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第9話 巻き込むらしい

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「ふあ~……、寝たぜぇ……」

 昨日は本当に散々だった。まさか俺があんな醜態をさらすとは思わなかったぜ……。そんな事を考えつつ、いつものように着替えを始める。
 リビングに入ると、そこには既にエプロン姿のスーラ君が、朝食を作っている。

「おはようございます、モナーガさん。よく眠れました?」

「ああ、まあ……ぐっすりだった、かなぁ。う~ん、でも体の調子はいい感じだし。ありがとう、助かった」

「いえ、これくらいしか出来ませんから。それより……大丈夫ですか? 顔色、あまり良くないみたいですけど」

 スーラ君は心配そうな顔をして、俺の事を気遣ってくれる。いやぁ、ほんといい子だなぁ……。こんな子に心配されるなんて、悪い気はしないもんだ。これで、男で無かったら。

「何、こんな時の為の栄養ドリンクさ。冷蔵庫にまだ残ってたろ?」

「はい。あ、でも、そういえば、ジャケットに入っていたボトルがいつも間にか無くなってたんですが、もしかして飲みました?」

「いや、さっきまでグースカいびきかいて寝てたし、覚えは無いなぁ。でも、あれ中身水だぜ?」

「え、そうだったんだすか?」

「昨日飲んだ泉の水を汲んでただけだし、別に無くても困らねぇしな。お互い忘れようじゃないの。な!」

「あ、はい。モナーガさんがそう言うなら」

 しかし、奇妙な事もあるもんだな。誰かがこっそり持っていったとか? そうなら、ただの水を盗った事になる。とんだマヌケだ。

「にしても、今更だけどさ。スーラ君って料理上手いよな、
上手くて美味いってねぇ」

「え? え、ええ実は結構得意みたいな感じです、かね」

 苦笑いで答えるスーラ君。流石につまんなかったか。

「ええと……じゃあ出来ましたし、いただきましょうか」

「おう、もう腹ペコだ。いただきまーす!」

 食卓には、スーラ君が作ったスクランブルエッグにベーコンとトースト。そしてサラダとスープ。定番といえば定番だが、それでもやはり美味そうだ。俺は早々に食らいつくした。

「いやごっそさん! やっぱりうめぇわ、スーラ君のさ!」

「そ、それはどうもです。作った甲斐がありました」

 照れ臭そうに頬を掻くスーラ君。
 こういう所作は、本当に女の子らしい。中身は男だって分かってるんだけどね……。本人も意識してやってるわけじゃないだろうが。





 しっかり腹を満たして、すっかり元気になった俺は、腹ごなしに艦内の散歩に出かけた。
 なんせべらぼうに広いので、はっきり言って全体の把握は出来ていない。どこに何があるかは流石に頭に入れているが実際に足を伸ばした場所は数える程しかない。
 だからこういう時間を使って、探索をしているわけだ。実際、意外と楽しい。
 知ってるだけじゃ分からない、その雰囲気とかそこにいる人間とか。そういうのを見て回るのは面白いもんだと、ここに来て初めて知った事だ。

 そんな風にブラブラしていると、見覚えがある顔が見えてきた。

「よぉ! アルフェンじゃないのよ! 元気してっかぁ、相変わらず無愛想な面してんな。もっと笑えよぶはははは!」

「……朝から騒がしい。一体何の用だ? 頭痛がするから下手に絡むな」

 俺が声を掛けると、鬱陶しそうな表情でこちらを見る。こいつは、アルフェン。いつも仏頂面で、滅多に笑うことが無くて辛気臭い。その為、周りからは鉄仮面と呼ばれてる、と俺は思ってる。

「まあま、いいじゃないのよ。こういう仲だろう、昔からさ」

「お前と知り合ったのは、つい最近のはずだが?」

「んな細かい事は気にすんなよブラザー」

 ジトと睨みつけるこいつの頭の角が、一緒に俺を鬱陶しそうに見ている気がしてくる。
 こいつは、姿形は人間に近いが、二本の角と尖った耳を持つ。
 SFらしく宇宙人、とも言えるが魔族のクローンだ。

 そういやドランのヤツが言っていたが、クローン化する際に俺たちプレイスティア人に近い遺伝子に調整されているようだ。癪だが、あいつは遺伝子工学には名の知れた男らしく、こういう事をやってのけてしまう。
 クローン魔族は、特徴こそほぼそのままだが、寿命はプレイスティア人の平均並になっているらしい。当然、理論上の話で実際にそこまで生きるかどうかはわからんが。
 既に魔族のクローンはこの艦で何人も過ごしている。他の人間タイプのクローンと同じく、睡眠学習で基礎知識を叩き込まれ、アルフェンと同じように仕事についているヤツもいる。うちのスーラ君もそうだ。
 ま、でも一番褒められるべきはDNAを持ち帰ってきた俺だろうがな。

「私はお前の兄弟では無い」

「俺だって別に、お前みたいな愛想のねぇ弟なんざごめんだぜ。兄弟といや、お前の妹は相変わらずべったりか?」

「……アレが勝手に兄と呼んでいるだけだ」

「はいはい」

「…………」

「冗談だよ、そう睨むな」

 まったく、真面目が過ぎておちおち冗談も言えねぇ。
 しかし、この調子だと妹はブラコンのままってか。

「……まあ良い。ところで、お前はまだここにいるつもりか?」

「食後の散歩ぐらい、いいじゃないのよ。四六時中仕事の事考えて生きてんじゃないわけ、お前みたいに仕事の虫をやってられないんだよ」

「与えて下さった仕事に準じているだけだ。船長閣下の為にもな」

「どうでもいいけど、船長で閣下って何だよ」

「言葉通りの意味だ」

 こいつは、生粋の仕事中毒者だ。きっと、仕事が無ければ無いで文句を言い出すタイプだぜ。

「そんなに仕事が好きなら、俺の仕事もやってくれよ」

「巫山戯るな、お前の為にそこまでする理由など無い。だいたいそれはお前でしか出来ない仕事だ」

「んなのわかってんだよ。でもなぁ、ステルスに時間制限が付いちまったせいでやりにくくなったんだ。全く、せめて人手が欲しいぜ。このまま道連れにジャンプ! なんて……」



 俺はアルフェンの肩を掴みながらそんな事を言った。ああ言ったさ。
 それがなんで……。

「……おい、此処は何処だ?」

「あれ?」
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