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第29話 我は華麗なり!

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「アピタ。わ、我々はどうしても撤退しなければならないわけだが、この」

「この場を私に任せると言うのだね! ああ勿論さ、その役目。立派に果たして見せよう!!」

「う、うん。是非頼むよ」

 夜の深い森の中、アピタと呼ばれた少女は、パーティの男に頼まれて殿を買って出る。
 既にモンスターの大群に囲まれた彼女達であったが、当然にここで死ぬわけにもいかず。誰かだ囮となって逃がす必要があった。
 一瞬の迷いも無くその役目を引き受けたアピタは、大群の前に悠々と躍り出ると持っていた剣を突き付ける。

「さあ来たまえ、私が諸君らの相手を務めよう! しかし、これより先に進めると思うなかれ! 踏み越えて来た者は全て斬り伏せて見せよう!!」

 まるで、舞台に上がった主役かのように一切の焦りも見せず堂々とモンスター達に宣言する。
 それに反応するかのようにモンスター達も少女へと牙を、爪を尖らせ一斉に襲い掛かる。
 アピタは口角を、わずかに吊り上げるとその剣を振るう。
 
 その瞬間である。たった一振りの剣撃によって、数十の敵が薙ぎ払われたのは。
 彼女の一撃を受けたものは、例外なく身体が真っ二つに裂けていく。
 血飛沫が舞い、臓物が零れ落ち、断末魔の叫び声が木霊する。

「ハーッハッハァー!! 甘いね! 実に甘い!! そのミルクチョコレートのように甘い考えと動きでは、私の動きを捉えるがはずもなし!!!」

 それは一方的な殺戮であった、駆け出しの冒険者では一匹でも梃子摺るようなモンスターが何十匹といるというのに、それを彼女は鼻歌交じりで蹴散らしていく。
 その隙きに他のパーティメンバーは撤退する。
 リーダーが後ろを振り向き、全く相手になっていないモンスターとそれらを赤子に手を捻るように切り刻んでいくアピタを見て、思わず呟く。

「やっぱりこうなったか……」

「さっさと行こう。みんなで決めた事でしょ?」

「お互いの為にもこうするしかないって」

 複雑な顔のリーダーに向かって、同じパーティのシーフの少女が声を掛ける。撤退を急かしているようだ。それに続いて、ヒーラーの少女も諦めるように説得する。
 リーダーは後ろ髪を引かれる重いであったが、迷いを振り切るようにアピタに背を向けて走っていくのだった。

 それから暫く。動く者はアピタ一人となった戦場。いや、戦場ですら無いのだろう彼女にとっては。
 辺り一面に広がった死骸の山が月明かりに照らされる。その光景を見ながら、アピタは独り言を漏らす。

「さて、これで少しは時間が稼げるかな? その間に彼らが無事に逃げられるといいのだが……」

 そう言って、アピタは森の入り口へと視線を向ける。

「心配だ。……いや、信じるんだ。私の仲間達がやられるはずが無い!!」

 自信にあふれるその態度はあまりに堂々とし過ぎて、清々しさすら感じさせる程だ。

「さあ、私も追いつかなくては!!」

 少女は走る、仲間達が去っていた道程を辿って。その足取りは言うならば、まさに風の如く。


 ◆  ◆  ◆


「何だって!? 私がパーティから登録を抹消されている!?」

「ええ、先ほどパーティのリーダーの方がやって来られて。貴方の事を除籍したいと言ってきたんです」

 森から帰って来たアピタは、ギルドへと向かいパーティメンバーが帰還出来たかどうかを聞きに来ていた。
 するとどうか。パーティは帰って来たが、どういう訳か自分がパーティから外されていた。
 普通なら、怒りに震える話だ。一方的なパーティ追放など、不祥事でも起こさない限りはあってはならないからだ。
 しかし、彼女はアピタ。そのような次元では生きてはいない。

「ふむ。なるほど、そうか! つまりは、そういう事なのだね」

 アピタはその事実に特に怒る様子も無く、むしろ納得したかのような表情を浮かべた。
 その反応に受付嬢は困惑する。

「ど、どうしました?」

「いや、大したことではないよ。彼らはつまり、今の私の力ではまだ満足が出来ないというんだろう。非常に向上心が強い者達だ!」

「え、あの……。別にそんな事は一言も……」

「いやいや、謙遜することは無い! 皆まで言わずとも分かるさ。なにせ、
私は『剣姫』だからね!!」

「え? な、なんの話でしょうか?」

 アピタの口から発せられた言葉に、受付嬢は更に混乱する。だがしかし、彼女は気にせずに語り出す。

「初めて私の剣技を見た時、彼等の目には驚きと尊敬の念が宿っていたのを感じた! そして、同時にその目の中に隠しきれない好奇心があったのを見逃さなかった!! そう、あれはまさしく新しい玩具を与えられた子供のような目をしていた! ああ、間違いない。きっと彼達は、まだ見ぬ強敵達と手合わせをしたくて堪らないのだろう。まったく困ったものだ。こんなにも早く次の冒険を求めてくるとはね。いや、もしかすると既に旅立っていたのかもしれない。ならば私もそれに応えねば!! 君もそう思うだろ?」

 まるで歌うかのように、朗々と言葉を紡いでいく。
 アピタは、受付カウンターに身を乗り出して話しかけてきたのだ。その瞳はキラキラと輝いており、まるで恋する乙女のようだった。あまりの顔の近さに、受付嬢が思わず仰け反りながら答える。
 その顔は明らかに引き攣っており、額からは汗が流れていた。
 受付嬢の心境を察してか、アピタは優しく微笑みかける。その慈愛に満ちた笑みは、聖母のそれであった。

「とはいえ、私はこの街を出る事は出来ない。一人旅はギルドから推奨されてはいないからね。誰か組んでくれる人間を探さなくては……」

「そ、それでしたら。つい先程、新しく登録したばかりの人達を紹介する事が出来ますが、話をしてみますか?」

「本当かい? それは助かるよ。是非お願いする」

「はい。それではこちらへ……」

 受付嬢はそう言って、アピタを奥の部屋へと案内していくのだった。
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