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第一章

引きこもりが久々に外出したら階段から落ちました

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『勇者様・・・覚えておられますか?このバルコニーは、わたしとあなた様が初めてお会いした思い出の場所なのですよ。うふふ、今思い返してもお互いの第一印象は、それはもう最悪の一言に尽きますね。ですが、今ではわたしにとっての勇者様はかけがえのない最愛の人となりました。わたしはいつまでも待っています。ですから・・・魔王を倒し世界に真の平和が訪れた時。わたしを迎えに来てくださいますか?』

 金髪青眼のヨーロッパ風美少女が悲しげに目を伏せて言う。計算され尽くした、自身を一番可愛く見せられる角度。

 うん、あざといね。

 女の子は感慨深く二人の馴れ初めを語るけど、俺としてはしょうもないの一言に尽きる出会い方だったと記憶している。

『あはは、確かに出会った当初と今ではあなたに対する印象は随分と変わります。だけど、心を通わせたあの夜から俺にとって姫は、心より愛する人で人生を懸けて守りたい人になった。あなたは俺専用の勝利の女神様です。ご心配なさらずとも必ず俺が魔王を倒してこの世界を救ってみせます!そして約束しましょう。必ずや、あなたのお迎えに上がると────』

 ロマンチックな雰囲気を利用して、ちゃっかりお姫様とやらの手を両手で包み込み、くさい台詞と共に力強く誓いを立てるのは、これまたヨーロッパ風金髪イケメンの勇者くんだ。

 物語の序盤から適度なスキンシップと重すぎない愛の言葉でお姫様を口説き落としたイケメンくん。

 今回も「必ず」とか「魔王を倒して帰ってくる」だとか、死亡フラグ乱立しまくりのナルシスト野郎なことこの上ない発言なのだが、その全ては【勇者】の肩書きと【イケメン】という天から与えられた二物によって好意的に捉えられる。

 ほら、見てみなよ。お姫様の目が完全にハートマークになっちゃってる。

「二次元でも結局は顔か・・・世知辛い世の中だな」

 平日の真っ昼間から残酷な現実に打ちひしがれる俺。

 目の前のモニターで繰り広げられるお熱い────俺に言わせればお寒い会話は、最近発売された新作ゲーム。なんでも有名シナリオライター監修、今をときめく大人気イラストレーターがキャラデザインを担当。そして豪華声優陣が声を当てるという、気合いの入れように巷で話題になっていたファンタジーゲームだ。

 その名も「ワイバーン・クエスト」

 んで、さっきのシーンは最終章の魔王討伐編。ど定番の最後の決戦前にヒロインとお話する・・・なんて生ぬるい。

 全年齢対象のゲームとしておきながら、この二人気がつけばキスしてるし、流れるように部屋に入りベッドの上に横になった。

 イチャイチャの一線を超える十八禁に抵触しそうなシーンだ。

 超期待作とネットで持ち上げられていたのに釣られて、ついつい衝動買いしてしまった。コマーシャルにあった謳い文句は「新しい冒険が君を待っている!」「今までにないロールプレイングファンタジーの決定版!」と、ゲーマー魂を煽る素晴らしい言い回しで、俺の期待値を爆上げしやがったのだ。

 発売日に少しお高めな限定版を買って、逸る気持ちを抑えて帰宅する。

 期待に胸を膨らませて、いざプレイしてみる。

 がしかし、俺の期待は呆気なく裏切られた。

 説明書を読んだ辺りから微かに嫌な予感はしていたのだ。

 見覚えのあるキャラデザイン。聞き覚えのある武器に魔法名。蓋を開ければ、コッテコテのお約束シチュエーションをこれでもか!と詰め込んだ普通で、拭い切れないパクリ感が尾を引く、在り来りなRPGゲームであったのだ。

 そして会話イベントには、随所に俺がついつい文句を言いたくなる台詞が潜んでいた。

 例えば今の会話も酷いもんだよ。

『いつまでも帰りを待ってます』って有り得ないよね。

 君は待っているだけでいいのかい?

 仮にも君は勇者が好きなんだろ?

 それなら自分の地位を最大限に活かして金銭で援助をするとか、王国の全兵士・戦力を使って勇者の援護をするとかあるでしょうよ。戦いで最後になって効くのは物量だと俺は思う。相手への誠意は言葉じゃない金だよ、お金。

 なんなら君も助っ人として参戦するのも新鮮味が感じられて面白い。これくらいのぶっ飛んだのをやってくれないと刺激が足らないんだ。

 さてと、次は勇者くんだ。君も君でどこか抜けてるところがある。

 少しは彼女に要求しても罰は当たらないと俺は思うんだ。どうせ君らは結婚するんだろ?だったら夫婦は対等。健やかなる時も、病める時も・・・なんちゃらを神父さんの前で誓い合うじゃないか!

 このままだと結婚後、君は絶対に苦労するよ!

 待ってるだけでいいと楽を覚えた彼女は、働かずに家で君が労働から帰宅するのを待つ(笑)。新婚ホヤホヤでラブラブな期間はそれで上手くいくかもしれない。

 でも、数年も経てば彼女は洗濯・掃除・料理などの家事を一切しなくなり家でぐーたら生活。生まれた時より、ずっとお姫様待遇を受けてきた彼女がいきなり奥さんとしての務めを満足に果たせるかと問われれば答えはNOだ。

 徐々に埃と洗濯物が溜まってく家の中が容易に想像できるのだよ。

 魔王の脅威が去った平和な世界での勇者の需要は限りなく低い。良くて用心棒。最悪非正規雇用の日雇い労働者。

 余談だが彼女には兄がいるので王位はお義兄さんが継承した。お姫様と結婚したから俺が王様!とはならないのだ。

 もちろん、そうなれば勇者くんの稼ぎは少ない。
 
 金銭感覚が狂っている元お姫様との生活は、お互いの金銭感覚の違いから喧嘩は絶えず、日々神経をすり減らすだろうね。

 無職の嫁を養うために身を粉にして肉体労働に一生を捧げる。

 栄光の勇者街道から一転。君はATMコースまっしぐらだ。

「虚しい・・・たかがゲームに何言ってんだろ、アホか俺は」

 偏見に満ちた考えを力説したものの、アホらしくなりコントローラーを放り投げる。偉そうに上から目線で語っていたが何を隠そう俺は非モテに分類される人間。つまり年齢=ちな童くんな思春期男子なのだ。

 ゲーム機本体の電源を切ってモニターも消す。

 セーブ?なにそれ美味しいの?

 期待外れなゲームのデータを保存しておく意味を見出せなかった俺は、長時間同じ姿勢を続けていたせいで凝り固まった足腰を無理矢理動かしてベッドにダイブした。

 俺の名前は天道明道、十六歳。

 天の道と書いて”てんどう”。

 明るい道と書いて”あけみち”と読む。

 両親はさぞや俺に期待して名付けたんだろうけど・・・現実ってのは残酷だ。

 俺は両親の期待を大きく裏切り、青春真っ盛りの高校二年生にも関わらず、絶賛引きこもりゲーム三昧の日々を送っているのだ。

「ははっ、我ながら情けない」

 自分の現状を再認識した俺は改めて両親への罪悪感に襲われた。

 そして、考えた。
 
 今のままでいいのか?いや、いいはずがない。

「・・・よし、明日からちゃんとしよう」

 家に置いてあるゲームはあらかたやり尽くしたし丁度良い機会かもしれないな。俺はまだ十六歳。人生はこの先何十年と続くんだ。同年代の人たちと同じ道を歩み直す為に、遅かれ早かれ軌道修正するつもりではいたし、それが少し早まっただけ。

 堕落しきった自分を変えるべく、一念発起。

 気合を入れれば体にも力が入る。

 すると、その拍子に俺のお腹が低く唸った。

「そういやぁ、徹夜してたから何も食べてなかったんだ。コンビニでも行きますか」

 腹が減っては戦ができぬ。昔の人はよく言ったものだね。十六年生きてきた中で、今まさに実感したよ。

「よっこいしょっと」

 運動不足の体に鞭を打って立ち上がる。

 いつまでもベッドで横になって先延ばしにしていたら、絶対に面倒くさくなって俺の脆い決意なんてすぐに折れちゃうからね。

 自分の意思の弱さなんて自分が一番理解してるさ。

 俺はジャージに着替えると玄関へと向かった。

 廊下を歩いていると、ふと耳に入ってくる音声。

『始まりました。真相解明スペシャル!本日は永き英国の歴史上最も凶悪な犯罪者”切り裂きジャック”の行方は!?です!』

 テレビの特番らしい。どうやら母親が消し忘れたようだ。

「へぇー、切り裂きジャックねぇ。ちょっとだけ厨二心を擽られる響き。完璧な証拠隠滅でスコットランドヤードの捜査をかいくぐり、事件はお蔵入り・・・か」

 決して彼の非道な行いを肯定しているわけじゃないってのをご理解の上で聞いてくれ。

 ただね、全てが謎に包まれた彼のミステリアスな雰囲気とか、付けられた異名にほんの少しだけ惹かれたってだけなんだ。

「おっと、こんな事してる場合じゃないんだった。まったく、母さんも気をつけてよね。最近は電気代も上がってるんだしさ」

 と引きこもって毎日ゲームをするか、アニメを視聴しながら漫画を読み漁っている俺が言う。

「行ってきまーす」

 家を出る際に律儀に挨拶をする。

 しかし、返事は返ってこない。

 当然だ。

 現在の時刻は午前十一時四十五分。子供たちは学校へ。大人たちは仕事に行っている時間帯。

 こんな時間にジャージで出歩く若い男なんて学校にも行かず、引きこもり生活を送るクソニートぐらいだろう。

 そうだよ、俺だよ。

 だけど、今日という日を境に恥ずべき日々とはもうおさらば。明日からは本気を出すからね。嘘じゃないよ、本当に明日から頑張る─────

 つもりだ。

「うひゃー。久しぶりの日光は暑いな。昨日は雨だったから尚更暑い」

 頭上に手をかざし、照りつける太陽を見上げる。

 引きこもりは室内では徹底されたエアコン様の温度管理よって、常に快適な室温でゲームに勤しんでいる。だから季節の変化に疎く、ご覧の通りの反応となるのだ。

「暑い、ダルい、ゲームが・・・っは!?いけない、いけない。早速弱音を吐くとこだった。ギリギリセーフ」

 いつまでもここに突っ立っていればご近所さんとすれ違う可能性があるのと、腹が再び唸って栄養補給の催促をするので俺は誰もいない通路を進み階段を目指す。

 幸いにもご近所さんと顔を合わせずに階段に辿り着いた。

 そこで何を血迷ったのか俺は一段飛ばしで階段を降りたのだ。

「・・・あっ」

 引きこもり生活による弊害とでも言うべきか。歩行機能の低下を考慮していなかった俺は着地点を見誤り、踏み外して勢い良く転がり落ちた。

 あ、これヤバいやつじゃん。

 転げ落ちる最中、まるで他人事のように客観的に分析する。

「え・・・これで・・・の人生・・・わり?」

 薄れゆく意識の中で脳内に流れる走馬灯。

 後半はほとんどゲームをするか漫画を読んでいるだらしない自分の姿。

 みっともねぇ────

 なんて思っていると走馬灯もいよいよ終わりに差し掛かる。最後の最後に浮かび上がったのは、ワイバーン・クエストのお姫様がモニター越しに俺に向かって何かを伝えようと、口をパクパクさせている光景であった。

 俺は彼女の言葉を必死に聞き取ろうと試みるが、聴覚は役目を果たさないばかりか、既に痛みも感じず手足も動かない。

 待って、あと少しだけ・・・君は俺に・・・

 懸命に抗うが、やはり近づく死には逆らえない。

 しかし、意識が途切れる寸前に彼女はふわりと微笑んだ。
  
 それを見届けると意識は遠のき、俺の短い人生は終わってしまった。
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