大量の兵士が広場へと集合していた。
 その光景たるや壮観。まるで蟻の行列みたいにぞろぞろと並んでいて、しかも全員が武装しているという物々しさ。
 そして、そんな兵士たちを前に、見下ろすようにお姫様が壇上に立っていて、何やら演説を始めるようだ。

「我が王家に仕える英傑達よ。国王陛下が病床に伏している故、未熟な姫の身でありながら、このような場に立っている事を、まずは謝罪させて下さい。そして皆様方にお願いがあります。この国の繁栄のために、引いては御自身の家族の為に、命をかけて戦って頂きたく、存じ上げます! 私も共に戦います。今日という日を魔族の終焉の日とする為にも、どうか、どうか私達が愛する祖国を守ってくださらないでしょうか?」

 お姫様が力強く訴えている。
 兵士たちからは、歓声が上がる。

「我らが王女殿下の御為に!」

「「「「「「おおぉー!!」」」」」

 兵士一同からの雄叫びがあがる。
 その音頭を取っているのは、昨日お姫様の部屋にいた女騎士。特徴的なストロベリーブロンドの長い髪だ、一発でわかる。

「僕からもお願いします。今日の魔族軍は今まで以上に死力を尽くしてくるはずです。僕達のパーティーの力だけでは、その大軍を相手には出来ません……。
でも、みんなが頑張って力を合わせれば! きっと……、ううん。絶対、大丈夫な筈ですッ!!」

 そう仰るのは、三人のパーティーからなる勇者達のリーダー、勿論勇者その人だ! ……の、筈だよな多分。

 この三人は勇者を始め、僧侶と魔法使いのパーティーで、全員が女の子らしい。
 俺も挿し絵でしか見たことないが、こりゃあ結構。いやさ、とびきりにかわいい部類に入るんじゃないかと思う。

 そんな子が必死に兵士達を鼓舞している姿はなかなか絵になるものがあるなぁ。
 勇者に続くのは、やはりあの女騎士。

「我らが勇者の言う通りだ。既に賽は投げられた。今更引き返すことはできぬ。それに、此度の戦は、我々人類にとっても重要な意味を持つものだ。ここで勝たねば、いずれ滅亡の一途を辿ることになるだろう。だからこそ、我々は全力を持ってして奴らに相対するのだ!」

「「「「「うぅおおぉー!!!」」」」」

 ほう、これがあの終盤のハイライトの一つか。参加しているわけでも無いのに胸が熱くなるな。
 
 さて、と。いつまでもじーんと感動してないでお仕事だ。
 俺は周りから見えて無いのをいいことに、兵士の波を掻き分けて堂々と勇者達へと近づいた。

 しかし、近くで見ると色とりどりの美人だな。勇者を筆頭に、こりゃ三人共アイドルだぜ。お姫様もかなりの美少女だったけど、こっちも負けず劣らず。
 勇者はスレンダーで背が低くてグレーショートボブの活発そうな子だ。魔法使いの子は身長が高くて童顔の茶髪ロングの可愛い系の子。最後の一人はアクアマリンな髪をポニーテールにしたクールビューティーって感じの子だな。
 見てるだけでも保養になるレベルってやつか。

「……ハッ!」

「どうしたんだい?」

「いえ、何か邪な気を感じたような……」

「それはあれだ、気が立ってるんだよ。普段冷静なあんたでも、この雰囲気に呑まれたのさ」

「そう、でしょうか……」

 危ねぇ、余計な事考えずにさっさと仕事済ましちまおう。
 俺は手慣れた手つきで、遺伝子採集用の針を三人に打ち込んでいった。
 ……よし、取れてる! 此れでまずは一段落。
 とはいえ、あまりゆっくりもしてらんないわけで、戦いが始まる前にもう一つのようを済ませないとな。
 俺はそそくさと、兵士の気力で沸き上がるその広場を横目に、もう一つの場所へと飛んで行った。


 ◆ ◆ ◆


「皆の者、今日こそが我らが宿命を果たす最後の機会。死力を尽くさねば、我らに未来はないだろう。王国軍もまた、それを理解していると思え! 我らが進退、この日を以て全てが決まるッ! 既に我らが主は討たれたのだ、背後に帰る場所など無い。ならば、我らが成すべき事は一つ! 進軍を以て明日を掴むのみだッ!!」

 朝の光も差し込まないような、ほの暗い場所に彼らはいた。
 そう、彼らこそが魔族達の残党軍。
 魔王を討たれ、本陣であった城まで崩された彼らがいるのは、最後の砦である前線基地。
 兵達の前で檄を飛ばすのは、魔族軍最後の将。
 彼以外の最高幹部も、その側近達も最早居ない。
 散っていった彼らが束ねていた僅かな軍団員をまとめ上げて、この砦を今日まで守って来たのだ、この男は。
 兵士達もまた、今日まで自分達をまとめ上げてきたこの将軍の言葉を、聞き逃すまいかと一言一言に耳を傾ける。
 それほどの信頼を、今日という日まで築き上げてきたのだ。
 兵士達は最早、自らの命を惜しみはしない。将軍と共に、戦いの果てにあるものを望んでいるのだ。
 例え、その半ばで朽ち果てようとも。


 ……なんて、感じだっけか?
 とにかく、ここが俺のもう一つの目的ってわけだ。一番の目的は俺たちに近い人間のDNAの採取だが、つまるところ実験的に他の知的生命体の遺伝子が欲しいらしい。
 昨日、研究室の連中に疲れについて相談したところで、あの栄養ドリンクを貰った。いわばその見返りに、魔族の遺伝子を研究したいんだと。
 マッドな考えだが、貰うもん貰った以上は引き受けない訳にもいかんわけで。

 しかし、あの先頭立っているリーダー格の男、人間基準で見てもかなりのイケメンじゃない? そりゃ角とか生えてるけど。
 なんか妬ましいわ。俺、負けてない? 悔しい。流石にちょっと、俺より顔がいい男はハブとくか。別にDNAは魔族だったらなんでもいいだろ。

 他にめぼしいのは無いかぐるりと見回せば、コウモリみたいな羽の生えた、如何にも悪魔って感じの姉ちゃんを見つけた。
 ……いや、しかしすげぇな! なんてプロポーションだよ。今まで出会った美女の中でも間違いなくダントツでセクシーだぜ! まさしくボンッキュッボンッ! を体現しておわす。
 眼福どころじゃねえな、目に毒だ。
 それに人間じゃありえない、青い肌に藍色の髪、反転した黒い目!! 蟲惑的な見事なコントラストだわ。こりゃ、お近づきにならねば。むしろあれほどの美人を無視するのは凄まじく失礼だろう。

 俺は、善は急げと言わんばかりにお姉さんに近づいて行く。
 勿論、正体を見られる訳にゃいかんのでいつも通りステルス。それに加え、足音を立てないようにホバリングで近づく。ここにいる連中は、将軍の言葉に聞き入ってだんまりだ。僅かな音も立てられない。
 
 三メートル、二、一、ゼロ。
 この距離ならもう余裕だろう、お姉さんの珠のお肌に針さして行く。大丈夫、痛くないですからねぇ。刺さったっ!
 
「あら? 気のせい、かしらね? 何か触れたような……」

 やべぇ、びくったぜ。なんて敏感なお肌なんでしょ。人間相手なら、まずこんな事は無いだけどな。
 ま、いいか。魔族のお姉さんの貴重な遺伝子はゲットしたんだ。後は適当に、そこらの兵士から集めりゃいいだろ。よく見れば他にも粒揃いだし、男もそこそこの顔の奴を取っておこう。
 

 ……そういや、この後すぐ開戦か。結果は分かってるが、折角だ。見届けるのもいいかもな。
しおりを挟む

処理中です...