6 / 7
第6話
しおりを挟む
「その女性はその土地では見慣れない髪色の子供にも関わらず、純粋な親切心で話しかけ、何度も励ましの言葉をくれた。あの時貰った飴玉の味は今でも鮮明なままだ」
飴……?
『大丈夫! きっとお母さんと会えるから。そうだっ、これ食べる? あたしのお気に入りなんだ。ま、こんなの貧乏人でも買えるくらいの安物なんだけどね。でもこの甘さがやさしくて……。だからきっと気に入って……貰えるといいかなぁ。なんて』
遠い昔、嗜んでいたもの。甘い……。
「手を握って母を探して貰った。遠くで俺を呼ぶ母の声に喜んだ時、一緒に微笑んだ女性の顔が美しかった。問題はそれっきり会えなかった事だな。礼もまともに言えずに別れてしまったから。――だから今言いたい、俺に励ましと思い出をくれてありがとう」
「!? あの時の……っ。まさか、こんな事があるなんて」
甘い物を食べる気が無くなったのは、あの後に引き取られたからだ。
今の家。貴族の教育を受けた私は、自分の人生に嘆き、それでも生来の負けん気がそれまでの人生との決別を選んだから。
逃げ場を自分で塞いだんじゃない、諦めたんだあの時に……!
(忘れていた。例え貧しくても、親は居なくても、それでも自由はあった。それにあの街の人達は笑顔だった。孤児だからって私の事を無視なんてしなかった、食べ物だってお菓子だって分けてくれた! 温かかったんだ! あの人生が無くなった事が悔しくて……。それで忘れる事で今の自分になった。環境に従順になれば辛さなんて耐えられるから)
「どうして? どうして私だって……」
「再開は偶然だった。君は知らないだろうが、当主就任の際に王都へ行った事がある。国王と面会の後、君の姿を王城で見つけた。一目で分かったさ、あの時のお姉さんの美しさは俺の目にはそのままだった。声を掛けようともしたが、直ぐ隣に君の肩を抱く王子が居た。君が貴族になった事も、婚約していた事も、知ったのはその後だったな」
知らなかった。あの時は目に映るものが全て灰色だった。
道具になる為に感情を出来るだけ殺した結果、何もかもに無関心になっていたから。
何も、気づこうとしなかった。
体から力が抜けそうになる。それに耐え、私は再び聞き返す。
「私の婚約破棄をどうしてお知りに? ここから王都まで距離があります。ここまで知れ渡ってから婚約の希望を出したとて、破棄から一週間で南方の屋敷に届くはずはありません」
「不快に思うかもしれないが、王都に駐在している部下を使って君と王子の動向を探っていた。あの王子は良い噂を聞かん愚物だからな、どうしても心配になった。案の定だったな、王子が別の令嬢との逢瀬を楽しんでいる情報を掴んだ。それからだ、半ば賭けだったが君の家門に婚約の申し出を飛ばしたのは。この俺の予想通り、王子は婚約破棄。後の事は、言わなくてもいいだろう」
「そんな事があったのか……。私にくらい話してもよかったんじゃないか?」
「兄者に話すと、そこから彼女に話が漏れてしまいそうだからな。こういうのは自分の口から話たかったのさ」
「信用が無いな」
不満顔のレイフ様を何のそのと、素知らぬ顔で彼はまた話を続けた。
「そういえば、預かっていたものがある。少し待ってくれ」
ルパート様は壁に掛けていた遠征用の制服に向かうと、その懐から何かを取り出した。
それは二つの……手紙?
「帰る途中に配達員と会ってな、君宛てだ。勿論中身は見ていない」
手渡されたそれには、私の家紋の封印が押されている。
差出人は……義父と義妹だった。
(どういうこと?)
疑問より早いか、私の手は気づけば中から手紙を取り出し、その視線は既に文面へと落ちていた。
飴……?
『大丈夫! きっとお母さんと会えるから。そうだっ、これ食べる? あたしのお気に入りなんだ。ま、こんなの貧乏人でも買えるくらいの安物なんだけどね。でもこの甘さがやさしくて……。だからきっと気に入って……貰えるといいかなぁ。なんて』
遠い昔、嗜んでいたもの。甘い……。
「手を握って母を探して貰った。遠くで俺を呼ぶ母の声に喜んだ時、一緒に微笑んだ女性の顔が美しかった。問題はそれっきり会えなかった事だな。礼もまともに言えずに別れてしまったから。――だから今言いたい、俺に励ましと思い出をくれてありがとう」
「!? あの時の……っ。まさか、こんな事があるなんて」
甘い物を食べる気が無くなったのは、あの後に引き取られたからだ。
今の家。貴族の教育を受けた私は、自分の人生に嘆き、それでも生来の負けん気がそれまでの人生との決別を選んだから。
逃げ場を自分で塞いだんじゃない、諦めたんだあの時に……!
(忘れていた。例え貧しくても、親は居なくても、それでも自由はあった。それにあの街の人達は笑顔だった。孤児だからって私の事を無視なんてしなかった、食べ物だってお菓子だって分けてくれた! 温かかったんだ! あの人生が無くなった事が悔しくて……。それで忘れる事で今の自分になった。環境に従順になれば辛さなんて耐えられるから)
「どうして? どうして私だって……」
「再開は偶然だった。君は知らないだろうが、当主就任の際に王都へ行った事がある。国王と面会の後、君の姿を王城で見つけた。一目で分かったさ、あの時のお姉さんの美しさは俺の目にはそのままだった。声を掛けようともしたが、直ぐ隣に君の肩を抱く王子が居た。君が貴族になった事も、婚約していた事も、知ったのはその後だったな」
知らなかった。あの時は目に映るものが全て灰色だった。
道具になる為に感情を出来るだけ殺した結果、何もかもに無関心になっていたから。
何も、気づこうとしなかった。
体から力が抜けそうになる。それに耐え、私は再び聞き返す。
「私の婚約破棄をどうしてお知りに? ここから王都まで距離があります。ここまで知れ渡ってから婚約の希望を出したとて、破棄から一週間で南方の屋敷に届くはずはありません」
「不快に思うかもしれないが、王都に駐在している部下を使って君と王子の動向を探っていた。あの王子は良い噂を聞かん愚物だからな、どうしても心配になった。案の定だったな、王子が別の令嬢との逢瀬を楽しんでいる情報を掴んだ。それからだ、半ば賭けだったが君の家門に婚約の申し出を飛ばしたのは。この俺の予想通り、王子は婚約破棄。後の事は、言わなくてもいいだろう」
「そんな事があったのか……。私にくらい話してもよかったんじゃないか?」
「兄者に話すと、そこから彼女に話が漏れてしまいそうだからな。こういうのは自分の口から話たかったのさ」
「信用が無いな」
不満顔のレイフ様を何のそのと、素知らぬ顔で彼はまた話を続けた。
「そういえば、預かっていたものがある。少し待ってくれ」
ルパート様は壁に掛けていた遠征用の制服に向かうと、その懐から何かを取り出した。
それは二つの……手紙?
「帰る途中に配達員と会ってな、君宛てだ。勿論中身は見ていない」
手渡されたそれには、私の家紋の封印が押されている。
差出人は……義父と義妹だった。
(どういうこと?)
疑問より早いか、私の手は気づけば中から手紙を取り出し、その視線は既に文面へと落ちていた。
4
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された地味伯爵令嬢は、隠れ錬金術師でした~追放された辺境でスローライフを始めたら、隣国の冷徹魔導公爵に溺愛されて最強です~
ふわふわ
恋愛
地味で目立たない伯爵令嬢・エルカミーノは、王太子カイロンとの政略婚約を強いられていた。
しかし、転生聖女ソルスティスに心を奪われたカイロンは、公開の舞踏会で婚約破棄を宣言。「地味でお前は不要!」と嘲笑う。
周囲から「悪役令嬢」の烙印を押され、辺境追放を言い渡されたエルカミーノ。
だが内心では「やったー! これで自由!」と大喜び。
実は彼女は前世の記憶を持つ天才錬金術師で、希少素材ゼロで最強ポーションを作れるチート級の才能を隠していたのだ。
追放先の辺境で、忠実なメイド・セシルと共に薬草園を開き、のんびりスローライフを始めるエルカミーノ。
作ったポーションが村人を救い、次第に評判が広がっていく。
そんな中、隣国から視察に来た冷徹で美麗な魔導公爵・ラクティスが、エルカミーノの才能に一目惚れ(?)。
「君の錬金術は国宝級だ。僕の国へ来ないか?」とスカウトし、腹黒ながらエルカミーノにだけ甘々溺愛モード全開に!
一方、王都ではソルスティスの聖魔法が効かず魔瘴病が流行。
エルカミーノのポーションなしでは国が危機に陥り、カイロンとソルスティスは後悔の渦へ……。
公開土下座、聖女の暴走と転生者バレ、国際的な陰謀……
さまざまな試練をラクティスの守護と溺愛で乗り越え、エルカミーノは大陸の救済者となり、幸せな結婚へ!
**婚約破棄ざまぁ×隠れチート錬金術×辺境スローライフ×冷徹公爵の甘々溺愛**
胸キュン&スカッと満載の異世界ファンタジー、全32話完結!
冷徹侯爵の契約妻ですが、ざまぁの準備はできています
鍛高譚
恋愛
政略結婚――それは逃れられぬ宿命。
伯爵令嬢ルシアーナは、冷徹と名高いクロウフォード侯爵ヴィクトルのもとへ“白い結婚”として嫁ぐことになる。
愛のない契約、形式だけの夫婦生活。
それで十分だと、彼女は思っていた。
しかし、侯爵家には裏社会〈黒狼〉との因縁という深い闇が潜んでいた。
襲撃、脅迫、謀略――次々と迫る危機の中で、
ルシアーナは自分がただの“飾り”で終わることを拒む。
「この結婚をわたしの“負け”で終わらせませんわ」
財務の才と冷静な洞察を武器に、彼女は黒狼との攻防に踏み込み、
やがて侯爵をも驚かせる一手を放つ。
契約から始まった関係は、いつしか互いの未来を揺るがすものへ――。
白い結婚の裏で繰り広げられる、
“ざまぁ”と逆転のラブストーリー、いま開幕。
婚約破棄ブームに乗ってみた結果、婚約者様が本性を現しました
ラム猫
恋愛
『最新のトレンドは、婚約破棄!
フィアンセに婚約破棄を提示して、相手の反応で本心を知ってみましょう。これにより、仲が深まったと答えたカップルは大勢います!
※結果がどうなろうと、我々は責任を負いません』
……という特設ページを親友から見せられたエレアノールは、なかなか距離の縮まらない婚約者が自分のことをどう思っているのかを知るためにも、この流行に乗ってみることにした。
彼が他の女性と仲良くしているところを目撃した今、彼と婚約破棄して身を引くのが正しいのかもしれないと、そう思いながら。
しかし実際に婚約破棄を提示してみると、彼は豹変して……!?
※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも投稿しています
結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。
ついで姫の本気
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
国の間で二組の婚約が結ばれた。
一方は王太子と王女の婚約。
もう一方は王太子の親友の高位貴族と王女と仲の良い下位貴族の娘のもので……。
綺麗な話を書いていた反動でできたお話なので救いなし。
ハッピーな終わり方ではありません(多分)。
※4/7 完結しました。
ざまぁのみの暗い話の予定でしたが、読者様に励まされ闇精神が復活。
救いのあるラストになっております。
短いです。全三話くらいの予定です。
↑3/31 見通しが甘くてすみません。ちょっとだけのびます。
4/6 9話目 わかりにくいと思われる部分に少し文を加えました。
あなたをずっと、愛していたのに 〜氷の公爵令嬢は、王子の言葉では溶かされない~
柴野
恋愛
「アナベル・メリーエ。君との婚約を破棄するッ!」
王子を一途に想い続けていた公爵令嬢アナベルは、冤罪による婚約破棄宣言を受けて、全てを諦めた。
――だってあなたといられない世界だなんて、私には必要ありませんから。
愛していた人に裏切られ、氷に身を閉ざした公爵令嬢。
王子が深く後悔し、泣いて謝罪したところで止まった彼女の時が再び動き出すことはない。
アナベルの氷はいかにして溶けるのか。王子の贖罪の物語。
※オールハッピーエンドというわけではありませんが、作者的にはハピエンです。
※小説家になろうにも重複投稿しています。
溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~
紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。
ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。
邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。
「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」
そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。
不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない
翠月るるな
恋愛
サルコベリア侯爵夫人は、夫の言動に違和感を覚え始める。
始めは夜会での振る舞いからだった。
それがさらに明らかになっていく。
機嫌が悪ければ、それを周りに隠さず察して動いてもらおうとし、愚痴を言ったら同調してもらおうとするのは、まるで子どものよう。
おまけに自分より格下だと思えば強気に出る。
そんな夫から、とある仕事を押し付けられたところ──?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる